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「人事だから」で済まない降格トラブル

今回は降格トラブルに関する近時の裁判例として広島精研工業事件(広島地裁令3.8.30判決・労判1256号5頁)を取り上げます。
社内での地位の引き下げである降格は、通常、使用者側の人事判断が優先されます。しかし、本事件では珍しく労働者側が勝訴した事案であることから、今回取り上げることにしました。

事案の概要

この事件は、課長職にあった原告が、平成21年10月、業務中に心筋梗塞を患い、平成22年3月1日に復職したものの、平社員に降格されて役付手当もカットされたという事案です。
原告側は減額された役付手当を被告会社に請求したところ、被告会社側は「原告は社内の安全成績が悪く、課長就任後に労働災害を増加させるなどの点で能力不足があった」、「原告は課長の当時、大量の不良品を社外に流出させた」などと反論しました。
しかし、裁判所は原告の請求を認容しました(その他にも請求した事柄は多くありましたがここでは割愛します。)。

裁判所の判断内容

本事件で裁判所は降格の有効性について次のような一般論を示しました。

  • 労働契約等の根拠がなくても降格は人事権の行使として原則有効である。

  • しかし、降格が社会通念上著しく妥当性を欠き権利の濫用に当たる場合は無効となる。

  • 権利の濫用に該当するかは①使用者側の業務上・組織上の必要性、②労働者の能力・適性、③労働者の受ける不利益の要素を総合考慮して決める。

その上で、裁判所は、本事例に関し

  1. 過去に原告が課長に就任した際、担当課内で労働災害が増加したり大量の不良品が社外に流出した事実はある。

  2. しかし、業務の多忙や人員不足といった会社側の管理上の問題も一因であったから、原告だけに責任を負わせるのは妥当ではない(①の要素)。

  3. 原告が他の課長と比べて特に成績が劣っていたという事実はない(②の要素)。

  4. 役付手当の不支給により原告の賃金は15%も減額し、その不利益は大きい(③の要素)。

といった点を指摘して本件での降格処分は会社側の人事権の濫用であり無効と結論づけ、役付手当相当額の請求を認めました。

本事例に対するコメント

本判決でも指摘されていますが、課長から平社員にというような役職の引き下げとしての降格の可否については、基本的に経営上の人事判断であるため使用者の判断が尊重されます。
しかしながら、賃金の減額を伴う降格については労働者への生活への影響が大きいため使用者側の裁量が制限される傾向があります。
本事例の判決も、人事権の濫用を判断する要素として③労働者の受ける不利益という要素を挙げていることから、降格をめぐる一般的な傾向を示したものといえます。
他方で、本事例では①使用者側の業務上・組織上の必要性について重点的に分析・判断しているところに特徴があります。これは少し珍しいなと思いました。
この点は、③役付手当により賃金が15%も減額されるという不利益の大きさから逆算した判断とも考えられます。
しかしながら、本事例では降格をめぐる就業規則上の規定がなかったり、人員不足による業務過多が恒常化していたり、実際に業務トラブルが発生した時点でタイムリーに指導改善を行っていなかったりしたなどの点で対応にチグハグなところが多くありました。そして、そのようなチグハグな対応が、裁判所にとって「労務管理をろくに行っていない会社」と映り、会社にとって降格の必要性がない(そもそも検討されていない)=降格は無効という結論につながったように思われます。
そのため、本事例は③の役付手当のカットという要素がなかったとしても、降格が有効になり得た事案だったのではないかとも考えています。

最後に

以上、降格処分が無効になった近時の事例として広島精研工業事件を取り上げました。
今回の話をまとめますと、

  1. 「課長から平社員」というような形で役職を引き下げる意味での降格は、基本的に使用者の人事権の問題であるため原則として有効である。

  2. しかし、人事権の濫用に当たる場合は降格は無効。人事権の濫用に当たるかは①会社にとっての降格の必要性、②労働者の能力不足、③労働者の不利益といった要素の総合考慮で判断される。

  3. 本事例は③役付手当のカットにより大幅な賃金減額があったが、そもそも①会社にとっての降格の必要性がない事案だった

  4. そのため、本事例については③役付手当のカットがなくても降格が無効となり得る事案だった

というものになります。
このように、本事例は「降格は人事マターだから」と安直に考えてしまうことに注意を喚起する裁判例として有用であると思われます。
降格は直ちに賃金減額につながらないとはいえ、当人にとっては不名誉なことに他なりません。そのため、降格人事を行う際には「なぜその人事が必要となるのか」、「労働者にはどのような説明をすれば良いか」をその都度丁寧に検討してほしいと思います。

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

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