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【恋愛小説】私のために綴る物語(45)

第八章 運命と覚悟(3)

 朝食会場は夕食と同じ様に席が決められていた。席につくと一揃えが置かれていた。二人は食べながら今日の予定を確認をしていた。
「今日は試合前に、山口市内を少し回ろう。瑠璃光寺五重塔とその近くを見て戻って、バスでスタジアムに行けばいい。昼飯もそっちで食べればいいだろう」
「うん、そうしよう。瑠璃光寺のところで行きたいお店があるから、よろしくね」

 ホテルを出て最初の目的地についた。風が気持ちよかった。
「瑠璃光寺についたよ。五重塔は見ておきたいな」
「その後は、この駐車場のところにある、お店に寄ろう。飲む外郎っていうのが売っているの。話を聞いて飲んでみたくて」
「そういえばこの瑠璃光寺の隣りにあるお寺には、君がよく言っていた井上馨の墓があって、こっちの方には毛利の殿様のお墓があるんだな」
「そうだね。その毛利敬親とその後継ぎの世子様と言われた毛利元徳に井上馨は可愛がられていたんだよね」
「人のつながりって重要だな」

 二人は駐車場を出て、公園の中にある五重塔を見に行った。緑が萌えているようだった。その中で、凛として建つ五重塔は格別だった。

「本当に凄いなぁ。大内氏の作ったこの五重塔を毛利家が保護をして今に至るんだ。これの領主としての繋がりだな」
「お墓の方にも行ってみようよ」
 この公園の端から端まで歩くことになった。毛利家の墓の前には、柵があって、覗き見た。
「なんかやっぱり風格があるね。背筋が伸びるようだ。ここまで来たら、井上馨のお墓にも行ってみよう」
 隣の寺の洞春寺の墓地の奥の方に上がれるところを見つけた。そこには杉家の墓もあったし鮎川義介のもあった。
「面白いなあ。多香子、この関係は面白いな。ここに杉家のがあって、鮎川義介のもあるなんて。亡くなっても、なお推されるんだな。しかも親友と一緒なんだ」
 史之は興味深そうに見ていた。
「親友なの、伊藤博文じゃなかったの」
「杉家の杉孫七郎は井上馨の幼馴染からの友人だ。同じ上士だし。この時代、身分は重要だよ。士身分じゃなかった伊藤博文は、ずっと後で知り合ってる」
「鮎川義介って、井上馨との関係って」
「お姉さんの孫じゃなかったっけ。支援を受けて日産を創業してる」
「史之ってこんなに歴史に詳しかったの。今まであまり気が付かなかった」
「君が意識をしてなかっただけだろう」
 史之はさっきまでの穏やかさが消えて、無表情になって、階段を降りていった。お寺の境内にある、児童保護施設でふと足を止めていた。
「どうかしたの」
「ここの児童施設にも井上馨は絡んでいたはずだ。戦争で孤児になった原因を作ったことに、心を痛めていたのかもしれないな」
「戦争って、日清、日露戦争?」
「日露戦争。まぁ、日清・日露とも重要な役割を担っているけどね」

 後は少し急ぎ足で、公園の駐車場に戻っていった。そこのすぐ近くに多香子の行きたかった店があった。お土産物屋と併設されたカフェにお目当てのものがある。飲むういろうを頼むと、二人で分け合った。
 多香子は、職場の人に配るためのものを決めて買った。河豚せんべいなら配りやすいし、嫌いな人も少ないはずだと思った。他に吉田松陰が書かれたポテトチップスを買っていた。

「さぁ次に行くか」
「次って、考えていなくって」
「菜香亭というところ。山口の迎賓館と言われた建物を移築したんだ。ここにも井上馨が絡んでいる。名付け親だ。香は馨だろう。ちゃっかり自分の名前も入れ込んだんだ」

 史之は結構井上馨に関し、調べたことがあったようだった。
 多香子はその話をもっと聞きたいと思うようになっていた。そこには自分の歴史の記憶の、鹿鳴館の西洋かぶれだけではない部分が興味を引いていた。

