見出し画像

【小説】きっと、よくあるはなし【3/3】

最終話



 家の近くまで送ると言う仁を、晶はなんとか断ろうとしたが先輩は頑なに応じなかった。

「今日は俺のせいで帰りが遅くなって暗くなったんだから」

 先輩のせいだなんて。晶も十分幸せな時間だったのに。


 そして今度はそれぞれ自転車を漕いで、あっという間に家まで到着。

「ありがとうございました。この後先輩どのくらいで帰り着きますか?」

「たぶん30分かからないくらい。」

「そんなに…」

ここから学校までより遠い。
やっぱり断れば良かったと晶は悔やんだ。せめてもう少し先輩の家に近い所までに留めるべきだった。

「晶さん送ったから後は安心してのんびり帰るよ。後は俺が浮かれすぎに注意してれば大丈夫。」

「先輩、十分気を引き締めて。」

「はい。」

 互いに片手でグーを作る。
妙なやり取りに2人して笑ってしまう。
 仁の手がゆっくり伸びて晶の頭に優しくふわっと添えられた。
ポンっと乗せられるかと思ったが、もっと想像以上に繊細で、優しい触れ方だった。
慈しむようなその手と微笑みに晶はグッと苦しくなる。
別れが惜しい。

「気をつけて」

「うん。また明日。」

 仁が自転車を押し踵を返すと、その向こうから近づいてくる影がある。
徐々に影は近づいて男性2人分の姿があらわになった。

「慶?」

「臣?」

 晶と仁が影に呼びかけたのはほとんど同時だった。

 慶も晶が例の先輩と自宅前にいる状況に酷く驚いているようだが説明しようにも混乱の方が強く何から話せば良いか晶には判断できなくなってる。
 よく見ると、慶と一緒にいたのは何となく既視感のある人物だった。
身長は慶よりも随分高いが、服装から中学生だと分かる。
それに気づいた瞬間にいつかの窓越しの慶の「友達」を思いだし、その人物が無愛想に会釈した瞬間確信した。

『東第一中 松川』

「臣、何でここにいるんだよ」

「仁くんだって」

 晶と慶はそれぞれ交互に仁と臣と呼ばれた中学生を見ては「?」を飛ばす。
さらには双子がお互いに目で言葉を交わす。

どういう状況?

双子と相反して、他の2人はいたって冷静。
仁は自転車を停めると一歩踏み出し、慶の目の前に立つ。

「あの。名木原仁です。晶さんとお付き合いしてます。」

「えっ!?つき、」

 慶はここ最近で一番大きな声を出して驚いた。
しかし、仁の後ろでコクコクと肯定している姉を確認するとすぐに自らも挨拶をする。

「弟の慶です。よ、よろしくお願いします・・・・。よかったね、晶。急すぎて驚いたけど、めちゃくちゃ」

「というわけなんだけど、臣、お前は?」

 仁は慶の後ろに佇む少年へ視線を向けると正体を明かせとばかりに促す。
 中学生、臣について何も情報がないのは晶だけで、今度は1人で状況を分析しようと試みるが全く訳がわからないので先輩に直接質問を投げた。

「あのぉ、名木原先輩知り合いですか?」

「うん。幼馴染でね。松川臣。中3か、今。」

臣がコクっと肯定した。
無表情に。

「相変わらずコミュ障だな、臣。俺の彼女にちゃんと挨拶しろ。」

 仁が晶の背に手を当てて前方に導くと、臣は一瞬仁をきつく睨んだ。
しかし、すぐに晶に対し正面から深く礼をすると、フルネームで名乗った。
晶も真似るように深々と礼を交えて名乗った。そして「慶の双子の姉」と付け加えた。
 本当は慶との関係についてもう少し聞きたかったが、それは後ほど慶本人に確認することにして、「いつまでも家の前で話込んでいると迷惑になる」と仁が上級生として全員へ解散を促した。
 臣が一瞬僅かに微笑んで慶へ会釈をしたのが見えた。
その横で仁は晶に対しまた破壊的な殺人スマイルを投げて去っていく。
晶も何とか手を振ったが、本当は心の中で「かっこいいーっ」と叫んでいた。
 仁と臣が並んで帰っていくのを双子は彼らが見えなくなるまで見送った。


