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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#13

決行(2)

 公使の暗殺を計画し失敗した面々は、一つのところに押し込められ謹慎となった。ただおとなしくしていられる訳はなく、次の事態に備えるため盟約をかわすことになった。
 まず動いたのは高杉だった。ここにいるのはそもそも同士だ。攘夷決行を進めることに意義はない。久坂の書いた盟約書に署名と血判を連ねていった。当然聞多も加わった。これが御楯組の結成となった。
 その後謹慎が解けると志のありそうな人たちにも声をかけていった。その中には江戸に戻っていた俊輔もいた。

「高杉さんも、聞多さんもこんなこと企んでいたのに僕は蚊帳の外ですか。寂しいですね」
「いやぁすまんのう。俊輔が蚊帳の外ってことはないぞ。わしの相棒じゃ」
 聞多が俊輔を持ち上げるようなことを言った。
「ふん、聞多は俊輔に甘いのう。そんなんだから付け上がる」
 晋作はつまらなさそうに言っていた。
「わしは面白かったらそれでええんじゃ。それで次はどうするんじゃ。このままで終わるわけはないじゃろ」
 晋作の顔を真面目に見ながら聞多が言った。

 しばらく考えて、おもむろに言った。
「あれを焼くか」
「あれとは」
 聞多は確認してみた。
「あれだ」
 高杉は立ち上がり、窓の方に行き方向を指し示した。
「どうやって」
 俊輔がたずねた。
「焼玉を作ればいい。藩邸にある火薬や炭の粉があればなんとかなるだろう。福原乙之進が作れるはずだ。わしも手伝ってもいい」
 聞多が答えた。
「今度は僕にも出番はあるんですよね」
 俊輔が問うた。
「大丈夫だ」と高杉はニヤリと笑った。

 数日後、桂に呼ばれて、聞多は芝の藩の屋敷にいた。同じ様に晋作もいて、俊輔も連れてこられているようだった。俊輔は身分のこともあって、同じ座に座ることは許されていなかった。

 主賓が現れ、殿と世子様もご着座したようだった。
 その主賓は聞多に気がつくと、ニッコリと笑った。聞多も思わず返して、隣の晋作がただでさえ微妙な表情を曇らせていた。

 主賓はつい先程までいた、西欧諸国の報告を始めていた。名前は杉徳輔、晋作も行く予定だったのを外された、公儀の欧州派遣使節の帰国報告だった。話が終わり、殿と世子様が退出されると、杉が聞多の方に歩いてきた。

「聞多、相変わらず元気じゃ。久しすぎて、嬉しいの」
「あぁ、杉こそ元気で何よりじゃ。どこが一番面白かったかの」
「エゲレスじゃ。一番勢いのある国はエゲレスじゃろ。わしらには海軍が羨ましゅうてな。ほいで蘭学よりも英学じゃと上申しよう思っちょる。そういえば、聞多も英学をしちょったな。しっかり身につけにゃいかんぞ」

 晋作は杉の言葉に困惑している聞多を、不思議なものを見るように眺めていた。杉は隣りにいた晋作に気がつくと声をかけた。

「高杉くんも元気で何よりじゃ。上海の話も報告を読んだ。新しい物を見たもの同士じゃ。よろしゅうな」
 杉が桂と話し込んでいるのを見て、聞多と晋作もここを出て、俊輔と合流しようとしていた。

「聞多は杉くんと知り合いなのか」
「知り合いちゅうか、山口からの幼馴染じゃ。まぁ、周布さんの甥御じゃし、あちらは藩きっての俊英じゃけどな。でも、面白い男じゃよ」
 エゲレスか何の因果だろう。己の周りは、エゲレスで支配されそうだと、聞多は思っていた。


 翌日、御楯組の面々に招集がかかった。呼び出したのは当然高杉だ。いつものように土蔵相模に集まった。

「今日集まってもらったのは、先日の攘夷の続きをするためだ。御殿山の英国公使館を焼き討ちする。今晩決行だ。みんな大丈夫だな」
「それぞれの役目を伝える。まず僕と久坂が指揮を執る。見張りと護衛に」
と続き聞多は焼玉作成からの流れで火付け役、俊輔は見張り役と分かれた。

 深夜までの時間酒を飲んで騒ぎ続けた。こういう時緊張をごまかすというと馬鹿騒ぎしかないのだろう。周りの騒がしさとは別に、俊輔はある事をひらめき、外に出た。しばらくすると戻ってきた。

「俊輔どうかしたんか」
 いなくなったことに気がついた聞多は、戻ってきた俊輔に声をかけた。
「こんな行き当りばったりで良いんかと思って、ちょっとした物を用意してきたんです」
「そうか」
 聞多が答えると俊輔に酒を注いだ。
「焼玉は大丈夫ですよね。一番重要な物ですよ」
「大丈夫、なはずじゃ。試してないからわからんけどなぁ」

