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【小説】きっと、よくあるはなし【1/3】

あらすじ

 晶(アキ)は高校入学直前に失恋したが、優しい双子の弟、慶(ケイ)に救われ気持ちを切り替えて新しい生活をスタートさせる。
新しい友だちもでき、新しい恋にドキドキする毎日。そんなありふれたよくある日常の中で、姉弟の絆も少しずつ形を変えていく。
好きな人と、大切な弟。
 カタチの違う特別な存在が、晶の日常を彩る。



第一話


  高校受験も終わり、第一希望だった北乃高校に合格。
憧れの制服も届き、水戸晶は15年の人生の中で最も幸せで楽しい毎日を送っていた。
が、入学式を控えた1週間前に突然彼氏に振られた。


 時生とは、中3の夏から付き合い始め、受験勉強も励まし合いながら乗り越えて、やっとそれも終わり、高校は別になってしまうけど「他校恋愛頑張ろうね」なんて無邪気に話していたのはつい2週間前。
それが入学する前にもうこの有様・・・。

「頑張ろう」なんて言ったけれど、正直、他校恋愛は不安だった。
それでも、電話したりLINEでお互いにそれぞれのことを近況報告したり、「会えない時間が愛を育てる」とかいう昭和だか平成だかの名言(?)を信じるしかないと思っていた。

 けれど、時生は入学を前に関係をはっきりさせたかったようで、「別れよっか。束縛とか、気を遣ったりとか、変に疲れたくないし、お互い新しい環境で頑張ろう」とあっさり言われてしまった。

 頭で否定しながらも、予感はちょっと前からしていた。
実際に言われて悲しかったし、入学して様子見て努力してみてからでも良かったんじゃ、とか思った。
 でも、どれも言葉にすることはできなくて自分でも意外なほど「そうだね。わかった」と即答してしまった。

その日、晶は思いの丈を弟の慶に全部聞いてもらった。

「慶ぃぃぃ〜。むかつくぅー。時生もむかつくけど、自分もやだぁぁー。もの分かりのいいふりしてしまったー。何も言えんかったぁぁぁ」

ベッドにうずくまる晶の肩を慶は優しく抱いてくれていて、時々ポンポンと慰めてくれる。

「晶は優しいね。時生の気持ち尊重したんんだよね。偉かったね」

 優しいのは慶の方だ、と晶は鼻を啜りながら思った。
どんな時もいつも晶を肯定して認めてくれる。
最高の弟で、相棒。
 悲しい時や辛い時は必ずそばにいてくれてこんな風に癒してくれる。
慶が元気でそばにいてくれるなら、何もかもどうでもいい。
自分が辛くても、慶が穏やかに幸せでいてくれるならと思えてくる。
だからこうして慶に何でも聞いてもらう。
慶が悲しむとわかっていて、聞いてもらう自分はもしかするとずるいのかもしれないと、晶も毎回複雑な気持ちになる。

「晶、元気だそう。これからたくさんいろんな人と出会うよ。もうすぐ高校生だし、せっかく第一希望の高校に僕たち一緒に通えるんだから。ね」

正直、「新しい出会い」や「新しい環境」なんて今の状況では何の期待もできない気持ちだった。最悪のスタートだと。
でも、弟の優しさが痛いほど沁みてきて晶はコクっとうなづいてこれ以上元カレの話をするのをやめた。



 晶と慶は双子としてこの世に生を受け、15年間片時も離れず過ごしてきた。
姉と弟、女の子と男の子という壁は1ミリもなく、晶が中1の夏、初潮を迎えた時も何の抵抗もなく慶に報告したほどだった。

 小学校6年生まで一緒にお風呂も入っていたが、母に「中学生になったんだから、もう別にしなさい」と言われ、流石にピリオドとなった。
それでも一緒に恋バナや、ゲームをしながら、あるいは試験勉強をしながら一緒に寝ることは現在も珍しくない。