 帰宅が遅くなったことで母親から小言を言われたが、姉弟一緒だったのでそこまで厳しくは言われなかった。
親としては双子一緒に行動していることで安心感があるらしい。

「晶、良かったね!すごいじゃん、名木原先輩とまさかこんなに早く。急に先輩が挨拶するもんだからこっちまで緊張した〜」

「自分でもびっくりだよ!急にいろんなことが起きちゃって、もう、今日は何なんって嬉しい悲鳴です」

 晶は放課後日直の仕事の話から順番に今日の出来事を慶に報告した。
短時間での2人の関係前進に対し、慶ももちろん驚いたり、喜んだり、終始楽しそうに姉の話を聞いた。
 けれど、晶としては臣のことも気になって仕方がない。

「臣くんって子、前にマックいた時見かけたよね?あの子だよね?友達って言ってた。」

「ああ、そう。うん、そうだったね。」

「けっこう前から知り合い?」

「入学してすぐくらい。書店とか図書館で何度か一緒になって、話すようになって」

 市立図書館をよく利用している慶には、晶の知らないそこでの慶の世界があるんだと気づく。
共有していなかったら世界もあるのだと。
 もともとおとなしい慶が、一度にたくさんのことを話してくれることは少ない。どちらかといえばいつも聞く側にいて、晶にも、他の人にも寄り添う。
今も、晶が質問してそれに答えながら徐々に教えてくれる。

「先輩と幼馴染って言ってたし、世間って狭いなぁ」

「ほんと。それは僕もびっくり。まさかだった。」

「臣くんっていつも送ってくれるん?」

「今日がはじめて・・・臣くんいつも歩きだから。」

 それなら何故今日は?と、質問したかった。
慶は床で膝を抱え、ベッドに腰掛ける晶をチラッと上目遣いをした。
何か言いたいいのに、言いにくそうな弟のその様子を見て、晶は一つの疑問に支配される。
質問で誘導するように答えを聞くべきか、はっきりと率直に訊くか。

「友達って言ったけど・・・あの子、慶のことが好きなんじゃない?」

慶はすぐには答えなかった。
どのくらい沈黙していたかわからないが、晶は慶の答えを待った。

「・・・晶、何でわかるの?」

 最後、別れ際の臣の微笑みは、「友達」にするようなそれではなかった。
以前付き合っていた時生もあんなふうに不器用に笑っていたことを思い出す。
仁も、今日何度も優しくてうっとりしてしまうような笑顔で晶を見つめていた。今思い出しても照れくさい。
きっと、友達にはしない。
あんなふうに笑わない。

「少し前にね、言われた。好きって・・・」

「そうだったんだ」

 ゆっくり話し始める慶の言葉を丁寧に聴きたくて、晶はその顔を見つめる。
緊張していて、目が赤くて、泣きそう。

「今まで男子から冗談みたいに可愛いとか言われたことあっても、真剣に言われたの初めてだった。・・・でも、僕嫌じゃなかった・・・」

「うん」

臣の気持ちを慶は誠実に考えていたんだとわかる。

「嫌じゃないのに、付き合ってって言われた後自分でも不思議なくらい冷静になっちゃって・・・」

「冷静・・・って?」

「臣くんは男同士とか平気なんだな、とか。自分も嫌悪感とかないんだなとか。でも少数派になれるのかなとか。・・・怖くなった。今日、彼に会うの緊張したし、上手く話せるか不安だったけど・・・自分でも信じられないくらいに実際に会うと平気だった。」

「慶は今どうしたいって思ってる?最初怖いって思って、でも今は違うの?」

「今も、怖い。・・・彼を傷つけるのも、自分が傷つくのも怖い。今まで通りでいいのにって思うくせに、なんかそれも嘘な気がしてる。自分の本当の気持ちがわからない。・・・誰のために、どうしたらいいのかわかんない」

慶らしい。
いつも静かに深い部分を考えているのに、それを言葉にするのは苦手。
気持ちを表現することに慣れていない。

「慶も、彼のことが好きってこと?」

「・・・そうなんだと思う・・・でも返事を先延ばしにしてて」

「私は、先輩と今こんなふうになれてすっごく幸せ。もうほんと、世界で一番幸せな自身ある。」

「じゃあ、なんで晶そんなに悲しそうなの?」

慶が悲しそうだからだよ。
晶の目に溜まりつつあるものはこぼれ落ちそうなのに、慶は静かに笑う。

「僕も晶の恋が実って嬉しいよ。ほんとに良かったなって思う。」

「そんなふうに笑わなくていい。慶は、自分のこと考えてよ。だって、この状況って、ほんとなら慶も臣くんも私みたいな気持ちになるはずで、両思いってそういうものなのに、・・・」

