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手放すからこそ得られるその感覚こそが、自分らしさ。

こんにちは。美月です。

関東の桜はあっという間に葉桜になってきました。春はいろんな花があるのになぜ人は桜を愛でるのかと考えてみたときに刹那的だからだろうなあ、と思いました。
ほんの数日間しか満開の桜並木を観ることができない。しかも春は風が強かったり、雨が多かったりします。
1年のうち僅かな桜との出逢いの奇跡に、人は"美しさ"を感じるのでしょうか。

先日、そんな桜のような"自分という存在の奇跡"を全身で感じられる「地球を生きるワークショップ」を開催しました。

「自分を活かして生きたい」と願う人には、ぜひ参加してほしい(読んでほしい)です。
まず手放すことが自分らしさを発掘する鍵だってことがわかるかもしれません。

地球46億年の歴史を、体感する旅

2023年3月27日月曜日。
その日は地球46億年の歴史をからだいっぱいに体感する旅の日なのに、スマホアプリのウェザーニュースが予報する天気は傘に雫が滴っている。20名以上の旅の仲間を集ったのに雨かあ、なんてすこしため息を漏らす。

「まあ、雨は雨でも良い旅になるに違いないか。」
そう思ってウェザーニュースを閉じた。
「わたし、晴女だし。きっと晴れるね。」

桜は、人間を喜ばせるために咲いていない

そして迎えた当日。曇り空が一転、雲の切れ間から光が差し込む良いお天気!なんにも疑わなければ、晴れる。
わたしたちの旅路を応援してくれるような良いお天気でした。

旅の出発地は、多摩川・アジサイ園。
アジサイの季節ではないからアジサイは咲いていなかったけど、見晴らしの良い丘の上で旅のメンバーと待ち合わせ。
一緒に今回の旅路を主催したいぐっちゃんが旅のメンバーの出欠確認をしてくれました。

旅のガイドは、世界中を旅して歩くスーパーウーマン瞳さん
わたしといぐっちゃんは、去年の11月に鎌倉で瞳さんに出逢い、瞳さんに惚れこみ、今回の旅のガイドをお願いしました。

集合場所@アジサイ園

瞳さんは、小柄だけれどとってもパワフル。そんな瞳さんのおなかからの大きな声で旅がスタートしました。

「地球って46億年の歴史があると言われています。これを年表見てなぞらえていくこともできるんですけど、今日は見るだけじゃなくて体感、からだを使って歩いていきましょう!さあ、地球を歩く旅のはじまりです。」


素顔で美しい瞳さん



瞳さんから出発に向けての旅のガイドがありました。

この旅路は、"体感"を重視しています。そのため、私は裸足を推奨します。裸足のなにがいいかっていうと、今を生きることができます。思考は未来や過去に簡単にいってしまいます。「未来こうなろう」「過去ああすればよかった」って。でも、私たちが持っているのは今しかありません。
裸足になると、今に戻ってくるんですよ、痛すぎて(笑)自分が過去や未来に生き過ぎちゃう人は特におすすめです。重力も感じられるし。
ただ強制ではないのでご自身のペースに合わせて、好きにしてくださいね。」


はだしの感覚を味わう


ほとんど全員が靴を脱ぎ、裸足で旅に参加しました。
「わあ、つめたーい!」なんて言いながら。
雨上がりのアスファルトはひんやりしていて、気持ちがいい。わたし自身もひさしぶりに素足で大地を踏みしめている感覚に、眠気が冷めました。

「さあ、ここは46億年前の世界です。みなさんは46億年前にやってきました。現在2023年には、鉄道や、橋やいろんなものがあるんですけど、地球はなにもないところから生まれました。なにもないって、想像できます?当時の地球の温度は6000度。宇宙の中で隕石がぶつかって生まれました。」

瞳さんのガイドと、自分の全身をつかって地球の歴史をなぞらえる。そんな旅路が幕をあけました。

ペタペタ歩く

裸足で歩くと、足の裏から一気に情報が伝わってきます。土の感触、落ち葉や実のぐにぐにした感じ、小石の凹凸…足裏からの情報量が多すぎて、瞳さんのガイドが全然あたまに入ってきません(笑)

