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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#14

決行(3)

 扉を叩き壊して、中に入った三人は、建築用の木材が積み重なっている、作業中の場所を見つけた。

「ここでなんとかなるじゃろうか」
 聞多が福原に声をかけた。
「ようし、ここに火をつけよう」
 福原が焼玉を取り出すと、聞多と堀も続いた。

 カンナ屑など燃えやすそうなものを集めて、その上に焼玉を置き、板などを重ねて火をつけた。この時、聞多は一つ手元に残していた。もう逃げようと福原が声をかけたので、立ち去ろうとした。
 火の行方を気にしながら聞多は何度も振り返った。思ったよりも火が強くないことに、聞多は不安になった。
 立ち戻り建築資材や紙を見つけて、火が点いているところに載せた。もう一山作り残していた焼玉に火をつけた。
 今度は二箇所から火が勢いよく出たので、慌てて外に出た聞多は入り口を見失った。声をかけようにも二人はすでに立ち去っていて見当たらない。

 落ち着けと自分に言い聞かせながら周りを見渡した。ここならと適当なところから柵を飛び越えたつもりが、空堀に落ちてしまった。
 あぁやらかしたなぁと泥塗見れになりながら、道にどうにかあがった。このざまではそうそう立ち歩けないと思い、とりあえず一番近そうな高輪の手引茶屋に入った。

「ちょっとすまん」
 聞多が店に入りながら声をかけた。
「あら、旦那様大変なお姿で」
 店のものが声をかけてきた。
「先程品川の方を歩いていたら、なんかすごい騒ぎがあって、空堀に落ちてしまった。今日は馴染みと、しかと約束しておったので、行かぬ訳にはならぬのだ」
 愚痴を言うように説明をした。
「わかりました。お召し替えのご用意もいたしましょう。座敷の方へお上がりください」
「うむ、たのむ」
 声をかけた。そして通された座敷に入った。

 汚れた羽織と袴を脱ぎ、羽織につけてあった木綿布を剥ぎ取り、着替えが来るのを待った。やっと生きた心地に包まれて、我に返るとこんなものかという、気概のかけらしか残っていなかった。膳には手を付けず、畳に大の字に横たわりぼうっと天井を眺めていた。

「お召し替えをお持ちしました」という声がしたので、起き上がり受け取ると、すぐに着替えた。
「洗濯しまして、お店の方へお持ちします」
「よろしく頼む」
 そう言うと先程までいた土蔵相模に送りつけてもらった。

 馴染みのお里に相手をしてもらい、身も心も弛緩した聞多は翌朝まで寝ていた。

 一方それぞれの場所で焼ける公使館眺めるなりしていた面々は、夜明けを待つことなく藩邸に戻ってきていた。俊輔も早々と戻り有備館に入ってくる顔に聞多を探していた。山尾や品川を見つけホッとしていたが、肝心の聞多が帰ってきていなかった。最後に入ってきた高杉を見て、俊輔は駆け寄った。

「聞多さんが帰ってきていないそうです。ここにはいません。長嶺さんや大和さんも見ていないと言ってます」
「もしや取締方となにかあったのでは」
 不安そうに山尾も言った。
「聞多に限ってそれはないだろう。わかった。心当たりを探してくる。この事騒ぎにするなよ」
 俊輔と山尾にそう言うと高杉は、解散の号令をかけた。
「皆の無事なにより。しばらくおとなしく過ごすと良い」

 皆が出ていく様子を眺めながら、高杉はとりあえずどこから行こうかと考えた。こういうときは最初に戻るものだと土蔵相模に向かった。
「あいつは来てるか」
と馴染みの店の者に声をかけると「おいでになってますよ」という話だった。

 そして聞多の居る部屋に通してもらった。部屋には布団にくるまり一人でタバコを吹かしている聞多がいた。ふすまの開いた音に振り返ったところで目があった。
「こんな夜でも女をだけるとは」
 高杉が声をかけた。
「よくここがわかったものじゃの。おなごはええぞ。死んだところから生きてるのがわかってのう。しかもよく寝られた」
「笑っている場合でも無かろう。下手人探しでも始まると厄介だ。さっさと帰ろう」
「ああわかった」
 聞多は答えると、急遽洗濯されて届けられた着物に袖を通して、身なりを整えると店を後にした。

 藩邸への道すがら、空堀に落ちて泥まみれになりどうにか店にたどり着いたことを話した。高杉は俊輔の心配ぶりを説明して、聞多にきちんと話をしておけと言った。一人で有備館に入ると俊輔が膝を抱えて座っていた。

「待たせたのう」
 聞多が俊輔の顔に近づけながらいった。
「よかった。心配したんですよ」
「高杉にも呆れられた。まぁやらかしてないとは言えんからの」
 笑いながら言うと、昨夜のことを説明した。
「笑い事じゃないですよ。本当」
 するといくつかの足音がして止まった。

「ああ良かった。ここにいた」
 長嶺が聞多に声をかけた。続けて大和が言った。
「周布さんじゃなかった。麻田さんが聞多を連れてこいって言ってる。一緒に行こう」
「ああわかった。俊輔すまん」

 聞多は長嶺と大和に連れられて、去っていった。ずっと待っていたのは僕なのに。俊輔は、思わず独り言を呟いた。

「僕も一緒のはずじゃ。なのにの。僕は置いていかれる。ずっと待たされるだけかの」
 一人立ち上がり部屋を後にした。

 麻田に集められた者たちは、取締方から目を盗むように、数名づつ江戸から立ち去り、京へ向かうように指示された。聞多は大和や長嶺と2日後江戸を発つことにした。
 久坂と山縣半蔵は水戸に行きその後信濃に周り松代で佐久間象山に会い、我が藩に勧誘するという。その話を聞いた聞多は、京でぜひその話を聞きたいから、着いたら必ず声をかけてほしいと二人に言った。

 それぞれが江戸を立ち去っても、高杉は動こうとしなかった。


 


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