晶は泣いた。
最高に幸せな日に。

「だって僕たちは・・・少数派だから・・・」

ずっと一緒だった双子のは、これまで互いの境遇がこんなにも乖離したことはなかった。




「聞いたぞ。名木原先輩とのこと」

「はやっ!」

 教室に入るとすぐに三佐倉がこっちを向いてニヤリとしたので嫌な予感がしたが、席につくなりこれだ。
慶のことが気がかりで気持ちの整理ができない状態だったので、今回の仁とのことを友達になんと報告しようか、しばらく黙っておこうかなどと考えていたが、三佐倉が自ら先にその件に触れてきた。
その場にいた里香や小島がざわつく。

「は?なになに!?」

「うわ、ちょまって嫌な予感する。」

「昨日名木原先輩からLINE来た。業務連絡かと思ったら、まさかすぎてマジビビったわ」

 里香の歓喜と小島の嘆きが混ざり合って教室に響く。
他の生徒から一瞬に注目を浴びるがお騒がせな2人はそんなこと気にしない。

「へへへ。そういうことです。」

「良かったね!晶ーーすごい~。おーい小島は生きてるかぁ」

 小島は机に突っ伏して動かなくなってしまった。里香がそれに両手を合わせて拝むと後はもう完全無視。
三佐倉が昨日受けた仁からのメッセージについて話し始めたので関心は一点集中する。

「先輩、けっこう惚気てたぞ。たぶん言ったら怒られるかもだけど、かなり舞い上がってたと思う。」

里香がそれを聞いて晶をバシバシと叩く。

痛いけど晶はまた「へへへ」と笑う。いったいどんな内容だったのか非常に気になる。
照れるだけで意外と晶が食いついてこないので三佐倉の方が意外な顔をした。

「なんだよ。晶ももっと浮かれてるかと思った。スキップとかして登場するくらい」

「確かに、意外と冷静そう。弟くんは?」

「え?」

急に慶のことが登場し里香の質問の意図が分からず、慶の何を訊かれたのかすぐに答えられない。

「喜んだでしょ?弟くんも」

「あ、うん。もちろん、すっごい喜んでた。」

そう。慶は晶と仁を確かに祝福してくれていた。
慶が抱えていることと切り離して。
慶らしく。


 今朝、慶は先に1人で学校へ向かった。
晶も無理に一緒に行こうとはしなかった。
母は「晶の準備がいつも遅いから慶が見かねたのよ」なんて言っていたが、それには反論はせず1人で準備をしていつもより少し遅めに出発した。
そうするべきだと思った。
慶の時間を奪うような気がしたのと、晶自身も冷静になる必要があると思った。
何か言えば、おせっかいかもしれない。
何も言わなければ、自分だけが幸せなようで、慶にどう接するべきか分からなくなっていた。
 三佐倉が前に言った言葉を思い出す。

『もし、晶か慶のどっちかに彼氏彼女ができたらどうすんの?』

 何も変わらないと思っていたし、きっとお互い祝福し合うだろう。
そんなふうに答えたように思う。
何か変わるなんてことが想像できなかった。
それは、互いのパートナーが誰であろうと。



 5限目の移動教室から戻って来ると、珍しい来客に三佐倉が先に気づいた。

「名木原先輩!どしたんすか?」

「晶さんいる?」

「もうすぐ来ると思いますけど。あれ?俺には用事ないんすか?部活のこととか。」

「お前への業務連絡ならLINEでするよ」

「そすか。あ、ほら、来ましたよ」

廊下の先から晶がこちらに気づき驚いたようだが赤面しながら駆け寄ってくる。

「晶を待ってたんだと。おい晶、聞いてっか?」

三佐倉の前を通り過ぎ、その声など全く耳に入らず仁に見惚れて「こんにちは」と挨拶をする。
それから仁に促されるまま集団から離れていった。

「今日、部活6時頃半までなんだけど、その時間って何してる?」

「えっと、その頃はもう自宅に着いてます」

「じゃあ、電話かけていい?」

「はい!待ってます」

「よし。ごめんね、呼び出して」

「先輩、わざわざそれを?LINEくれたらよかったのに」

「それだと三佐倉の業務連絡と一緒でしょ。・・・なんていうか、会いたかったから。ね。」

 ああ…先輩って結構マメなんですね。そんなところも素敵です。今日もすっごくかっこいいです。
心の中で次々に賞賛しながらその人を見送る。
 仁が階段の奥に消えてしまうと、「幸せすぎる」と心に言葉が浮かんだ。
こんなふうに慶にも同じ感覚を味わってほしい。


