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水の空の物語 第4章 第7話

 風花は顔を仰向けていた。

  空を雲がいくつも流れていく。

  今日はよく晴れていた。 遮るものが少ない山頂から見る空は、広く大きい。 

 遠くから風花の名が呼ばれた。早く来るようにと急かされる。

 風花はあわてて夏澄たちの後を追った。

 「おい、目を瞑って歩くのやめろよ」 

 追いついたところで、飛雨の鋭い声が飛ぶ。
  いわれて始めて気づき、風花は目を開けた。

 「ごめんね。早く霊力が欲しくて。瞑想が癖になっていた」 

「瞑想って、お前……」

 「今日の風花はご機嫌なんだよね」 夏澄がくすくすわらう。 

「うん、だってお祝い……。ビー玉ちゃんのお誕生日会、どんなことするんだろうねっ」 

 精霊たちが開く誕生日会なんて、全然想像できない。
 わくわくする。 

 それに祝いができるのは、春ヶ原が平穏無事な証拠だ。

「分かるよ。うれしいよね。俺たちを招待してくれるなんて、思ってなかったもんね」 

 風花は夏澄たちと、山頂の中央に立つ。すると、目の前の空間が輝きだした。 

 光のカーテンの扉が開いて、春ヶ原が姿を現した。 

「いらっしゃーい、夏澄たちー」

  まず、草花の声がした。彼女はぴょんと木の上から飛び下りて、扉の内側に立つ。 

「来てくれてありがとうー。草花、うれしいよ」

 「本当に、遠いところへわざわざ。草花の招待を受けてくれてありがとうございます」

  優月が優しい笑顔でおじぎする。

 「っていっても、まだ準備できていないの。お散歩でもしながら待ってて」

  草花は休息場に駆けもどった。
 地面に積まれている蜜柑を、しろつめ草の野原に隠したり、川の砂の中に埋めたりする。

 「宝探し大会をするそうですよ」

  優月は苦笑する。

 「誕生日会のメインの遊戯なんです。草花が昨日、一生懸命考えてました」

  花が舞う中で、草花は走り回っている。
 桃色の花吹雪の中の草花は、本当にかわいらしかった。

  きれいすぎる風景に、風花は目を細める。 

 桃色の野原。野原を流れる川。
 本当に、ここは夢の世界だ。

  世の中には、こんなふしぎな世界がある。知ることができてうれしい。 

 みんな夏澄くんと出会ったおかげだ。

「ビー玉、疲れて眠っちゃった」

  わらい声をころし、草花はひざの上で眠るビー玉を撫でている。

 ビー玉は蜜柑をひとつ抱えている。 宝探しの蜜柑をビー玉はたくさん見つけたが、

  ビー玉はそれを皆に分けた。自分の取り分はひとつだけだ。 

「ねえ、夏澄。夏澄たちはちゃんと楽しかった?」

  草花は無垢な瞳で、周りを見回す。 

「風花はどう? 楽しかった?」 

「うんっ。すごく楽しかった。ありがとう、草花ちゃん」 
「えへへ。よかったー」 

 そんな草花を、立貴が遠くから優しく見つめていた。 

 彼は桜の木陰にもたれている。 彼は宝探しには参加しなかった。ほとんどの時間、一人で過ごしている。

  周りともほとんど話さないし、無表情だ。風花たちは声を聞いたこともない。

  そんな立貴だが、草花たちを見てたまに頬を緩める。
  優月のことは慕った瞳で見る。

  離れていても、絆の強さを感じた。

「あっ、思い出した」

  ふいに、草花がぱあっと顔をあげた。 

「ねえ、ねえ、夏澄。夏澄はスーフィアの他にも、精霊さんのお友達がいるよね」 

 期待のこもった目を輝かせて、じっと夏澄を見つめる。

 「今度、ここに連れてきてよ。草花ね、お友達になりたいの」 

「うん……、でも、みんなは遠くで暮らしているからね。俺と旅をしているのは、スーフィアだけなんだ」

  あれ、と、草花は瞳を瞬かせる。

 「でもね、森の動物さんたちが、夏澄のあとを追いかけてる、若い精霊のお兄さんがいたっていってたよ。すごく霊力の強そうな精霊さんで、今日も来てたってよ」 

「俺のあとを?」 
 夏澄はふしぎそうにする。

 「そんな精霊の気配は感じなかったよ」

  飛雨がすばやく辺りを見回した。 

「……夏澄に分からない。なら、夏澄より霊力が強いってことよね」

  スーフィアの頬に緊張が走った。風花も、どきどきしてくる。 

 夏澄より霊力が強い精霊は、ほとんどいないはずだ。風花が知っているのは、藤原の御泉の消えた精霊だけだ。 

「俺、ちょっと見てくる」 

「私と飛雨も行くわ。優月さん、扉を開いてもらっていいですか」

  夏澄たちの姿は光のカーテンの向こうに消える。

  風花は二、三歩歩いて足を止めた。夏澄を追いかけたいが、とても追いつけなかった。

「夏澄たち、どうしたの?」

 「だいじょうぶ。すぐもどってくるよ、草花ちゃん」

 「夏澄たち宝探しで疲れてるのに。もっとお昼寝したらいいのに」

  風花は夏澄の消えた方向を見つめる。どきん、として振り返った。

  ふいに、冷たい風が吹いたからだ。
  前に春ヶ原を枯らせたのと同じ、枯れ葉が混ざった風だ。 

 動物たちが怯えたように、草花や優月に駆け寄る。

  風に当たった植物が枯れていく。今回の風はいく筋も吹きつける。 

 あっという間に三分の一の葉が枯れ落ちた。 風花は駆け出した。 

 風が草花のほうに向かっていったからだ。
 だが、間に合わない。風には届かず、指先をかすめただけだ。 

  草花が、優月と動物たちをかばうように立つ。  

 寸前で、風は立貴の霊力で消えた。

  風花は立ち止まって耳を澄ませた。
 風花をかすめたとき、風がなにか悲しげな音を立てた気がしたからだ。 

「夏澄くんっ」 

風花は思わず叫んで辺りを見回す。だが、当然夏澄の姿はない。 

 立貴が駆け出し、水晶玉を空にかざした。 

 水晶玉が輝き、風を消す。 光が空に伸び、上空に泉ができる。
 泉から降る雨は葉を蘇らせた。

 一本の木蓮が完全に葉を茶色に染めていた。

  雨が木蓮に降り注ぐ。だが、葉の色はなかなか元にもどらなかった。 

 ひどい……。 

 春ヶ原全体を眺めた風花は、へたり込んだ。 

 立貴の雨は木蓮に集中している。野原に降る雨が少ないせいか、しろつめ草は枯れたままだった。

  野原に、一本二本と茶色い筋が横切っている。植物を枯らす風が通ったあとだ。

  夢……。

  ここは優月さんたちみんなの夢の世界なのに。 

『夢の裏には厳しい現実があるんだよ』

  飛雨の言葉が思い出された。

  こんな日にどうして?
  誰が? 
 なんでこんなこと。

  風花は空を見あげる。

 探っても答えは見つからない。
 夏澄や優月に分からないことが、風花に分かるわけがない。 

 もし、霊力があったら……。
 少しは役に立てるのに。

  枯れた草の香りが漂ってきた。
 かさかさと乾いた葉の音がする度に、風花の鼓動は早くなった。


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