 菜香亭は、瑠璃光寺のある香山公園からほど近いところにあった。駐車場に車をつけると、多香子に声をかけた。

「ここだ。着いたよ」
「へぇ。西洋料理も扱っていたと言うけど、和風の建物だね」
 中に入ると、大広間にはたくさんの額が飾られていた。その中には当然井上馨の命名の額もあった。
「すごい数だ。明治の元勲だけじゃないんだな」
「現代の首相まであるのね」
「伊藤博文、井上馨、三条実美、山口にゆかりのある錚々たる人物が訪れているから、そりゃぁ政治家なら来たくなるんだろうな。流石山口の迎賓館だ」

 二人は建物の中を歩きながら、建材なども確認していた。

「移築再現というのも面白いね」
「たしかに、色々設備を考えると、電気は必要だからね。無理無理にするよりもこういう保存もあるんだな。こういう建物だから、コスプレもOKだってさ」
「え~来年来ないといけないところが増えるね」
「でも山口は遠いなぁ」
 史之の感想に多香子は違和感を持った。
「遠いけど……」

 戸惑っていると史之は急かすように声をかけた。

「次にいこう。急がないと競技場に着くのが遅れる」
「次って、そんなに詰め込むんだ」
「遠いだろう。行ける時に行っておかないと」
「そうだけど、来年だって」
「来年は‥‥。わからないから」

 多香子はあれっと思った。昨日はまた来ようという感じだったのに。今日はわからないと言いだしている。たしかに遠いけれど。

「次に行くのはどこ」
「すぐ近くだよ。十朋亭というところ。井上馨と伊藤博文がイギリスから帰ってきて、ここに宿泊したんだ」
「ふ~ん。今は資料館になっているのね」

 多香子はガイドマップを見ながら答えていた。たしかに読んだ小説でも、そう言う場面があったのを思い出していた。

「駐車場が難しいな。ここにしよう」
「萩往還に面しているんだね」

 すぐにわかって、建物の中に入っていった。山口と維新の繋がりがわかりやすい、プロジェクションマッピングを使った展示があって、史之は面白そうに見ていた。
 元々万代屋という醸造家の屋敷でもあったということで、関係のあった人たちのものを展示していた。原本は今はここにないが、伊藤博文と井上馨が詩文を書いたしゃもじが気になった。

 他にも離れとして建物があって、吉田松陰の兄のやっていた塾も再現されていた。繋がりは色々あるんだなぁと歩きながら呟いていた。

 そうして、宿に戻り車を置くと、目の前のバス停から競技場に向かった。

 競技場にはもう沢山の人が居て、時間的に選手にバスを待っているふうな感じもあった。
 いくつかの名物を使ったお弁当とコロッケとかの軽食、これも名物のスペシャルな外郎も買って座席についた。

 せっかく近くにいる時間が長いというのに、何故か史之との距離ができたようで寂しさも感じていた。
 そんな気持ちにシンクロするように試合も、ボールは動くけれどなにかはっきりしないまま引き分けで終わった。
 これでは、どっちのチームも消化不良だろう。多香子は周りのことがみんなモヤモヤしていて、気持ちが落ち着かなかった。

 競技場から、歩いて今度は宿に戻った。さすがに30分以上歩くと疲れが溜まってきた。多香子は早く部屋に帰りたかったが、史之はフロントと話をしていた。その上部屋に帰る途中に氷をもらっていた。

 そして一息ついてお茶を飲んだ。すると夕ご飯まで時間があると言って、史之はまた出かけると言い出していた。
「夕飯は最後のグループに変えてもらったんだ」
「今度はどこに行くの」
「湯田温泉駅と山口駅の中間くらいかな。夕食後でもいいかもしれないけど。できれば早いうちのほうがいいと思うんだ。歩いていくつもりだから。すぐそこの足湯のお店に行くと、アウェイサポーターは記念品ももらえるしね。多香子は疲れているだろうから、別についてこなくてもいい」
 そう言って、夏みかんサイダーとさっきの氷をだしていた。
「これ飲んで待っていて」
 えっ、一人にするつもりだったのかと、多香子の方が少し怒り出していた。
「随分準備がいいのね。一人で好きにしていいよってこと。大丈夫、ついていくから。それに私だってその記念品欲しいけど」

 多香子は史之がホッとしたような、がっかりしたような表情をしていたのが気になった。

 史之は、多香子が一人になりたいと思っていると、考えていたので、少し意外だった。でも、一人になりたいのは自分の方か。それは多香子に気づかれているかもしれないと思った。