 慶は放課後図書館へ行くと連絡してきた。
いつものことなのに過剰に反応してしまう。
 晶が1人自室で課題を進めていると、約束通り6時半を過ぎた頃スマホが呼び出し音を鳴らした。
応答すると、にぎやかな周囲の音も聞こえてきた。

「先輩?」

『周りうるさいかもだけどごめん。今解散したとこ』

 練習が終わった開放感故か、みんなまだまだ練習できるんじゃないかというくらいに元気なようだ。
電話中なのに構うことなく部員が先輩に絡んでくる様子もあるが、仁は上手に交わして通話に集中してくれている。

『市営公園のテニスコートから帰るんだけど、このまま話してていい?』

「もちろんです。けど、先輩いいんですか?通話しながら危なくないですか?」

『イヤホンしてるし、話してる間は歩くから気にしなくていいよ』

 そう言って楽しそうに話す仁の声が耳元に響いて緊張してしまう。

『昨日さ、あの場にまさか臣が現れると思わなくて。しかも弟さん、慶くんと一緒だったから更に驚いたよ。』

「私もです。でも、先輩は冷静そうでしたよ」

『そお?内心焦ってましたよ。あの後ね、俺ら1時間歩いて帰った。あいつ、まさかの徒歩だったから』

「ええ!?大変でしたね。慶が臣くんはいつも徒歩って言ってました。てっきり2人で寄り道とかしてたのかなぁって思ってたのに。じゃあ、LINEくれたあの時間だったんですね、帰りついたの。」

『そう。慶くんに臣のこと聞いた?』

「少し。図書館で会うとか。・・・それから・・・」

 晶はずっと考えていたが、弟の慶と仁の幼馴染である臣のことなので昨日の慶との会話について伝えた。

『俺も、なんとなくそうかなって思ったよ。臣が昨日みたいに誰かを家まで送るなんて想像できなかったけど、余程慶くんのことが大切なんだと思うよ。』

 それなら晶としては本当に嬉しいことだ。相手が男でも女でも慶を大切にしてくれるならありがたい。

「慶は迷っています。臣くんとのこと。特別な出来事すぎて、自分で考えが整理できないみたいで、何を選択しいて良いのかわからないんだと思います」

『慶くんは臣のことを真剣に考えてくれているということか。有難いね。』

仁はどうやら2人を応援してくれている。晶も応援したい。

「先輩、私はどうしたらいいと思いますか?」

『ん?』

「慶に何て言ってあげればいいのか、何も言わずに見守るだけでいいのか・・・」

不安が溢れ出し、うまく最後まで言えなくなってしまった。
せっかく部活が終わって、気分よく帰宅している先輩に対して何てことをしているんだと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

『晶さん・・・』

仁の声が柔らかく響く。

『慶くんの今の気持ちがわかる?双子って言わなくても通じ合ったりするもの?』

 どうだろうか。今の慶の気持ち、わかるようでわからない。想像はできても、実際にそうとは限らない。

「前はそう思ってました。お互いなんでもお見通しっていうか。でも。・・・今は正直わからない。慶は怖いって言ってたけど、どうしたいとか、話したいのか、1人で考えたいって思っているのか…。」

『慶くんにも晶さんの本当の気持ちや願いは届いていないかもしれない。だったら、ちゃんと言ってあげたほうがいいと思うな。晶さんの思い。俺なら言ってほしい。』

柔らかな声は、すうっと晶の中へと落ちていった。


 8時前に慶が帰宅し、晶は「待ってたよ」と出迎える。
慶の柔らかな笑顔。今日もどこか悲しそう。
慶が夕飯を食べた後いつものように部屋に2人で籠る。

「晶、ごめんね。今朝1人で学校いったり、態度編だったよね。」

「ううん。いいよ。1人で考えたいことがあったんでしょ?」

「さすが。よくわかってるね・・・」

「違う!わかんないよ。慶が臣くんのことどう考えてるのかとか、怖いって思ってても本当はどう望んでいるのかとか、慶のこと全然わかんなくて、こんなこと初めてだから、私も怖くて・・・。私たちどうなっちゃうんだろうって」