 それらは、慶の雰囲気や性格あってのことかもしれない。
慶は昔から穏やかで、柔らかい印象の子だった。
晶と並ぶと姉妹かと間違われた。
男らしい体躯とは言えないが、それでも最近は晶との身長差も開き、晶はちょっぴり淋しく感じている。

「慶が同じ高校で良かった…」

慶はまた肩をポンポンとしてくれた。



 「帰り、昇降口で待っててね。」

 新年度、3組と7組でクラスが分かれた双子の姉弟は教室のある棟までも別になってしまった。
 昨日の入学式で、弟の慶はクラスメイトと話すことができず落ち込んでいた。
2日目の今朝、何度慶のため息を聞いたことか。
 しかし晶はラッキーなことに前の席の三佐倉という男子生徒が話しかけてくれたのをきっかけに隣の席の生徒たちと早速会話することができた。

「も〜、大丈夫だって、慶。今日は自分から誰かに話しかけなね」

「・・・うん、頑張る」

 慶は苦笑いして心細そうに渡り廊下を1人進んで行った。
後で様子見に行くか、と晶は3組の教室へ向かう。

教室には既に三佐倉がいた。

「おはよ〜」

「はよ。ねえ、これ見て」

 三佐倉は晶の席に振り向きスマホの画面を見せてきた。
画面にはインスタに数人の男子の変顔が。しかも不釣り合いなエフェクトをかけられていて思わず吹き出す。
『北高サイコーかよ』のテキスト入り。

「はは、やばー。誰これ」

「こっちが2組の林と黒川で、これ小島。これは俺」

「三佐倉以外わかんない」

「小島はほら、あれ」

三佐倉はちょうど教室に入ってきた小島に向かって指を指す。

「おいって、三佐倉ぁ。ストーリーあげすぎ。あ、ってか、おまえ見せんなよ女子に」

そういえば思い出した。小島は確か昨日の自己紹介で1時間自転車こいで来ていると言っていた人物で、三佐倉とは中学も別だったはず。

「2人もうインスタ繋がってんの?はやぁ」

1日でそこまで親しくなっているのかと、晶は少しだけ焦って、慶の気持ちが一瞬わかった。

「あ。確か水戸さんおすすめに出てきた」

「え、なぜ!」

「わからんけど。フォロリクしていい?」

何繋がりかわからないが便利な機能に感謝しつつ晶は小島の申し出を承諾する。

「俺は昨日リクしたけど。無視されとる」

「え!ごめん、気づいてない。ごめん、ごめん」

スマホを急ぎ確認すると、5人からのフォローリクエストの通知がある。

 昨夜は慶と入学式の反省会をしていた。
あまりに慶が落ち込んでいたので、今日からの作戦会議をしていてスマホを放置したまま寝落ちしたのだった。

「水戸さん、三佐倉の更新うざいから気をつけて」

「そうなの?」

「30分おきくらいに上がっとる」

何をそんなに上げるネタがあるのかと感心しながら晶はリクエストを承認していく。
おそらく、これによって慶のアカウントにも三佐倉や小島がおすすめとして浮上してくるだろう。
彼らに慶と仲良くなってほしいなと一瞬お節介ともとれる感情が湧いた。
慶が自分で切り拓いていかないといけないことなのに、どうしても見守るだけでは落ち着かない姉心がざわつく。
クラスが別で姿が見えないから余計に心配だ。



 晶はこの後もクラスの数人とインスタで繋がるなど連絡手段を得たり、お弁当を一緒に食べる友人もできた。
隣の席の里香とは特に波長が合うようで、売店にも一緒に行き、おすすめのジュースを教えてもらった。

「里香ちゃん、わたしね、7組に双子の弟がいるんだけどね」

「ふたご!そうなの!?」

「ちょっとだけ様子見に行きたいんだけど、ついてきてくれないかな?」

「え、行く行く!見たい、晶ちゃんの弟!」

 いつもちょっとテンションが高めの彼女はやはりノリも良い。
何か用事かと尋ねられたが、晶はあくまで慶の様子を見るだけでいいと答えた。あまり世話を焼きすぎては、慶の自尊心を傷つけるかもしれない。

