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【恋愛小説】私のために綴る物語(21)

第五章 一期一会と二律背反(1)

 京都から帰ってきた多香子は、まず正弘への連絡から始めることになった。

『昨夜早く寝てしまって、その後色々急いでいたので、
 今になってしまいました。
 無事帰ってきました、ごめんなさい 
                    多香子』

『心配したけど、これで安心しました。
 今週どこかでデートをしたい 正弘』

 これで、一応安心かなと思った。今週会うのなら、やっぱり水曜日かなと思い、正弘に送っていた。

 すると、転送サービスから、メールが来ていると通知が来ていた。

 これはSMへのお誘いかと、少しワクワクしながら開いていた。その緊縛ショーが金曜日にあると書かれていた。これは秘密組織の一員になるのではなくて、見るだけならぜひご一緒したいとメールを送った。

 連絡が落ち着き、片付けや洗濯をしていると、正弘から電話が来た。

「まったく、一人旅の上に、連絡が無いなんて。呆れる」
「ごめんなさい。予定外のことがあって、思ったより遅くなっちゃったから、明日にしようと思ったの」
「予定外の事って何」
「スタジアムで相手チームのサポーターの知り合いと会って、飲みに行った」
「男と?」
「男も……。女も。あちらにもグループがあるわけ」
 思ったよりも縛り付けようとする正弘に、いらだちを感じ始めた。

 そういえば最初の夜に、キスマークを付けたがったことを思い出していた。「お前は俺のものだ」そう言われたことの違和感が、今になって膨れ上がるとは。ふと、始まりが肝心ではと、頭をよぎった。

「それに、職場や色々な友人がいるし。そういう人と会うのに、いちいち許しを得るなんてめんどうだし、変。縛られるのは好きじゃない」
「別に許可が、なんて言うつもりはないけど。ただ、心配だったんだ」

 そう言われると、多香子はさっき起こった戦闘意欲を失っていた。実際、知られてはいけないことをやっていたのは、自分なのだ。
「少しだけど、お土産もあるし、美味しいものを食べに行こう」
 多香子は機嫌よく聞こえるように言った。

 水曜日がやってきた。美味しいものをと言っていた割には、この前に行った個室のある居酒屋に連れて行かれた。多香子はせっかく錦糸町にいるのなら、焼き鳥屋のほうが素敵と言ったが、嫌だと言われてしまった。

「ここらへんの焼き鳥屋なんて、絶対に一人じゃ行けないから、行ってみたいのに」
「汚いだけで、美味しくないし。デートで行くところじゃない」
「そんな事ないよ」
「俺はなるべく早く、多香子と二人になりたいんだ」

 正弘に笑いかけられながら、言われると多香子も嬉しくなっていた。彼に愛される自分、この感じが重要。

「それでね。これお土産。西陣織のネクタイ。ちょっとあてて見て」
 言葉に合わせて、正弘が胸元に当ててみせると、多香子は笑いながら頷いていた。
「似合う?」
「思ったよりも、いい感じ。絶対に使ってね」
「こうやって、少しずつ 少しずつ縛られていくんだなぁって」
「彼女からのプレゼントの定番だものね」

 笑った多香子の足に当たるものを感じていた。正弘が足を絡めてきていた。

「俺にはもっと欲しい物があるんだけど」
「お好きなように召し上がれ」
「では、遠慮なく。ここを出てもいいな」

 会計を済ませた正弘を追って、多香子はごちそうさまでしたと言って店を出た。

「ごちそうさまなんて、別に言わなくてもいいのに」
 ぼそっと言う正弘の顔を思わず見てしまった。この人は確かに言わないで出てきていたと、また違和感が積もった気がしていた。

 ホテルでも、部屋に入るなり抱きつくと、ワンピースのファスナーを下ろしていた。下着姿の多香子はベッドに押し倒されていた。

「正弘、先にシャワーを浴びたい」
「お好きに召し上がれって言ったのはお前だろう」

 そのまま、口を押し当てて塞ぐようにしていた。ブラジャーのホックを外し、上の方にずらすと胸を揉みしだいていた。なされるままだった多香子も、感じる余裕が出てきてため息のような声を漏らしていた。

 多香子の下着をすべて剥ぎ取り、自身も裸になると、そのまま入ってきた。多香子はまだ受け入れられる準備ができていなかったので、痛みも大きく、甘やかな気持ちもどこかにいってしまった。

「うっ」と声が出た以外、頭が真っ白になった。もう、この苦痛から逃れるためにはと必死に考えざるを得なくなり、感じているフリ、イクふりをするしかなかった。それこそ、官能小説の女性のマネをして、動きに合わせて、甘い声を上げ、息も絶え絶えになり、下腹部に力を入れ、正弘に少しでも早くイッてもらおうとした。そうして、どうにか果てた正弘を抱きしめていた。

「正弘、素敵だった」
 それでも多香子は正弘の行為を素敵だと言った。そういうことが当然だと思っていたからだった。
「多香子が愛しいよ。満ち足りた?」

 うなずいて、恥ずかしそうに腹ばいになると、溶けたように動かないようにしていた。こうやって、嘘の付き方を覚えていくのかと思うと寂しいものがあった。もう一つ別れ際にも、手をギュッと握って、胸が塞がるそんな顔をして、別れることも忘れなかった。正弘へのこの一つ一つの振る舞いが、胸中に溜まる違和感をより大きくしていく。

 帰りの電車の中でカップルを見て、自分はあんなにかわいらしく振る舞えないなと思った。そもそも自分は可愛い事はできないのに、なんでしようとするのだろう。
「あぁ嫌だ」
 心のなかでつぶやくと、でもあの人だったらと気持ちはすでに金曜の夜に移っていた。


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