「うん。ごめんね」

「謝らなくていいってば。ねえ、聞いて。私ね、慶と臣くんのこと応援したい。慶が幸せなほうがいい。」

徐々に感情が昂って、慶を強く抱きしめる。逃げて行かないように、この気持ちが伝わるように強く。

「いつだって味方だから!絶対に慶の応援する!誰にも傷つけさせない!そんな奴がいたら私がぶん殴ってやる!」

「ありがとう。晶の気持ち、嬉しいよ」

晶の背中をポンポンとして摩るその優しい手。そして穏やかに言葉を繋いでいく。

「あのね、・・・」

 慶は今日臣には会えなかったらしい。
図書館で会えたらちゃんと話そうと心構えをしていたけれど、『今日は用があって図書館には行けない』と連絡が入ったそう。
それでどこかホッとしてしまった自分をまた責めていたら帰りに部活後の三佐倉に会ったという。

「それで、自分でも不思議なんだけど、三佐倉くんに話した。臣くんとのこと。」

『俺だったら?そいつじゃなく、俺が告白したんだったら同じように悩む?』

 三佐倉の問いに慶は想像力を働かせてはみたが、本人を目の前にしても臣の時と同じ感情にはならなかった。
ドキドキしない。
気持ちは有難いし嫌じゃないけど・・・

『答えすぐ出るだろ。やっぱ双子だから、晶と似てる。わかりやすいな』

三佐倉を特別に意識することができない。
彼は友達だ。とてもいい人だと思う。
確かに。それでもすぐに答えは出てしまう。

 意外な質問で答えに導いてくれようとした三佐倉は学校で晶たちと一緒に会う時よりも落ち着いていて、優しい表情をしている。

違う・・・優しいというよりも
少し悲しそうだ。

「三佐倉が?・・・そんなこと言うんだ。」

「それからこう言ってた・・・」

『そんだけそいつのこと大事にしているんだから。その自分の気持ちをちゃんと許してやれば?』

「すごく嬉しかった。三佐倉くん途中まで送ってくれて、帰りに『晶とも話せよ』って。そしたら晶にも同じように背中を押してもらって、味方になるって言ってもらえて・・・・」

 弟は皆に愛される。昔から敵を作ったこともなく、穏やかで誰にでも等しく優しい。晶の自慢の弟。双子の相方。
そんな慶が自分自身にとって特別な存在を見つけた。

「明日、臣くんとあって今度は自分の気持ち言う」

「うん。頑張れ!慶が照れたり幸せそうにしてるとこ、私だって見たいもん。慶の惚気だっていっぱい聞きたい!」

「ふふ。なにそれ」

「でも、名木原先輩が一番かっこいいんだぞって言ってやる!」

再び弟を抱きしめた。
今度は優しく、柔らかく。
慶が幸せになって、晶も幸せになって、そうすれば仁や友達にも伝染して、そんなふうに幸せがどんどん波及していってほしい。
慶の特別な人も幸せになってくれますように。



 翌日、教室には三佐倉がもう席についていて「おはよ。」と変わりない挨拶をしてきた。
慶の相談に乗ってくれたことにお礼を言いたかったが、先に伝えることがある。

「三佐倉、慶が呼んでる。」

 三佐倉は立ち上がると慶の待つ入り口へと向かった。

 放課後に臣と会う約束をしていること、その時に自分の気持ちを伝えるつもりだということを朝一番に三佐倉に伝えたいと慶は決めていた。
 晶の場所から慶の顔は見えないけれど、三佐倉が笑ってうなづいている。
晶の知らない三佐倉の一面がきっともっとあるんだろう。

 話が済んだようで、慶を見送る三佐倉の表情が見慣れたものとは違った。
そして教室に戻る時にその表情を切り替えた瞬間が見えて、晶の中で一つの可能性が浮かんだ。
三佐倉にも「特別な人」がいる。

 推しとか、好きな人とか、特別な人を思う時、人はいつもと違う表情になる。
特別な人にだけ向ける顔がある。
皆がそれに気づかないだけで、きっと日常にはそんな瞬間があちこちにあるんだと思う。