渡廊下を通り、すぐ手前にある7組の教室は昼休みということもあり、ガヤガヤと騒がしかった。
しかし、見慣れた双子の弟の姿はすぐに見つけることができた。

「どれ?弟くん」

「廊下側から2列目の1番後ろにいる。」

「うお!!なんか、綺麗な子だね。さすが晶ちゃんの双子弟!けど、そんな似てない気もするな」

そう。2人はあまり似ていないと言われる。
どちらも幼く見られがちだけど、慶のほうは穏やかで綺麗だとよく称される。
慶を褒められると晶は自分のことのよう嬉しく誇らしかった。

「楽しそうじゃん。弟くん。」

慶は隣の席に座る男子と、その前に立つ男子ととても自然に話している。
緊張しているのも僅かに伺えるが、それはきっと晶にしかわからない程度だ。
良かった。
晶はふっと気持ちが軽くなった。

「ありがと、里香ちゃん。戻ろ」

「え、はや。」

晶の表情が嬉しそうでそれがとてもふんわりと可愛らしかったので、里香はこの水戸姉弟のことを「推そう」と決めた。



 夕方、ホームルームが終わり廊下に出ると昇降口付近が既に騒がしかった。
部活動の勧誘が昨日の入学式に引き続き盛り上がっており、運動部は選手とマネージャーを求め必死さが伝わってくる。

 晶は運動部に入るつもりはなかったが、マネージャーならと考えなくもなかった。
しかし、体育の授業以外で運動をしたことがなく、どのスポーツもルールがわからないという不安から消極的。
元カレ時生とは別れ、他校恋愛という課題はすでに無くなったわけだし、放課後の時間は自分のために有意義に使うべきだと考えなくもない。

「陸上部です!みんな仲良いんで良かったら。」

「いやいや、サッカー部イケメン揃いですよ!マネージャー募集中なんで是非!」

「吹部です!見学だけでも待ってま〜す」

 次々に声をかけてくれる先輩たちに愛想笑いとお礼をしながら手作りのチラシを受け取る。
なかなか昇降口を先に進むことができず、慶が既に待っているのではないかと気になる。
どうやら晶の方が早かったらしく、靴に履き替えて待つことにした。
その間も部活動の勧誘が押し寄せてくる。

 特にテニス部からは男女で熱いアプローチを受けた。
男子テニス部こと男テニからは「マネージャーに!」。
女子テニス部こと女テニからは「選手」でも「マネージャー」でもとなかなかの熱意だ。

「男テニはもうマネージャー充実してるでしょー」

「それ言ったら女テニも十分大所帯だろ」

「うっさい!どけ!」

「痛っ!ほらね。女テニは怖いですよ。野蛮。」

「ちょっと、心外なんですけど!」

もしかすると、テニス部は男女であまり仲がよろしくないのかもしれない。と、晶は先輩たちを前に1人冷静に観察する。
無関係な晶的には「大変そうだけど、コントみたいで面白い」というのが正直な感想だった。

「怖くないですよ〜女テニはみんな仲も良くて優しいから。未経験でも全然いいので、是非是非!ね!」

必死さがあり、ちょっと強引なのは女テニの方。
何となく男テニの方は年に一度のこの勧誘期間を楽しんでいるだけのようにも感じた。

 晶はまたお礼を言いながら、いい色に日焼けした健康的な細い腕の先輩から女テニのチラシを受け取った。
可愛いウサギとテニスラケットのイラストが施されたチラシは達筆に書かれた字が印象的な女性らしいものだった。

「はい。こっちもどうぞ」

低い声から差し出されたチラシは、不器用なバランスの文字が並んでいる。
女子とのクオリティの差が微笑ましくて、晶はこっそり笑いながら差し出してくれたその人を見た。

「是非、前向きにご検討を」

時が止まるとはこのことかもしれない。

 あまりに眩しいその人は、必要以上に固い言葉を使っておきながら、優しいうたのお兄さんのような笑顔とのギャップが酷く「反則です」と思った。

「はい」と、まの抜けた返事をした晶は、早くも自分が次の恋に落ちたと実感した。

あれはずるい。一体誰?何年生?