 聞多はあっけらかんと笑いながら答えた。その応えっぷりに俊輔も笑うしかなかった。聞多はいつの間にか大和、長嶺に取られ、俊輔はぼうっと外を眺めていた。

 山尾が近づいてきて高杉が呼んでいると言ってきた。二人で高杉の元に行くと急に切り出した。

「この後の事だ。二人にやってもらいたいことがある。ある人を斬ってもらいたい」
「誰ですか」
 俊輔がたずねた。
「塙次郎という国学者だ。公儀の依頼で主上の退位について調べているらしい。そんな不敬を許せぬと思って」
「主上に対しそのような事が。許してはなりませぬな」
 山尾も同意した。俊輔も勿論やらせて欲しいと言った。
「内偵も行動の時期も二人に任せる」
 それだけしか高杉は言わなかった。

 その後は俊輔は山尾と一緒に飲んだ。聞多が相変わらず大和たちと、笑い転げながら騒いでいるのを横目で見ていた。

 山尾がぼうっとしてる俊輔に声をかけた。
「高杉さんのあの話どうやって詰めていく」
「まずは行動を調べることだ。何日か見ればきっかけがつかめる」
「そうすれば後は斬るだけか」
「たぶん」
「何か変わっていくかなぁ」
「えっ」
「わしは士分じゃない。洋学を学ぶため江戸遊学を許してもらったところで、先が分からなくなってきてる。何かきっかけが欲しくて活動してるんじゃ。伊藤君はどうなんだ」
「僕も士分ではないです。木戸さんに色々やらせてもらってますけど。それだけだと従者で終わってしまうのがつまらない。上を目指そうと、色々お願いしてるところです」
「似た者か」
「そうかも」
「伊藤君は」
「俊輔って呼んでいいです」
「庸三でもええです」
「こんなに近い人と知り合えて良かった」
「確かに、気兼ねなくやろう」
 俊輔は気のおけない友人を、作れたのが嬉しかった。

「どうだ、酔いすぎるなよ。大事の前だからな」
 聞多が声をかけてきた。
「酔っ払ってる聞多さんに言われとうないです」
「あいつらしつこいんじゃ。逃げてきた」
「おう、山尾じゃ。弥吉は機嫌ようしちょるか」
「はい、うまくやってます。志道さんこそ、遠藤さんからお聞きしましたよ。大変でしたね」
「弥吉さん?遠藤さん?」
 俊輔は聞多にたずねた。
「遠藤は一緒に蒸気船に乗った遠藤謹助いうてのう。江戸留守居役の遠藤様の弟ごじゃ。で、あぁ弥吉、野村弥吉じゃ。山尾と船に乗って、弥吉が船将、山尾は測量方で組になることになっちょる。にしてもあいつは面倒なやつだからのう」

 山尾と俊輔は顔を見合わせて苦笑いをした。

「これはこれは」と言いながら、俊輔は山尾に酒を注いだ。山尾も盃を返してきた。

 今度は急に肩が重くなったと思ったら、聞多が俊輔にもたれかかって寝ていた。手慣れた様子で頭を支え、体をずらし膝枕に変えた。

「この状態良くわかるよ。大変だね。でも俊輔にも、頼りになる人が身近にいて、よかったじゃないか」
「僕にも、って」
「志道さんだろう。僕だと、野村さん、だな。僕のやってること、やるべきことをきちんとやれば、評価してくれるんだ。測量方として引き上げてもらえたのは、大切なことだと思ってる」
「でも、聞多さんが面倒って言っているということは。お疲れさまです」
「あちらも志道さんには、言われたくないって思ってるだろうなぁ」
 二人は声を上げて笑った。途中聞多を落としそうになったが。

 夜も更けて、往来もなくなる時刻になった。
「そろそろ支度しろ。寝てるやつは叩き起こせ。いいか事がおわったら各々適当なところで夜を過ごせ。明朝有備館で会おう」
高杉が号令をかけた。

 俊輔の膝枕で寝ていた聞多も、叩きじゃなく落とされて、目が覚めた。
「痛ったいぞ」
「志道さま、朝でございますよ。のほうがいいですか」
 寝ぼけ顔の聞多に俊輔は声をかけた。
「おなごでなければ意味がない」
 聞多が胸を張って返すと、山尾と三人で笑いあった。

 羽織に目印の白木綿があるか確認をして、聞多と福原、堀の火付け役三名は焼玉を2個づつ懐に入れ持ち、連れ立って外に出た。
 俊輔は念の為用意をした小さなのこぎりを指していた。目標の御殿山の英国公使館はまだ建築完了しておらず、人影もなかった。
 立ち入ろうとしたとき見回りが来たが、高杉が刀を抜く素振りをしただけで逃げていってしまった。

 火付け役の三人は提灯を預かって、柵を乗り越えて中に入った。その後俊輔は、用意して持っていたのこぎりで、柵を切り壊していた。
「俊輔、随分準備がいいな」
 高杉が声をかけた。
「さて、あいつらうまくやってくれよ」
 しばらく、中の様子を見ていた見張り組は建物から火の手が上がるのを見て逃げることにした。
 


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