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TRPGの狂気と妄想の狭間『異説・狂人日記』を観た感想(コンパクトです)

※TRPGが原作の舞台のため、ネタバレは含みません。

ヨビゴエというプロジェクトがある。

クトゥルフ神話TRPGを舞台化するプロジェクトだ。役者の上田悠介さんがクリエイターとして企画を手掛けている。

そもそもの発端は2021年5月。
TRPGクリエイターのディズムさんが手がけたTRPG舞台化企画『カタシロRebuild』に上田さんが参加したことに始まっている。

TRPGというのは、台本や行動のテンプレートが一切ないプレイヤーが、ライブ感を持ってその時々で自身のキャラクターの行動を決めていくというシステムのゲームである。

『カタシロRebuild』はこれをそのまま体現したシステムで進行し、プレイヤーとして参加者は全てアドリブで行動していかなければならない。


しかし、ヨビゴエに関しては違う。台本のある完全舞台化である。

元になっている同名のTRPGシナリオを原作に、2パターンの結末を用意するという本格さ。
しかも、上記HPを見てもらえれば分かるように、役者もセットも完璧に用意している。もうがっっっっっっつり演劇なのだ。

私は2パターンの結末ともストリーミング配信にて鑑賞。元ネタのシナリオは筆者は未プレイである。それどころか、TRPGすら全く知らない人でも観劇になんら支障のない内容だったことをここに明記しておく。
原作がゲームシナリオということもあるから、今回はネタバレなしで感想を簡単に書こう。


舞台ならではの"狂気"と"妄想"の狭間

元々、ホラーコンテンツが好きな私は、TRPGにおいてもクトゥルフ神話やインセインなどのホラーテイストが好きだ。舞台化となれば、それはそれは怖気立つようなシーンを期待してしまっている。
とはいえ、TRPGを実際にプレイする感覚とは違う恐怖に襲われるのだと思っていたのだ。

それがどうか?

実際、幕が上がってからしばらくの間は原作がTRPGであることなどすっかり忘れ、ただいつもの趣味で観劇しているだけのような気すらしてくる。それだけ今作はしっかりと舞台として作られており、ここからどんな絶望と希望が紡がれるのだろうとただただストーリーの展開に心を躍らせていた。

しかし、一度クトゥルフ神話TRPGをプレイした身であれば、現実から一気に異界に繋がる道が開けるあのゾクゾク感というのは分かるであろう。ただの演劇として見ている最中、舞台上でそれを感じる瞬間が不意に訪れるのだ。ここからがすごい。

まず、今回のキーキャラクターは精神疾患を重く患う患者である。序盤はよくある患者の幻覚と妄想…のようにしか思えないほど異界の片鱗は見られない。
しかし、それこそがこの『異説・狂人日記』の罠なのだ。一見すると何事もないように思われる日常を感じている時こそ、既に奈落へ足を向けて始めているのである。この本物の狂気と常人の妄想の境目が誰にも分からない構造こそが、今作を異質なTRPG、そして舞台たらしめている大元である。

しっかりと役者と舞台のプロを集めているだけあって、演出はゾッとするほど素晴らしい。TRPGではビジュアルやイメージを付けづらい独白資料は回想として美しく表現され、登場人物の感情に取り込まれていく感覚があった。


全てがダブルキャスト。そして異様なほどの狂気への従順さ。

キャストは2パターンのエンディングに合わせ全て2通りにシャッフルされている。ここはシンプルに演劇的に違いがあって楽しめるところだ。大変いい人達を集めており、内容の暗さはともかく、板の上では活き活きと芝居の応酬が重ねられる。

発起人の上田さんももちろん参加しており、個人的には【受容】エンディング版の文恒役が刺さった。また、【拒絶】エンディング版のやみえんさん演じる十三の存在感が凄まじく、彼のあんなシーンやこんなシーンが脳裏に焼き付き、未だに離れずにいる。

この役者陣の表現する人間の汚さや、愛憎や、エゴやそのほか諸々をひっくるめた狂気がより舞台の輪郭を強めている。それは現実の大正時代に存在した精神病院のグロテスクな非人間的な対応を明確に描きつつ、さらに一線を画すことになる本物の異界の狂気というものを観客の想像に肉付けしていく役割を持っていた。
これはいわばTRPGでいうところの調査パートを攻略するうちに、不明瞭だったとある登場人物の心の内がくっきり浮かび上がるあの気味が悪いほど伏線が回収される感覚を彷彿とさせている。



と、非常にコンパクトだが感想はここまで。
正直なところ、これ以上書くと真相に触れてしまう気がする。
まだギリギリアーカイブ配信があるようだから、興味を持った人は直感でどちらかのエンディングを観てもらい、さらに興味を持ったならもう一方のエンディングも観て欲しい。

2パターンのエンディング【受容】と【拒絶】の意味。そしてHPのキャストビジュアルが全員センセになっている意味も、是非じっくり考えてもらいたい。

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