 去っていく先輩たち集団を見送りながら、目は『チラシをくれた男テニの先輩』だけを追っていた。
顔はもう見えないが、すっきりと整えられた襟足、すらりとした首、まだ成長途中にある肩や背中が晶には酷くハンサムに見えて心臓がどうしようもなく落ち着かない。
その姿が校舎の角に消える瞬間、最後に少しだけ横顔未満の角度は笑顔だったような気がする。

もらったチラシに再度目を落とす。
得た情報は「テニス部」ということだけ。



「晶。待たせてごめん」

待ち合わせにやっと来た弟に、何から伝えたらいいかわからなかったが、晶は率直に言葉を放った。

「慶!今、すっごいかっこいい先輩いた」

「・・・・え」

慶がポカンとしている。
わかっている。
まだ失恋して1週間。傷がまだ癒えていないのではないかと、心配してくれていた心優しい双子の弟ならその反応になるだろう。

「詳しく聞くよ。とりあえず自転車取り行こう」



 双子は通学路途中のファストフード店マックに入った。
窓辺のカウンター席に並んでそれぞれドリンクを注文し、フレンチポテトはMサイズをシェア。
これがいつものスタイルで、今日も迷うことなく流れるようにテーブルにセッティングが完了した。

「それで、名前も学年もわからないのに?顔だけで?」

「そうだけど、そうなんだけど!1人別格だったんだもん!オーラが違った!後ろ姿だけで既にかっこいいの!」

「へえ・・・」

「けど彼女絶対いるよね〜あれは〜。いないにしてもライバル多そう・・・」

「ん〜、・・・」

「そんな、難問解くような顔やめてよ。あ〜、慶にも見てほしい〜」

 弟は黙ってストローを咥える。
難問なのは、姉がこんなに惚れっぽかっただろうかという点だ。

顔がいいだけなら中学の時も同じクラスに誰もが認める学年1のイケメンがいて、晶も「ああ、あれは確かにイケメンだね」なんて認めていたけど、こんな興奮して称賛することはなかった。
 この前まで付き合っていた時生は派手でもなく、ごく普通の真面目な男子で晶は彼のことをとても好きだった。
最初はあまり熱を感じなかったが、だんだん好きになり、彼への恋心をたくさん聴いてきた慶は今回まさかの一目惚れだと聞いて驚いてしまう。
どれほどイケメンなんだ。

「男子テニス部、マネージャーも募集してるんだって。」

慶は「へえ」と受け取ったチラシを見ながら「するの?」と軽く尋ねた。

「んー。ルール分かんないしなぁ・・・」

「それは勉強しないとねぇ。あ。ここ読んだ?晶」

慶が指差す文面を確認する。

『男子テニス部に恋人がいる人はご注意を!部内恋愛禁止!』

とても上手とは言えない文字でやや読みづらさがあるが確かにそう書いてある。
要するに、私情や不純な動機での入部はお断りということだ。

「この場合、晶はどうなの?片思いなら入部できるかもしれないけど、告白もできないよね?」

「気が早いって!こ、告白とかできないし!恐れ多いよ〜。そうだ、慶がテニス部入んなよ!」

「そんな無茶な。運動苦手なの知ってるでしょ」

「だから、マネージャーだよ」

「ええ〜」

 明日からの部活動体験強化期間、いつどの部を体験するか皆が騒いでいた中、晶は運動部の体験は考えていなかった。
何かやりたいとは思うが、書道部か、花道部。もしくは写真部だろうかとぼんやり程度だった。

