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水の空の物語 第5章 第25話

 風花の言葉で、優月は遠い昔に思いを馳せる。

 ……一年中、春の世界があれば、みんな、もっと幸せになれるよ。

 そんな草花の言葉が、きっかけだった。

 あのころの情景が、鮮やかに目の前に浮かんでくる。

 暖かった春の日。精霊として目覚めたばかりの、甘えん坊でかわいらしかった草花。

 桃色の春の風。

 草花と初めて逢ったころは、当然、春ヶ原はなかった。

 草花は優月の木の根元で咲く、水たまりくらいの大きさの桃色しろつめ草だった。

 あのころは、つらいことも悲しいことも、たくさんあった。だか、寄り添うことで得られる小さな幸せで、優月と草花は満たされていた。

 草花は、自分のしろつめ草に動物が近づいてくる度に、優月を呼んだ。

 一緒にうさぎや鳥と游んだ。

 あのころのように、草花が優月を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 優月は振りかえる。

 そこに草花の姿はない。

 だが、桃色の想い出は、瞳にしみるくらい美しかった。



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