「晶さん」

「お疲れ様です。」

「お待たせ。慶くんたちは?」

「2人は閉館時間までいるって。」

「なら俺たちはマック寄ろうか」

 今日は仁の部活が終わるまで慶そして臣と三人で図書館で勉強をしていたが、部活を終えた恋人から連絡をもらい晶は1人図書館の入り口前で仁を待っていた。

 慶と臣は、図書館での時間がお決まりのデートになっている。
そこに今回は姉が割り込む形になったが、両者に気を遣って緊張している慶が微笑ましかった。
臣は相変わらず無愛想だが姉がいても遠慮することなく慶との距離は近いし、椅子を引いてあげたり、高いところの本を気にしている恋人のためにすぐに手を伸ばすなど意外と紳士的な言動を見せる。
それに、慶を見る視線がすごく優しいことに晶はすぐに気づいた。


「はい。どうぞ」

 仁が晶の分のドリンクを運んでくれて、今日は窓側のカウンター席に並んで座る。

「ありがとうございます。」

「臣無愛想だから心配してたけど、ちょっと安心した」

「臣くんって、あえて見せつけてる感があるんですよねー」

「え。そんなことすんの?あいつ」

「ま、いんですけど。気のせいかもだし。照れてる慶可愛いから見るの癒されるし。」

「じゃあ、今度ダブルデートする?臣に俺らも見せつけよ」

「えー、ダブルデートは楽しそうだけど、見せつけるって、恥ずかし」

 晶の顔を覗き込んで「そお?」と伺う仁。
そんなふうに可愛い仕草は反則ですよと無自覚な先輩に文句を言ってやりたい。
目が合うとお互い微笑み。そしてドリンクを口にする。
 冷房がかなり効いているので部活着のままの仁に寒くないですかと尋ねると「大丈夫」と微笑んですぐに「晶さんは大丈夫?」と聞き返してくれる。

「部活、ハードなんですか?」

「まあね。でも楽しいよ。」

「勧誘期間の時も、みんな仲良さそうでしたよね。女テニも含めて。」

コントみたいな小競り合いをしていたけど、チームの仲の良さと、男女間でも信頼関係ができているからこその光景だったように思う。

「練習でも試合でもいいけど、今度観においで。」

「いいんですか?みんなの集中力に影響しないかな。あ、こっそり行った方がいいかな」

高校総体のリベンジに「こっそり」作戦がつい浮かんでしまったが、仁に「何でこっそり」と笑われてしまった。

「小野屋の彼女とかその友達もよく来てるし、気軽にいいよ。」

と、言われても1人で乗り込むのはまあまあな領域。ここはやはり慶についてきてもらうしかないと今夜の双子会議の議題を決めた。

「晶さんって表情くるくる変わるね。可愛い。」

 おっと、不意打ちの「可愛い」。
晶は「先輩かっこいい!」と思ってもなかなか実際に言うことができないが、仁は割とこまめに、しかもストレートに「可愛い」と言ってくれる。
晶は毎回照れるしかない。

「ああ、たぶん、臣もこんな感じだろうな。」

「え?」

「隣に可愛い恋人がいると、他の人なんて目に入らないんだよ。お姉さんがいても、幼馴染がいてもね。」

 仁の笑顔も穏やかな言葉とその柔らかい低音も、正直まだまだ慣れない。
緊張するし、やっぱり晶も「かっこいい」と言葉にしたいほどにときめいてしまう。
でも、慣れなくてもいい。ずっとこのままでいいと思っている。
この特別な感覚は失いたくないし、何度だって味わいたい。

「俺といる時ってまだ緊張する?」

「・・・はい。ちょっとだけ」

「緊張してるのも可愛いけどね。」

「またそんなこと・・・」

仁は自分の気持ちをストレートに表現する人なのだとわかり、三佐倉に言うと「そうかな?」と疑問を浮かべていた。
そう表現するのは仁が簡単に見せない部分なのかもしれない。

「ちょっと損した気になるから慶くんや三佐倉といる時みたいに俺の隣でもリラックスしてほしいな」

まだまだそんなことは無理です!と言いたいが仁は本気でそう望んでいるようなので「努力します」答えた。

「頑張ってね。でないと、俺・・・」

「な、なんですか?」

 何を告げられるのだろうとさらに緊張増し増しで構えていると、仁はテーブルに両肘をつき晶を見据え、ちょっとだけ距離を詰めた。

「妬いちゃいますよ」

が、顔面の偏差値えっぐっ!!!
これは誰にも見せたくない。

 きっと今夜も双子会議という名の恋バナが止まらないと晶は確信した。




第一話

第二話


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?