 窓の外を見ると、少し薄暗くなってきた。
日が長くなってきたなと、よく大人が言うような感想が湧いた。
中学生の集団が下校している。
自分たちもつい先月まであんな感じだったのに、今は学校帰りに寄り道して、高校生っぽいことしてる。
なんだか時間の感覚が妙になる。

「わぁ。あの子中学生なのに背高〜」

「ほんとだ。羨ましい」

「あの先輩も超背が高くてスタイル良かったんだよね〜」

「ふうん」

慶が口を尖らせたことに気づき、晶は慶の肩をポンポンと叩いて慰めた。
慶はやっと170cmを僅かに超えたくらいで、本人は決して満足はしていなかった。

「で。今日はどうだった?誰かと話せた?」

 晶が昼休みに様子を見に来たことを弟は知らないので、今日の様子をあえて訊いてみた。

「うん。けっこう話せる人できたよ」

弟のその顔はちょっと照れくさそうで、嬉しそうで、ここが家なら抱きしめたいほどに可愛いい。

「誰?なんて子?男子?女子?」

質問責めする姉。
弟は今日会話したクラスメイトの名前を順番に言うが、晶が知る名前は1人もなく「うんうん」と聞くだけしかできず、近いうちに彼らの名前と顔を覚えようと決めた。

「そうだ、インスタのアカウント教えてもらって・・・」

スマホを取り出すと慶はその画面を見せる。
晶も自分のを確認する。

「あ。私の方におすすめなってる。これかぁ。あ、ちなみにうちのクラスの人は・・・」

互いの新しいフォロワーを紹介していく。
そのうちその人たちからフォローリクエストが来るかもしれないが、こっちからは一先ず様子見。

 それぞれの新しい友人が確実に増えていく。
晶が知らない慶の友達。またはその逆。
どこか寂しいような気もするが、ワクワクする気もする。
共有することに何の抵抗もないが、こんなふうにSNSにおすすめされる人物が、弟とどんな関わりなのか少しだけ心配が混じったような不思議な感情が生まれてしまう。


 3日間の部活動体験強化期間が終了して数日後、三佐倉が「テニス部に入った」と話してきた。

「え。選手?マネージャー?」

「マネージャーなわけある?」

あるかもでしょ、と反論したかったがやめといた。慶に頼んでみたし晶としてはその可能性も否定できないのだが。

「俺、こう見えて中学ん時、区の選抜メンバーだったし」

「え。すご!よく分かんないけど」

「いや、区止まりだけど」

晶はますますよくわからなかったが、三佐倉はテニス経験者ということらしい。

「マネージャーの募集してるから晶来ん?」

 割と早い時期から名前呼びされるようになったので、三佐倉から「晶」と呼ばれることに違和感はもうなく、そのおかげてクラスのほとんどが親しく名前で呼んでくれるようになった。

「いや。やめとく」

「あそ。里香は?」

「あたしダンス部入った。」

「あそ。誰もあかんのか」

拗ねた三佐倉を気にすることもなく、里香は頬杖をついて晶に尋ねる。

「晶は結局どうするの?書道部と写真部体験行ったんだっけ?」

「んー。決めてない。結局帰宅部かも」

「弟くんは?部活するって?」

「弟?」と三佐倉が反応する。
里香が「晶には美人の双子の弟がいる」と、まるで秘密を明かすように話すと三佐倉が想像以上に興味を示してきた。

「は?何それ、双子?まじ?うちの学校?何組だよ?」

「三佐倉食いつきすぎなんだが。きも」

「いや、『双子』とか気になるだろ。俺の周りにいたことないもん」

「はいはい!俺も気になる〜」

小島が割り込んできた。
いつもいつの間にか話題に参加していたり、どこからか突然現れるのがこの男だ。

「俺は、晶推してるからね!」

「うわ、いきなりかよ!」

すぐさま三佐倉のツッコミが入る。
誰もが軽く身近で「押し」を作ることにもう違和感がなくなってきたが、こうも面と向かってストレートに「押してる」と告白されると流石に面食らう。
晶もこんなことは初めてでちょっとリアクションに困るが、「ど、どうも」と愛想笑いしてみた。

