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水の空の物語 第4章 第6話

「もう観ないよ。眠るね」
「ああ、おやすみ」

 優しく風花を見る。その時、星夜の部屋から出てきたポメラニアンのみぞれが、風花に飛びついた。

 みぞれは『きれい系』のポメラニアンだ。

 ポメラニアンには、『かわいい系』と『きれい系』がいる。
 かわいい系はたぬき、きれい系はきつねに例えられる。

 人気があるのはたぬきポメラニアンだが、みぞれは、きつねポメラニアンだ。

 みぞれは尻尾を振ってじゃれつく。風花が撫でると、ころんとお腹を見せた。風花はお腹も撫でる。

 少しすると、みぞれは起きあがった。

 飛雨がぐちゃぐちゃにしたベッドを、ビー玉の目で見つめる。 

 ベッドに乗り、物色をはじめた。飛雨のにおいを追って、布団に潜り込む。 

「すごい寝相だな……」

  星夜がため息をついた。 

「あはは、ごめん」 

 ベットの上のみぞれは、急に動かなくなった。 そうかと思ったら、ぽーんと布団から飛び出してくる。
 きれいな毛並みがぐちゃぐちゃだった。 

 部屋を駆け回った後、立ち止まり、クローゼットのほうを見た。

  風花は鳥肌が立つほど驚いた。あわてて、クローゼットを背中で隠す。

  きゃんきゃん吠えはじめたみぞれを、すばやく抱きあげた。

 「どうしたの? な、なにもいないよ。もしかしてわたしを吠えたの?」

  敵を見つけたと思っているみぞれは、誇らしげだ。『褒めて』というように、目をきらきらさせた。 

 あっち行こうねと、風花は廊下に出た。 

 星夜はふしぎそうに、クローゼットを見ていた。

「オレ、もう帰るよ」

  クローゼットから出てきた飛雨は、急にいった。 疲れたような足つきで、ガラス戸に向かう。 

 なぜか顔つきも憔悴仕切っていた。

 「どうしたの? 飛雨くん」

 「なにがだ?」 

「なんだか、疲れているよね。もしかして、みぞれが吠えたから?」

  飛雨はぴたっと歩みを止めた。 

「な、なにいってんだ。そんなことねーよ」 
「でも……」 

「おい、風花」

  え? と風花は身構えた。 飛雨がいきなり、額に青筋を浮かべたからだ。 

 ベランダの柵に飛び乗り、風花を見下ろしてくる。

 「お前さ、わんこに嫌われるオレは、夏澄と全然違うって思ってるんだろ?」

  え? 

  風花は唖然として視線を返す。 

「思ってないよ、そんなこと」

 「そうだよ。オレは夏澄みたいに動物に好かれないよ。純粋なお前とも違うよ。でもな、そんなことどうでもいいんだよ」

  風花は返事が返せない。飛雨がなにをいいたいのか分からない。

「だめ人間だって、夏澄を手伝っていいんだよ。資格がないとか、矛盾があるとか、面倒くさいんだよ」

  お前、うるさいんだよ。と、飛雨は青筋を浮かべる。 

「だから、思ってないよ。矛盾? 意味が分からないよ……?」 

「オレは夏澄みたいに優しいだけにはなれない。それでも、夏澄みたいになにかを救えれば、それでいいんだよ。結果が大事なんだ」

 飛雨はしばらく柵に立っていた。やがて、風花に背を向けて手を振った。

 「じゃあな、風花。また明日」

  続けて、いい過ぎたごめん、と小さくつぶやいた。 

「あ、あの。今日は訓練をありがと」 

「練習のし過ぎで、成績が落ちないようにしろよ。夏澄が心配してたぞ」 

 夏澄というきらきらした名に、風花はうれしくなる。

 「うん。夏澄くんがいうならがんばるっ。わたしね、獣医になる夢があるの。……あっ。でも、癒しの霊力があれば、動物は救えるよね。もう勉強しないで済むかな」 

「ばかなこと考えるなよ」
  飛雨はきっぱりといった。 

「え? なんで?」

 「人の世界の在り方から、離れたらだめだ」

 「だってわたし、元がばかだから、成績上げるの大変で……」 

「じゃなかったら、もう霊力教えないからな。自分の居場所忘れるなよ」 

 なんで? 

  不満を顔に出す風花に、飛雨はため息をついた。

 「大事なことだからな、風花。忘れるなよ」
  なんで? 

「どこが大事なの?」

 「大事だから大事なんだ。それに癒しの霊力は夏澄とスーフィアが持ってるから、もういらないぞ」
 「うそ……」 

「逃げるのに役立つ霊力がいいよ。動く結界が張れるとか、夏澄の霊力を倍増させるとか」

  飛雨はベランダの日除けの蔦の影に身を潜める。疲れたように頭を振った。 

「だいじょうぶ? ベッドが好きなら眠ってく?」 飛雨は、室内に視線をもどした。誘惑に囚われた瞳をする。 

「……やめとく」 

 力なくいうと、足を踏み出した。
 
 弱い風を起こして姿を消した。



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