「だって、歩くんだよ。少なくとも行きは。今日は結構詰め込んだから」
「だから、大丈夫だって」

 多香子もある意味必死だった。一人にされて、あの男晴久のことを思っていると思われたら、きっと次の旅から自分だけになる。もう隣に史之のいない旅なんて考えられない。意地でも付いていくと決めていた。

「それじゃ、足湯屋さんから行くか」
「うん。手ぬぐいを何本か持っていけばいいね」

 道路を渡ってすぐのところに、最初の目的地はあった。
 眼の前には中原中也記念館もあったが、もうすぐ閉館で、入ることができないのが残念だった。

「これで、サービスを受けられるんですよね」
 観戦チケットと千葉のグッズを提示して、足湯が無料になり、記念品ももらった。

 せっかくだからと、かわいいキャラクターのクッキーの付いたパフェと、夏みかんソーダと、地酒の利き酒セットを追加で頼んで、足湯に浸かっていた。
「史くんはこんなに気持ちのいいことを、一人でしようとしていたんだ。ずるくない」
「別にずるいこととは」
 多香子の剣幕に史之はたじたじになっていた。そう言い合っていると頼んだものが運ばれてきた。
「外郎を使ったパフェ、萩の名産の夏みかんを使ったソーダ、地酒、他のものだって、美味しそうなものあったじゃない。これをいただいて、散歩なんて楽しくないはずがない。しかも、ここの湯田温泉って足湯がいっぱいあるし」
「わかった。ごめん。言い方が悪かった。謝るよ」
「あとで、しっかり償ってもらうからね」

 多香子は機嫌良く笑っていたが、史之はやはりどこか寂しそうで、自分が空回りしている気がした。埋め合わせをしなくてはいけないのは自分の方だ。

 頼んだものを二人で平らげて、リラックスできたところで、足湯屋を後にした。

 次に向かったのは、すぐ裏手の井上公園だった。
「これか。噂通り大きいなあ。井上馨の銅像だ」
 史之が見上げながら言っていた。
「へぇ、三条実美もここにいたから、ちなんだものと建物が再現されているんだ。それにしても不思議な感じがする。山口にこだわった井上馨は、屋敷跡を公園にしたいと希望を受けて、寄付をしてここには残さなかった。伊藤博文は最晩年に生地に屋敷を建てて、住めなかったけど記念館とし残ってる。井上馨のいちばん有名な『世外』って号や戒名が重いな」
 どこか独り言にも聞こえたので、多香子はただ聞くだけだった。
「ここにも足湯があるね」
「さっき入ったからいいだろう。少しでも明るいうちに行きたいんだ」

 そう言って、スマホの地図を開けると、山口方面に住宅街の中の道を歩きだしていた。
「随分不思議な道を歩くね」
「ガイドにある道よりもそれっぽいかなと思ったんだ。それにしても分かりづらいな」

 結局きちんとした道に出ることにしたようだった。大きな通りに出ると、史之はキョロキョロと見渡していた。そこでお目当てが見つかったようで、ゆっくりと近寄っていった。

「確かに、意味不明なくらい大きいな。これも」
「大きな石碑だね。井上馨遭難の地って……。ここが袖解き橋なんだ」

 幕末の長州を舞台にした小説には、必ずと行っていいくらい出てくる場所が、交差点になっていたとは。石碑は少し離れた場所に立っていた。

「この近くで井上馨は膾切りにされて、道から転がって畑に逃げた。一緒にいた従者が僕らの来た道を、走っていって助けを求めたんだ。その時、井上家は屋敷を貸していたから、すぐ近くに住んでいたんだけど」
「従者は一緒になって戦わなかったの?」
「一緒に死んじゃったら、主人を助けようがないだろう。それで、兄を連れてきて探したけど見付からなくて、諦めて帰ったら、近くの農家に助けられた井上馨が横たわっていた。それをさっきの公園でも顕彰碑があった『所』という外科の心得のある遊撃隊士が縫合手術をして助けたんだ。だけど、この人はこの後の内戦中に病死してる。井上馨の生かされ方という運命って半端じゃないんだ」

 どこか遠い目で話をしている史之を繋ぎ止めようと、手を出そうとしたとき、史之が慌てて言った。

「もうこんな時間だ。宿に帰るぞ」
 時計に目をやった史之は慌てていた。そして表通りに面した公園に行った。ここにはバス停があって、時間短縮ができると思っていた。予想通りすぐにバスが来て夕食に間に合うことができた。

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