これまで弟の慶を推している友人が中学の頃何人かいた。
慶に話すと同じような反応だったのを思い出した。

「見たい。晶弟」

「名前なに?」

三佐倉と小島の質問に律儀に答える。
里香が心配して「個人情報取扱注意だから」などと牽制をする。

「こいつら、ぜったい今日中に弟くんに凸るよ」

晶は内心慶に謝りながら、でも三佐倉も小島もいい子たちなので、慶の友達になってくれるなら姉としては嬉しくもあった。

「小島は部活動決めた?三佐倉はテニス、あたしはダンス部なんだけど」

「俺、ガッツリ塾」

これは意外すぎる。小島がそんな勉学優先のキャラとは思えなかった。
それに、受験が終わったばかりなのにもう塾に通い次の受験を見据えているのかと少し焦ってしまった。
小島は高校受験の際、もともとの志望校から偏差値を落としてこの北乃高校を志望したという。


 三佐倉と小島は早速昼休みに7組へ行き、慶に自己紹介をしてきたと、2人から放課後報告を受けた。
すでにインスタのフォローリクエストもしたらしい。
突然驚かせてしまっただろうからこの後慶に一応謝っとこうと姉はすぐさま決めた。

「ねね、三佐倉。テニス部の先輩で高身長のイケメンって誰?」

「は?どゆこと?」

「すっごい別格にかっこいい先輩がいてね、でもテニス部ってことしかわかんない」

「長身イケメンの先輩・・・小野屋先輩か、多岐先輩か、あと名木原先輩、3年の川井先輩もイケメンだと思うけど。てか、先輩たちのクラスまで把握してない」

特徴が「とにかく桁違いのイケメン」と言うが、三佐倉は冷めた目線で「全くわからん。晶の感覚やろがい」と言い捨てさっさと部活に言ってしまった。
確かに、顔だけしか知らないし、他の特徴は表現しようがない。

あれからまだその先輩を見かけることがなく、もしかしたら幻だったのかもしれないとさえ考えてしまう。


 いつも通り昇降口で慶を待っていたがなかなか来ない。
すると、LINEで「ちょっと待たせそう。先に帰ってもいいよ」とメッセージが届いた。
どうしようかと迷ったが、慶を急かしたくもないので「了解」と返信した。

 自転車置き場はまだ自転車がぎっしりで、部活動等でまだ多くの生徒が残っていることがわかる。
自転車の鍵を取り出そうとしていると、もう既に聞き慣れた声がした。

「おーい、晶。」

「三佐倉?まだいたの?部活は?」

さっき別れたばかりのテニス部員が体育服姿にリュックとラケットを抱えて自転車を出そうとしている。

「今日は市営公園のコートでやるからそこまでチャリ移動」

「へえ。それは大変だね」

「学校のコートは女テニが使うことが多いんだって。」

「なんで?」

先日の男テニ女テニの光景が一瞬蘇る。

「多分、帰り遅くなるから、女子に配慮してなんじゃない?」

なるほど。
あんなふうに小競り合いをしながらも、男子の優しさとか、理解している様子が伺えてこの学校には「いいひとたちが多い」と我が校への好感度が上がった。

 三佐倉は「じゃ、そっちも気をつけて帰れよ」と爽やかに去っていく。
晶はその背中に「頑張れテニス部〜」と返すと、慣れたように三佐倉は片手を軽く振った。

 さて自分も、と自転車のロックを解除し、出庫させようとした瞬間、視線の先に見覚えのある後ろ姿があった。
晶の目に映るそれは後ろ姿だけでも輝かしく、間違いなくあの先輩だと確信できるものだった。

 こんなとこで突然すぎるけど、嬉しい!やっと再会!

