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自治体のイベント成功ノウハウを探ってみた ~市役所アップデート講座×プロジェクトマネジメント~

勉強したい!成長したい!新しい知識を身に着けたい! 残念ながらそんな意欲に満ちた市役所職員はそう多くない。無理もない。日々の業務に追われ、そのタスクをこなすだけで精いっぱい。プライベートだって大事にしたい。それを犠牲にして勉強したところで、給料が上がるわけではない。このような風潮は市役所に限らない。パーソル総研のデータによれば、日本は「勤務先以外での学習や自己研鑽活動」を全く行っていない率が46.3%。これはアジア14か国の平均の3倍以上の数値である。

それでも、市役所職員はアップデートが必要だと常日頃から痛感している。DX、AI、働き方改革、心理的安全性、リスキリング・・・時代の変化に対応した良質な市民サービスや政策を立案するには、OJTだけではとてもじゃないが追いつかない。現場は頑張っているのに市民からは評価、感謝されないのだとした実にもったいないではないか。そもそも、できることや見えるものを増やした方が仕事は絶対に楽しいし、やりがいも増えることを経験的に知っている。かといって、そのためのプログラムを組織が十分に整えているかといえば、その状況には程遠い。であれば、自分で何とかしよう。そう思って部署横断の勉強会を企画した。第一弾として選んだテーマは「プロジェクトマネジメント」だ。

プロジェクトマネジメント研修を設計

大学院でプロジェクトマネジメントを学んだのが今から2年前のこと。アメリカ標準のPIMBOK(第6版)が授業の教科書に指定され、IT、システム、製造業を中心に企業でも標準的に用いられているツールと考え方を学んでいくのは本当に楽しかった。同時に、毎週のように課題に取り組みながら「これって市役所の仕事にも応用できるよなぁ」と感じていた。会議やセミナー、シンポジウム、コンサート、お祭り、展示会・・・。数名規模から一万人規模まで、準備期間も数週間から半年以上まで、大小さまざまなプロジェクトが市役所には存在している。それにも関わらず、わが市役所(おそらく全国の市役所)ではこの手のツールや考え方は教わらない。標準化されないからイベントの企画や運営に長けた職員がいてもその技術は横展開されず、個人の暗黙知が増え「職人」ができあがるという現状だ。これまではそれでも回っていたかもしれない。しかし、これだけ流動的で多様なニーズに直面している現代では、全員がプロマネ的思考ができる人にならないともはや世の中とのギャップを埋められないのではないかと思っている。何とかならないだろうか。その想いから「プロジェクトマネジメント」の知識を職場で共有したいと考えた。

しかし、部下に相談したところ、返ってきたのは「難しい」という一言。そう、普段から目の前の業務に邁進している職員からすると「プロジェクトマネジメント」の響きは全くと言っていいほどピンとこないという事実に気づかされた。実務とどうつながっているのかを瞬間的に感じられなければ、研修を開いても誰も参加してくれないだろう。そこで、市民向けの講座やイベントを担当している職員を最初のターゲットにして「成功するイベントノウハウ教えます」とタイトルを変え、その中でプロジェクトマネジメントの基礎を紹介することにした。そして、これを機にイベント経験豊富な職員の暗黙知を可視化し、組織の知識資産として残す場にしようと考えた。研修の内容が固まった瞬間だ。

プロジェクトマネジメント研修を実装

研修当日は3~4人が1グループになるように机を配置し、ワークショップスタイルのようなレイアウトにした。自己紹介では、これまで携わったイベント、その中での「やっちまった」エピソードの紹介をして場を温めた。次に私からプロジェクトマネジメントの基礎知識として市役所で使えそうなエッセンスを抜き出して10分程度で紹介をした。まず、「イベントの成功条件とは何か」という問いからスタート。市役所では定量的なものはアンケートや来場者数、クレームの数などが設定されることがほとんどで、事故なく運営できればそれで良い、など曖昧な場合が多い。本当にそれでいいのか。プロジェクトマネジメント的に言えば、成功の条件は「イベントごとに定義すべし」となり、プロジェクトの立ち上げ段階で目的や目標設定を適切に行い、ステークホルダー分析を行ってリソース配分を決める。そもそもの目的から目標設定がされ、その実現手段としてイベントがあるのだから当然だろう。それでも、市役所には季節ごとに行われる定番のお祭りなども多く、「毎年行っているから」という理由で続いてきたイベントも少なくない。実に当たり前のことを紹介したわけだが、参加者からは「言われてみればこれまであまり考えてこなかった」という反応も少なからずあった。新型コロナの影響で延期・中止のイベントも数多く発生したこともあり、そもそもなぜ、何のためにイベントをやる必要があるのか、という視点で考えることの重要性に立ち返ることができたのは収穫だったと思う。

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次に、イベント経験豊富な職員に協力してもらった事前アンケートで聞いた「イベントの成功に最も重要だと思うこと」「イベントでの失敗の原因」の結果を紹介した。今回の目的の一つは職員の持つ暗黙知を言語化して残すことだからだ。「イベントの成功に最も重要だと思うこと」は以下のとおりだ。

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熱意やマインド、良き風土、それがあってのノウハウ(スケジュール管理や情報共有)・・・。経験豊富な職員ほど本質的なことを掴んでいるのだろう。一方で、「イベントでの失敗の原因」は以下のとおりだ。

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時間や労力の見積りやコミュニケーション不足、楽観的な思い込みなど基本的なことから「必要以上の完成度を求めてしまった」「一人で何とかしようとし過ぎた」など示唆に富むものまで、失敗の原因が言語化することができた。注目したのはいずれもプロジェクトマネジメントで解決可能だということ。やはり市役所職員も体系的に学ぶ価値があるんだなぁと改めて実感した。

続いて、プロジェクトマネジメントの基礎の基礎を10分ほどでレクチャー。そもそもプロジェクトマネジメントの知識がアメリカで体系的に標準化されていることを伝え、プロジェクトのプロセス、計画づくりの標準手順、WBS(ワーク・ブレークダウン・ストラクチャー)や教訓登録簿などのツール、10の知識エリアについて実際のイベント実務で使う場合を想定しながら紹介した。

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そして、よくある失敗として、「目的・目標が明確にならないまま始まる」「必要な作業、スケジュールが正しく見積もられていない」「問題が生じたときに根本的な原因分析が行われず、個人の意識や資質の問題にしがち」などを紹介した。

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最後に、「イベントを成功させるための工夫」について全体で話し合う時間を作った。目的の認識共有定期的なミーティングという基本的なことから、苦手なことは得意な人に振る当日のイメージトレーニング反省会・振り返り会の実施など、明日から使える実践的なノウハウが浮かび上がってきた。特に賛同が多かったのは、困ったときは早めにSOSを出すこと、そしてそれができる関係性、コミュニケーションを日頃から構築しておくことの重要性を共有できたのは大きな収穫だった。

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全部で1時間15分という短い時間設定だったため、もっと対話が深められたらさらに気づきが得られたなぁという印象はあったものの、イベントノウハウを属人化せずにプロジェクトマネジメントの知識を入れながら標準化しようという試みの第一歩としては良かったのではないかと思う。少なくとも、プロジェクトマネジメントの発想が市役所にも十分に活用できることが実感でき、仲間たちにも共有できたことはうれしかった。

アップデート講座の次回は1月に「職場での良い関係の作り方」を実施予定だ。ここではチームワーキングや心理的安全性の知識とスキルをインプットしつつ、参加者の職場における悩みや工夫を引き出せるような仕掛けをし、新たな学びにつなげていきたい。



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