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【檀一雄全集を読む】第一巻「美しき魂の告白」

 主人公多田の幼少期の追憶。多田の年齢は書かれていないがおそらく未就学児か小学校低学年くらいだろう。これも檀一雄の幼少期、福岡の野中(久留米)や柳川の家で育ったころの記憶を織り込みながら書かれていると思われる。

 話は多田を取り巻く女性を軸にして書かれている。初めは多田と二人で暮らしていた若い祖母。近所に住むドイツ人捕虜のぽーら。祖母は自死し多田は叔母の許に預けられる。多田を養子に貰いたい様子の叔母だったがアメリカに行っていたという母が帰国し、多田は母と住むことになる。

 父親については書かれていないが、女中との間に子をもうけており、つまり多田の叔父である峻がいる。彼は肺を病んでいて、死の幻想に取りつかれており、彼を愛する祖母と抱擁するところを多田に見つかり、翌朝祖母とは別の場所で自死している。

 優しい祖母、純粋なぽーら、皮肉屋だが情に厚い祖母、毅然とした母というように、女性に対しては憧れと畏れをもって語られているように思えるが、多田や峻、母と暮らす家に出入りするようになる陸軍中尉の戸次は何か死の影や自身の欲望に対して焦りや苛立ちを感じているような描かれ方をしている。

 また多田は人間に慣れるよりも自分を取り巻く木々や生物などの自然の中で自分の感性を大切に温めながら生きている少年であり、檀一雄がエッセイなどで自分の幼少期を語る際の印象に似ている。また「天然の旅情」に従って旅に終始した檀の生涯の礎となった体験が書かれているようにも思える。


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