【檀一雄全集を読む】第一巻「魔笛」
昭和十七年に満州の寛城子でロシア人バウスの家に間借りしながら書いた小説で、同年満州の『芸文』という雑誌に発表した。
主人公Dは招待されたJ町の邸宅を訪れる。その邸の主人は亡き兄の遺したこの土地と邸が人手に渡ることになったので、兄を知る人々を招き兄の思い出を語りたいと言い、自らの思い出を話し始める。
その思い出話というのがなんというか、詩のような神話のような、美しく意味ありげなんだけどよくはわからない感じで、自然の中に高貴な兄と静かに過ごした日々の寂しさと美しさというのはわかる気がするが、やっぱりその美しさというのは不吉で、破局を控えていることがわかっているような儚さがある。
そして主人公としてDがいて、集まった人たちの話を聞くといって始まりながら、主人の兄との思い出と兄がいなくなるまでの話をして小説は終わってしまう。これはどこまで意図してのことなのかはわからない。
語られる情景はとても美しく、それは太宰治が書くところの滅びの美しさという感じがあって、満州から帰国して太宰に会った檀一雄は「君、僕のことを小説に書いてくれたんだってね」「魔笛。あれは小説としてもいい」と言われて困惑する。
そう言われてみると「魔笛」で語られる言葉は不吉でありながらも克己心を煽るような力強さもある。浪曼主義を掲げた二人でありながら、二人が感じる美しさには本質的な違いがあることがわかる。戦争の激化と終戦後の混乱ということもあったが、檀と太宰の交友が本格的に復活することは無かった。檀はより自分と近い志向を持つ坂口安吾に親しむようになっていく。