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水の空の物語 第3章 第15話

 それきり、飛雨はなにもいわなくなった。

 ありがとう、と、夏澄が風のようにささやくのが聞こえた。

「ねえ、スーフィアさん。夏澄くんが境界を越えたっていうのは……?」

「夏澄はね、動物とか植物を護りすぎて、霊力使い果たしちゃうことがあるのよ。山火事の時とか鳥の伝染病の時とか。だから、私たちは自分で処理できない時は、関わらないってルールを決めたの」

 だから……。
 風花は心でつぶやいた。

 だから飛雨は、夏澄が同じことをしないように叱るんだ……。

 歩を進めていた風花は、顔をあげた。

 登り坂が少しゆるやかになったからだ。山頂が近いのだろう。

 風花たちは、東の山の頂上にあるという、春ヶ原を目指していた。

 雪割草の精霊から、春ヶ原の話を聞いたからだ。

 春ヶ原では、精霊たちがたくさんの動物が護っている。

 だか、たまに数が増えすぎて護りきれなくなるらしい。そんなときは、周りに住む精霊たちに動物たちを預けてまわるそうだ。

 蓮峯山に着いたとき、夏澄は蓮峯山にたくさんの動物の気配を感じるといった。

 原因は春ヶ原だろう。

 ワンピースの少女も、春ヶ原の精霊だった。

 それに雪割草の精霊は、春ヶ原の野原のすぐ上に、水溜まりのように水が集まるのを見たといっていた。

 噂になっていた空の上に湧く泉があるのは、春ヶ原かもしれない。

 ずっと登り坂だった道が、木々の向こうで途切れていた。

 頂上についたのだ。頂上といっても低い山なので、登るのはそれほど苦にならなかった。

 夏澄が駆け出した。風花たちは後を追う。

 登りきったところで、道を塞いでいた木々をかき分ける。その向こうにあったのは岩場とまばらに生えている木々だった。

「ここが、春ヶ原?」

 春ヶ原は一年中、季節が春の野原だったはずだ。
 だが、目の前にあるのは、冬に近い風景だ。

「場所、間違えたのかな?」
「なにいってんだ、風花。夏澄が間違うわけないだろ」

 ふいに、さあっと風が吹いた。風には、なぜか雨が混ざっていた。

 大粒の雨が両目に入る。風花は声をあげて目を閉じた。

 やがて目を開けた風花は息を飲んだ。

 焦って駆け出し、あたりを見回す。山頂から、夏澄とスーフィアの姿が消えていた。

 



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