靴のありがたさ、歩きやすい平らな道のありがたみを文字通り痛みとともに「痛感」しました。

みんなできゃっきゃしながら、「痛い!痛い!!」なんて言いながら歩く道も子どもに還ったようで楽しかったなあ。

旅の詳細は、参加してくれた人の体験を通じて感じるものだと思うので、ここではわたしがわたしのために、今回の旅路で心に残ったことを書き留めておくことにしようと思います。

自分がやったことは、すべて自分に返ってくる

瞳さんは、20代に旅をしたくて、でもお金が無くてネットワークビジネスなどあらゆる手段を駆使して月100万以上稼いでいたと言います。寝る間も惜しんで働いたのでやったことは必ず返ってくる。
せっせと働いた分、お金としては返ってきましたがその分の蓄積疲労は身体にも返ってきたそうで、ある日身体を壊してしまいました。
自然の循環も同じで、生活を便利にするために多くのプラスチックを生み出し利用しているわたしたちは、結局海に捨てられたプラスチックを食べた魚を食べているという循環構造に生きている。循環のはじまりと終わりは同じである。というお話を聴きました。

自分がやったことは、必ず自分に返ってくる。
だから欲しいものをまずは自分が渡せばいい、と瞳さんは言います。

自分が欲深かったら、欲深い人に囲まれる。
自分が損得で考えたら、損得で選ぶ人が周囲に集う。
優しいひとに囲まれたいなら、優しいひとであればいい。
人を信じたいなら、自分を信じてみればいい。

世界の原理原則はとてもシンプルで、自分の在り方がまるで鏡のように反射して、自分に起こる出来事として返ってきます。

瞳さんのワークショップはギフトエコノミー制で、「支払わないひといないんですか?」とたまに聞かれるそうなのですが、「支払われなくてもそれはその人に返っていく」と瞳さんは力強く言っていました。

雨上がりだったから、水たまりも

はだしになると、自分らしさが見えてくる。

わたしが個人的に強く共感したお話に、「お金とか知識とか、なにもないけど、足がある。散歩が好きだから散歩を仕事にしちゃえばいいじゃん。声があるから、話しながら歩いたらいいんじゃん、と思ってこのワークショップが生まれました」というお話があります。

わたしも大人になる過程でいつの間にか「自分がまだ持っていないもの」を追い求めるようになりました。転職して組織開発の仕事に就き、何もわからず組織開発系の書籍やリーダーシップ論などを読み漁っていろんなプロジェクトを経験して「はやく一人前にならなきゃ」と思って仕事をしてきました。

自分にはまだ足りない。知識も経験もない。だからこそ、人一倍努力をしなければとがむしゃらに頑張っていた時期がありました。

でも今は、自分を180度違う風に捉えています。
キャリアブレイク(無職期間)をとってから、「わたしには足りないものはなにもなく、実はすべて持っている」ということに気が付きました。

わたしはすでに、色んな経験をしてきたじゃない。不登校になったり、休職したりを経験して、「私が私のままであること」と「周囲や社会との調和」に何度も葛藤して育んできたコミュニケーション力があるじゃない。だったら私が私のままであることと周囲とつながることの両方を満たせるこのコミュニケーションメソッドを周囲の人に渡したらいいじゃない。

今まで関わってきたたくさんの人たちとのご縁がある。
場づくりがやりたい、でも拠点を持つお金がないって思っていたけれど、すでに素敵なお家がある。だったらお家に人を招いたらいいじゃない、という気持ちで家開き(ホムパ)を始めてもう80回に差し掛かろうとしています。

わたしは本を読むことが好きで、小さい頃から作文を書くことが好きで、日本語が話せるし、書ける。だったら自分の日々の発見や気づきをnoteに残したらいいじゃない。ライティングの知識もスキルも無いけれど、こうして言葉を紡ぐことはできるのだから。

「あれもない」「これもない」とできない理由を見つけて解消する方にエネルギーを割いていたけれど、「すでに持っている」ものに目を向けたらこんなにも可能性に溢れていたことに気付きました。

すでに持っていることになぜ意識が向かないかと言えば、それは概念や知識がそうさせています。
「20代ではがむしゃらになんでもやって、30代からは専門を決めよ」
「これからは個の時代、副業をしていないと生き残れない」
等々、様々な"情報"を知らず知らずのうちに取得してそれが正しいと思い込んでいるからです。
だからこそ、まずは"はだし"になること。
「靴を脱いだら、足を怪我するんじゃないか」という不安も、脱いでみたらそれが本当にそうなのかがわかります。
実際、20人が裸足で3時間、4.6km歩いてもけが人は誰1人として出ませんでした。
まずは、たくさん着込んだ知識や教養、肩書を脱いでみること。