先ほどの三佐倉のようにリュックとラケットを背負っているが体育服ではなく、あの日と同じ部活のTシャツ姿。

 鍵がすぐに見つからないのか、リュックを漁っている。
晶はゆっくり近づき、通りすぎる時はチラッとだけでも顔が見たいと思った。
ごく自然に振る舞おうとしたが、先輩の自転車に貼られた学校指定のステッカーが目に止まり、意図せず足を止めそれを凝視してしまった。

自転車通学を許可することを示したそのステッカーには校章が描かれ、併せて4桁の数字が並んでいる。

2429! 
と、いうことは2年4組!?

そこまでで思考停止していると、流石に相手も不審な女子に気づいたらしく、晶の視線の先と晶自身を交互に見る。

「あの・・・」

「はっ、すみません!ちょっと考えごとしていて。」

晶は先輩の横顔を見るどころか、「失礼しました」と顔を伏せ脱兎のごとく自転車を押してその場から逃げ出した。

失敗した。

先輩に変な印象を与えてしまった。
あれは完全に不審者だったと思う。「お願いただから今のことは忘れてください」と叫ぶように祈る。
いつ誰にチラシを配ったとか、もう今となっては先輩もいちいち覚えてはいないだろうから、むしろ今日のこれの方が記憶に残りやすい。

「だけど、ああ・・・でも」

でも、2429、2年4組の、しかも出席番号29番と先輩の新情報ゲットできた。
晶の興奮はあの時先輩と出会った時以上のものだった。


 独り下校する時間、この興奮が冷めることはなかった。
帰宅し、インスタのDMを開くとその中から男テニのクラスメイトを探し出す。

『テニス部の先輩、わかった!2-4だよ!!!!』

インスタを鬼更新していた三佐倉も部活が始まってからは流石にそうもいかなくなったのか、更新頻度は急激に減っていた。

返信は遅いかもしれないし、なんなら今日はないかもしれない。
いずれにせよ、明日からもっと情報収集すると晶は気合を入れた。

 この日慶の帰宅は思ったより遅かった。少し疲れているような気もしたが、昼休みに三佐倉と小島が来たことについての話をすると「2人とも面白くて楽しかったよ」と笑っていた。
また、晶の先輩についての話にはニコニコと「すごいね晶、逞しい!もう時生のこと1ミリもないじゃん」と失恋からの立ち直りが嬉しれそうだった。

そう!もう過去のことはどうでもいい。
というか、あの時だって楽しかったし、元彼に何か恨みがあるわけでもない。
幸い、高校入学してずっとワクワクすることばかり。過去をいちいち気にしてる場合じゃない。

結局、三佐倉からの返信は「了解」の一言が22時過ぎに届いた。


 「うわ!まさか朝練?」

 登校してきた里香が机に突っ伏している三佐倉を見て引き攣っている。
朝のHR前から体育服のままぐったりしている姿を見れば大体想像はつく。

「総体前の特訓?にしてはまだ早くねえか?」

小島がツンツンと肩を突いてみるが三佐倉はびくともしない。
着替える体力も残らないくらい朝から相当扱かれたらしい。

「あれ?晶はまだ?」

「小島、いくら好きバレしてるからって、おいおい」

「なんだその呆れた目は。しかも俺は推してるだけで、好きとか言ってないだろ」

「あ。晶」

聞こえたよ。間の悪いところに来てしまった。
確かに「好きだ」と言われたわけではないから気にすることもないのだが、微妙な空気はわかる。

「お、おはよ」

「小島謝んな」

「え、いや、な・・・んで。この場合謝る方が変じゃね?」

「そうだよ里香。謝られると複雑だから小島謝んないで。てか、どうしたの三佐倉。具合悪いの?」

朝練後と聞き、とりあえずそっとしておくことにした。
そして振り向き、そこに居ると思った人物がいないのでキョロキョロ見回す。
慶に渡すものがあり、教室までついていてもらったが、どうやら廊下で待っているらしい。
中まで入ってくるように言ったのだが、慣れない教室はやはり躊躇したようだ。
すかさず里香が大きく手を振って呼ぶ。

