【恋愛小説】私のために綴る物語(10)
第三章 友人と恋人の違い(2)
他のメンバーも別れ、途中まで一緒だった前橋が降りると、多香子は一人になった。
アパートの自分の部屋につくと、改めて史之と別れた実感が迫ってきた。
一人でいることが寂しくなっていた。そんな時メールを見ると、塚嶺からメールが来ていることに気がついた。
「彼と別れました。
澤田多香子 」
メールの中身もろくに読まずにそれだけ書いて返事にしていた。誰かに話をしたかった。聞いてくれそうな人は、他に思い浮かばなかっただけかもしれない。直ぐに返事がきた。
「ここに電話をしてください。話を聞きます」とあって、多香子は電話番号をクリックしていた。すぐにつながった。
「澤田です。こんな時間にごめんなさい。ちょっと辛くなってしまって」
そう言いながら、涙が止まらなくなっていた。
「澤田、大丈夫って大丈夫じゃないよな。俺のせいか」
「そうじゃないから、大丈夫。なんか歯車が合わなかったというか」
「あの写真見たとか」
「そうじゃないよ。結婚したい男と結婚したくない女。よくある話」
「澤田が振られたのか」
「どうだろう。結果私が振ったことになってるかも」
「よくわからないな」
「わかっていたら、こんなになっていない」
そう言って多香子は泣き続けていた。
「俺で良かったら、明日逢おう。錦糸町の駅でいい。7時に」
「ありがとう。錦糸町7時。わかった行く」
それだけ言って、多香子は電話を切っていた。泣いたことで、少し気が楽になっていた。シャワーを浴びる気力が出たところで、やることをやって寝ようと思った。
次の日も普通に仕事ができた。たまに気分が落ち込むが、どうにかやり過ごすことができて、終業時間まで過ごすことができた。錦糸町の駅に7時につくともう塚嶺は待っていた。
「良かった、本当に来た」
目がまだ赤いと塚嶺は気がついた。普通にしようと頑張っているんだろうと思うと、支えになれればと欲も出てくる。とりあえず笑っておこう。
「何を。ちょっと落ち込んでいるだけ」
多香子は慰められて、簡単に落ちる訳にはいかないと気張っていた。
「すぐそこの店だから、行こう」
そう言って、近くの半個室の居酒屋に入った。
「何にする?」
「ハイボールをください」
「それじゃ、俺もハイボールと枝豆と冷奴、後はトマトサラダをください」
ハイボールと枝豆などが運ばれてくると、追加で焼き鳥といったものを注文した。
「それで、別れたって」
「そう、別れたというか、距離を置こうってことになった」
「それで……」
「向こうは婚活するって。結婚したくなったらしいの、でもそんな事、私、考えていなくて。一緒に暮らそうと言われたけど、それも断った」
塚嶺に優しく見つめられて、多香子はいつもよりもぶっきらぼうに話すことにした。
「……」
「だって、誰かと生活するのなんて、考えられないんだもん。外見ばかり良くって、期待を裏切る。絶対に嫌われる」
「何でそう思う」
「彼の部屋に行った時、食事も作るのも美味いし、きちんとしているのに居心地が良いの。それで自分の部屋に帰ってきて、愕然とするの。でも、それ以上うまくできない。だから、無理だって。生活するって、相手に嫌な面を見せることだけど、自分のは駄目なことばかりで」
だんだん、気張っていた気持ちが緩くなって、落ち込んでいくのがよくわかった。そんな多香子に単純に優しくしても、嫌がられるだけだと塚嶺は思った。
「その事を話さなかったのか」
「できなかった」
「俺のほうが特別、なわけでないか。よくわかっていないし、嫌われても関係ないからだろうし」
「でも、今まで、誰にも言えなかった。こんな事。ありがとう」
「それじゃぁ、そのだめだめな澤田と、おれは付き合いたいな」
「えっ。そんなつもり」
泣いていた顔のまま多香子は塚嶺を見上げた。その表情を見た塚嶺は、無防備さに呆れていた。できる女の隙が好物でしか無い男がたくさんいるというのに。
「なかったとは言わせない。下心があるのもわかっていて、誘ったのは君だ」
「……」
「男と別れたばかりの女とどうこうしたいわけじゃない。弱みにつけこむつもりはないんだ。俺が逢いたくなった時に、付き合える範囲であってくれれば良い」
「それだったらいい」
これは恋なんだろうか。傷ついた心を支えてくれる人にすがっているだけではないのか。多香子は自問自答していた。でも、差し伸べられた手を振り払うこともできない。
「多香子って呼んで良い? 俺は」
「正弘って呼んで良い?」
「それはうれしいな。形からでも」
多香子は初めて笑顔になっていた。この笑顔が自分に向けられるまで、10年かかったのかと、塚嶺は改めて思っていた。
「そういえば、多香子って野球が好きなのか」
「野球だけじゃなくて、サッカーも両方とも千葉のチームを応援しているの。ラグビーも好きで、こっちは特定のチームはないけど、千葉にも複数チームがあるから、そのへんが気になってる」
「サッカーも千葉って、今2部だろう。柏のほうが」
「よくそう言われるけど、チームを変えようがないから。今度一緒に行こうよ」
塚嶺はあっと思ったが、その事を口に出せなかった。
「今度はね。わかった」
「良かった。たのしみ。でも、今度、来週だね女友達と仙台に行ってくる。‥は来ないから大丈夫」
「気分転換に良いんじゃないか」
「ありがとう」
「さぁ、食べよう。まだ月曜日だし、遅くならないうちに帰らないとな」
そう言って、頼んだものを飲み食いをして、多香子も元気になっていたように見えた。錦糸町の駅で別れる時、塚嶺は抱きしめたが、多香子はまだ腕を回してこなかった。気を取り直して、これからだと思うようにした。
「連絡するから。そうだ、ラインのIDはこれだから」
そう言って、多香子にメモを渡した。
「ありがとう。ラインするね」
家に帰り着くと、多香子はラインを送っていた。
「今家に着きました。これから寝ます。おやすみ」
「メッセージありがとう、おやすみ」
直ぐに返事が来て、多香子はこれで良かったんだと思うことにした。だんだんと正弘を好きになっていけば良いのだと。それからは毎日少なくとも寝る前にはラインを交換するようになっていた。でも、なかなか多香子は、会いたいと言えなかった。
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