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水の空の物語 第3章 第7話

「おい、風花」

 しばらく黙っていた飛雨が、急に言葉を投げてきた。

「お前、今度、霊力の訓練してみるか?」
 窓の外を見て、風花に背を向けたまま冷たく続ける。

 車窓の風景は、いつの間にか植物でいっぱいになっていた。

 まばらにあった人家もなくなり、木々の間を山中特有のカーブばかり描いて、道は伸びている。

 まだ春の初めなので、葉を落としたままの朽葉色の木々が多いが、まばらに常緑樹の深緑が目に映る。

 山を優しく包むようで、風花の心を和ませた。

「え、霊力?」

「前、教えろっていってたじゃねーか。教えてやるよ。だから、がんばってみろ」

「う、 うん……」

 風花は口ごもる。

「ありがとう。でも、なんで急に」
「夏澄のためになるからだよ」

 いった飛雨は、遠く空のほうを見つめていた。

 車内でバス停の名を告げるアナウンスがあった。飛雨がブザーを押す。

 やがて、バスはゆっくり停車した。

 山の中腹の、鬱蒼とした木々が続く場所だ。狭い車道で、他に走行している車はない。

 ほとんど人が来ないほどの、山奥に来たと分かった。

 バスの運賃は風花が払った。飛雨は精霊と暮らしているため、所持金がゼロなのだそうだ。

 バスから降りた飛雨は大きく体を伸ばした。

 風花も深呼吸する。水分を多く含んだ大気が体の隅々まで入ってきて、風花は笑顔になった。

「あれ」

 風花は向かいの木々に向き直る。
 幹に隠れるようにして、人影が見えたからだ。

 陽の光がななめに差し込む、幻想的な林の中。細身の少女が、そっと風花たちを見つめていた。




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