「弟くん!おいでおいで」

 晶も慶に手招きをする。
慶が小さく会釈して入室してくると他の生徒も一斉に慶の方へ視線を集中させた。
クラスも校舎も別で見慣れない生徒に興味を示さずにはいられない。
誰の弟なのだと疑問が湧く。1年生の弟ってどうゆうことだ?訳ありか、双子かなど晶と慶の関係を知らない者たちの想像力が働きだす。

「はい。返すの昼休みで大丈夫だから。」

 慶は借りる資料集を受け取り「ありがとう」と言葉にしたが、突っ伏したままの三佐倉が気になるらしく、声を潜ませる。
皆「気にしなくていい」と言い、小島も三佐倉を無視して7組の友人について慶に尋ねる。

「ねね、7組に深水っているでしょ?俺、そいつめっちゃ仲良いからよろしく」

「そうなんだ。名簿が前後だから体育の時とか何かしら並ぶ時よく話すよ。」

「ああ!慶のことだったのか。深水が『俺の後ろのやつめっちゃ可愛い男』って言ってたわ。そっか、晶の双子なら納得!」

「弟くん、こいつ晶推しで、ちょっとキモいかもだから。一応言っとく」

「おま、心外だぞ」

晶が「はいはい」とその辺で止めるように促すと慶が笑っていて、和やかな雰囲気のせいか、「推し」とか言われてもさっきのような変な空気ではないのが不思議だった。

 慶が自分の教室に去っていく頃、やっとムクっと三佐倉が起きた。
晶は三佐倉にあの先輩のことを聞きたかったが先生が来てHRが始まってしまい、それはできなかった。

先輩も朝練だったんだろうな。

 目の前の三佐倉の背に好きな人が思い浮かんだ。


 1限目が終わると移動教室へ歩きながら昨日の話を三佐倉に話した。

「お前が言ってるの、名木原先輩だと思う」

2年4組 名木原 仁。

それが先輩の名前だった。
やっと名前がわかり、晶はまた一つキラキラしたものを見つけたような気持ちになる。

「名木原先輩は確かに、まあ、イケメンだわ」

「でしょ?別格でしょ?そっかぁ、名木原仁先輩かぁ〜」

「あ。いた。名木原先輩。」

 三佐倉の急な発言に晶は危うくスキップしそうになっていた足を止め、急に体を硬直させてしまう。

「ほら。噂をすれば」と指を刺す三佐倉の腕を慌てて抑える。

「え!?こら!指!」

 教科書で顔を覆い、「どこどこ?」こっそり見るつもりだが廊下の先に数人で話している名木原仁の姿があり、こっちを見ている。
三佐倉に手を振るその爽やかな笑顔ときたらそれは恐ろしいほど爽やかでかっこいい。
 耐えられず晶は先輩に背中をむけ三佐倉を置いて教室へ向かった。

先輩、あの笑顔はダメです。もう殺意を疑います。


「やっぱ、名木原先輩だった?」

晶は無言で首をなん度も縦に振った。
間違いなくあのお方です。

「今度先輩の教室一緒行ってみる?何か用がある振りしてやるよ。てか、紹介してやろうか?」

「三佐倉、性格イケメンすぎです」

「性格かよ」

「でも無理。そんな勇気ない。恐れ多い」

「あそ」

 先輩のことがわかって嬉しいのに、苦しいほどのこの気持ちが日に日に強くなってしまうことに少しだけ危機感を覚えてしまう。
情報が入るたびにもっともっと欲しくなってしまう。
でも、知りたくない情報もそのうち入ってくるんじゃないかと怖い。

彼女いるのかな?

好きな人は?


(つづく)

第二話

最終話


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