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【恋愛小説】私のために綴る物語(43)

第八章 運命と覚悟(1)

 多香子は山口への旅行の準備をしていると、晴久に会えない事が、気がかりになっていた。史之と一緒に過ごすのに何を考えているんだろう。罪悪感が多香子の心を重くしていた。

 日程が史之から送られていて、山口市湯田温泉に2泊、温泉旅館に二人で一部屋、露天風呂付き。シングルでなくてごめんと書いてあった。

 職場には月曜の有給を申請した。お土産も買わなきゃね。色々考えながら、荷物をまとめた。これで、出発の日をむかえるだけだ。

 山口宇部空港に向かう飛行機には、同業者と呼ぶ同じ千葉のチームのサポーターもちらほらいた。いつもの観戦グループの人はいなくてホッとしていた。
「結構乗ってるね」
「そりゃそうだろう。いい旅行先だし」
 史之が機嫌よく答えていた。手を握ってくるのは、今までにない事で多香子には少し重かった。
「そういえば光市って遠いけどね」
「伊藤博文の生地なの。2泊するならいいかなって。岩国に行く時のほうがって顔をしてる」
「それは深読みしすぎ」
 史之は苦笑いをしていた。

 史之は肩を何回かたたき、ここにもたれかかるようにと合図をしていた。
「朝早かったし、眠いだろう。寄りかかってくれていいんだ」
「このまま手を握っていてくれる? 安心できるかも」
「多香子は飛行機苦手だったんだよな」
 本当は目的が違うけど、「そうなんだよね」と言ってしまった。

 これからのことを考えると、手から感じられれば、夜もきっと大丈夫。実際この手の熱が身体の中に伝わって、溜まっていく感覚があった。

 着陸して、荷物を受け取ると、レンタカーを借りて出発した。一応、お店でパンフレットや地図をもらって、行き先を確認することも怠らなかった。
「お嬢様のため、3日間頑張らせていただきます」
 ふざけながら史之が言うと、多香子も「大事にしてよ」と返していた。

「これから、どこで止められるかわからないから、道の駅とか見落とさないでくれ」
「イエッサー」
 大きな声で返したので、史之は大笑いをしていた。
 そんな時スマホが受信したメールが気になってしまった。慌ててメッセージを送って、考えてしまった。よりによって、晴久へのプレゼントの受け取り方の確認だった。晴久の家あてにして、晴久に受け取るようにメールを送らざるを得なかった。そんなことをアレコレしていると、史之にも何をしているのか想像がついていた。

「多香子、この3日間は僕だけを考えてくれないか。せめて、僕の見えるところで、他のやつのこと考えているのは止めてくれ」
「えっ。ごめんなさい。そういうことじゃないから」

 思わず否定してみた。そんな多香子を横目で見ながら、史之は多香子が何かを隠しているのを黙っていた。

「行きは山の方を行くことにした。帰りは海側を通って、防府に寄ろうかと思ってね」
「へぇ、それ面白そうだね。行きと帰りが一緒だと帰りがつまらないし」
「ちょっと遅めになるけど、海側でなにか食べておこう」
「それまで我慢ね」
「ほんとうに田舎になってきた。休憩できそうなとこがあったらよろしく」
「緑がきれいね」

 そうこうしている間に、光市に入り伊藤公記念公園についた。1,000円札の伊藤博文になったり、明治期の建物を見て、伊藤博文の資料を眺めたりした。生家跡の再現は、ここが原点のところなのかと感慨深かった。

「伊藤博文の家は、萩で足軽中間になったのね」
「運命っていうのはわからないものだ」
「たしかにね。萩にいかなかったら、井上馨とイギリスに行けたのかしら」
 風景を楽しんでいる多香子を見つめていた。
「そろそろ出ていいか」
「うん。防府に行こう」

 海に向けて車を走らせて行くと、岩国の表示が出てきていた。

「本当に岩国が出てきた。防府はまだ出てないね」
「だろう。2泊じゃなかったら、こっちまで来れなかったんだからな」
「ありがとうございます」
 笑い顔の多香子を見ながら、少し複雑な気持ちになっていた。君との運命は一体何なんだ。
「防府には? 八幡宮と毛利庭園かな?」
「その2つに行くことが目標。その前にちょっとなにか食べよう」
「時間とかも決まっていたら、毛利博物館のところで食事予約していたら良かったのにね」
「また来たらいいじゃないか」

 えっという顔で、史之を見てしまった。次、来年また来れるのだろうか。

「山口が残留して、うちも残留しちゃったらね」
「確かにそうだった」
「あっもうすぐ道の駅。何か食べられそうだよ」
「じゃぁ休憩な」

 車を降りると、レストランを覗いてみた。まだ営業中だったので、二人で入っていった。

「お魚料理、肉か鶏か。ふぐ、瓦そば、なやむね」
「ふぐは旅館で食べられるだろう。チキンカレーでいいかな」
「それなら、海鮮丼にする。ちょっと交換しようよ。取皿もお願いしてね」
 そうして出てきた、海鮮丼に驚いていた。
「すごい量。お魚もきれいだし。3分の1ぐらいいかも。カレーは少しで」
「流石の多香子も負けを認めるんだ」
「おいしそう、いや絶対美味しいけどね」