そうして手放してはじめて、「自分にとって本当に必要なことは何か」「わたしたちは、すでに必要なものを持っている」ことが体感的にわかります。

「これがわたしらしさだったんだね。おかえり、わたし。」

わたしは去年、一枚一枚たまねぎの皮を剥くように、これまで身に着けた鎧を手放していった結果、奥底の鍵のかかった部屋にいたやわらかくて自然体の、すべてが詰まった種のようなわたしに出逢えました。
自然体に還るとは、いまは必要ないものを一度デトックスすることです。そうすることで、心からやりたいこと、すでに持っていた個性などの純度の高い自分が見えてくる。

寝たいから寝る、ただそれだけ。

「わたしは、すでに必要なものを持っている」。
この前提に立って世界を見渡したら、何を得なくても景色が180度違って見えました。
今は、自分の内側から湧き出る秘湯を見つけたような気持ちで日々を生きています。

それぞれが、適切な場で、役割で生きる

生態系のいろんなお話を瞳さんに聴いて感じたのは、「それぞれの生命が、適切な場で、それぞれの役割を担って生きていて、なにひとつ無駄なことはない」という実感です。

ミミズがいないと良い土壌は耕されないし、良い土壌がなければ作物は育たない。動物の糞が肥料となり、育った植物を食べる草食動物を、肉食動物が食べて生きる。

そうやって生命は循環・共生をしていることを体感しました。地球の生態系がそうなのだから、きっと人間も同じ循環の中にいるはずです。

それぞれの特性を活かして、それぞれの役割を担って生きる。それが自然の営み。
人間をややこしくしているのは3%の意識で、その意識によって「自分とは別の何か」になろうとしてしまうんですよね。

人間は、生物界でみたらとても弱い動物で、だからこそ群れで生き残る戦略をとり進化した生物です。「他のみんなと同じであること」が命を救ってきてくれたから。だから群れとの違いを認めることが不安なこともまた人間という生物の特徴です。

でも、同じ種族の動物にも植物にも"違い"はありますよね。以下の写真はウチで愛でていたトマトなのですが、熟れている房とそうでない房があります。成長スピードも大きさもバラバラなんですよね。

今年は何を育てようかな

一方、スーパーで売られているトマトは形が均一で、ちゃんと全部赤い。
自然は、バラバラでいいはずなんです。同じ土の上にいても、たとえ同じ種から生まれても。

わたしたちは、同じ人間なのに、違うから面白い。不揃いを不揃いのまま、愛でる。それが自然体だってことを、植物が教えてくれました。

自分とはどんな存在かを知ることが自己理解の醍醐味

この旅路を共にした友人兼クライアントさんのひとりから、休職することを決意したと連絡がありました。

はだしで歩いて自分を感じて、宇宙から観たら0.2秒の一瞬の、自分にしかない奇跡の人生を生きる決意をした、と。尊い…!!!

友人の、人生の新たな章のはじまりにわたしまで嬉しくなりました。自分を活かして生きる道は楽しいことばかりじゃないかもしれない。
それでも自分という奇跡の存在をこの地球で活かして生きることを決意した友人の門出に祝福と乾杯🍷

わたしも、わたしの存在を活かして自然体の人を増やしていく旅の旅程を鋭意準備しています。
自己理解(内省)×人とつながるコミュニケーション(表現)がわたしの私らしさだって気づいたから。
それぞれの自然体をみんなで探究し、表現しあう場をつくります。

また、瞳さんの「地球を生きるワークショップ」をわたしが主催する次回日程はこちらのLINEにてご案内をしていきます。(すでにほかの主催者さんで開催を予定している日程もあります。空きがあるケースもあるそうなので、そちらはここからご確認くださいね。)

それでは今日はこの辺で。
最後に旅のアルバムを付けておくのでどうぞお楽しみください◎



タイムリーに配信された手放した先の自己理解のラジオも貼っておきます♪




















あなたが自然体で、心地よく過ごせるのが一番のサポートです💐