 次の目的地では防府八幡宮と毛利博物館と庭園を見た。
 毛利博物館は、井上馨の助言のもと山口に毛利家は本邸を持つことになって、できたのがここだった。庭園は広く池もあって、かなり見応えがあった。見て回る時、史之は手を握ってくれた。そのぬくもりがまた身体に熱を運んでいた。史之を肌で感じている。その事が嬉しかった。

 博物館の見学が終わると、宿泊の山口市の湯田温泉を目指すことにした。

 防府から山口の道は、伊藤博文と井上馨が攘夷の藩論を変えるべくイギリスから帰国し、藩庁を目指した道と重なる。
「この道を急いだ、伊藤と井上はきっと使命とか感じていたのかな」
「人間やるべきことが決まっていると、強くなれるんじゃないかな」
「きっとそうだね」
「もうすぐ湯田温泉だ。思ったより近いんだな」

 宿泊する旅館は結構目立っていて、すぐにわかった。
「ここだ、駐車場も大丈夫かな」
「そう、ここで大丈夫」
「チェックインしてくる。ロビーで待ってて」

 史之がフロントで手続きをしている間、割引券やチラシを確認していた。足湯がこんなにたくさんあったのかとか、酒屋さんもあるんだとか考えていた。

 宿泊のこの部屋には露天風呂がついている。
 その事が多香子には重要だった。二人きりになると、夕食の前にお風呂に行こうと思って、タオルとかを整えていた。多香子は立ち上がると、部屋を出ようとした。

「どこに行くんだ?」
「部屋風呂だと史之が入ってきそうで、落ち着かない」
「どうして、別に緊張することじゃ」
「わたしが、落ち着かないの。史之じゃない。だから、開けて」
「わかった、多香子が風呂場にいる間、僕はここで、テレビを見ている。それでいいね」
「だったら、部屋風呂に行ってくる。入って来ないでね」

 そう言って、部屋の露天風呂に行った。
 脱衣所に入ると、鍵をかけた。これで、一人になれた。タオルに隠したスマホを見て、メールをチェックした。そこには朝に、発送の手配をしたものを晴久が受け取ったとあった。思わずホッとしていた。受け取った晴久からのメールも来ていて、簡単にありがとうと書かれていた。あれをどう感じたのかはあって聞きたいと思ってしまった。

 温泉は熱めで、ここ湯田温泉の特徴を考えれば当然だった。水をかぶり、湯に浸かるというのを何回か繰り返し、身体と頭を洗った。髪の毛を乾かし、浴衣を着て、風呂場を出た。

 約束通り、史之はお茶を飲みながらテレビを見ていた。
「史之、お風呂先に頂いた。あなたも食事前に一度入ったら」
「そうだね。僕も入ってくるか」
 そう言って、史之は風呂場に向かった。

 その後姿を見て、スマホを取り出した。
 そこには晴久からのメッセージが来ていた。

「プレゼント、無事落手しました。開けてみて驚きました。僕の行為があなたに受け入れられて嬉しかった。この絵を見て僕は君に会うのが一層楽しみです。僕は君を壊してしまいたい気持ちがまた起きてしまいました」
 多香子は思った以上の反応に、うれしかった。この画集のとおりにされるのは無理だろうけれど。そう、「責め絵の女」は自分の中にもあったのだと。だけど、答えは変わらない。「壊せるものなら壊してみて」と返事を送っていた。その画面を消して、普通にTwitterを見ているようにしていた。

 史之が風呂から出てくると、テレビを見つつSNSを書き込むよくある姿を見せていた。
「多香子、僕だけを考えていてくれてる?」
「なんで私が、史くんのこと思っていないと。あんまり疑うと嫌になっちゃうよ」
「そうだった。僕も君のこと信じたいんだ」
 そう言って抱きしめていた。
「僕を安心させてくれないか」
「それって」
「言わなくてもわかるだろう」

 多香子は史之を見つめていた。

「でも。多分、変わってしまったかもしれないから」
 ふっと悲しそうな顔をしてしまった気がした。晴久との事はどう言えばいいのだろう。
「変わって当然だろ。多香子は経験を重ねたんだから。僕は君の最初で最後になるのを放棄したんだ」
 優しい笑顔に多香子は胸が疼いていた。

「もうすぐ夕食でしょ。楽しみだなぁ。何が出るの?」
「ふぐのコースと色々なものの懐石。鯛もあったかなぁ」
「お酒も頼もうよ。地酒も色々あるようだし。史くんが明日に残らない程度だけど」
「そうだね」

 そう言った史之は、思ってもいなかったものが心に占めていた。多香子を少し酔わせれば、抱くのは簡単だろう。酔って陽気になったら、きっと。


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