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【シロクマ文芸部】上海街クジラ団を救え!


 「街クジラ団を救うのはキミしかいないんだよ!」
 「上海うわうみ街クジラ団の未来はお前の手に掛かっているんだよ」
 「頼む、お願い!うちのチームに入ってくれないか?」

 ここはとある居酒屋の店内。俺は上海うわうみ街クジラ団なる草野球チームのメンバーから勧誘を受けている。ここの居酒屋は何を食べても美味しくて、この店に来るたびに注文するほど大好きな唐揚げを目の前にしているのに、食欲が無い。とりあえずジョッキの生ビールを煽ってみるものの、勧誘の手が収まる事はない。

 街クジラ団のメンバーの中村さんが俺の肩に手を回し、酔った勢いで力説する。
 「なあ、お前の甲子園での活躍は俺さあ、TVで見てて胸を熱くしてたんだよ。無名の進学校のピッチャーのお前が投げるスローカーブで強豪校のバッターを打ち取っていく姿が痛快でな」
 その言葉に柳田さんも大きく頷く。
 「あの甲子園でのキミはスゲーカッコ良かったんだよ。なんで野球辞めちゃったんだよ」

 俺は高3の夏に甲子園に出た事がある。野球では無名の公立の進学校の野球部に所属していたから、甲子園には縁は無いと思っていたが、あの年は県予選の時からなぜかあれよあれよと勝ち進み甲子園への切符を手にしたのだった。甲子園では主将が開幕試合なんて引き当てるものだから、俺達も含めた周囲も初日で帰るのかと思っていた。だけど、周囲の期待を裏切り初戦に勝つと、なぜか続く2試合とも勝ってしまった。おそらくそれは「1試合ごとに成長して強くなっていく」という類のものだったと思う。そうなっていくと、俺達はマスコミのネタになっていく。地方の公立の無名の進学校の快進撃はTV的には面白いものだろう。

 そんな中でも、俺達はどこか飄々としていた。なぜなら、チームの大半は受験生だからだ。同級生のやつらは今頃は受験勉強に励んでいたはずだった。俺達だって受験勉強をしない訳にはいかなくて、宿舎の中でも多少の勉強は欠かさなかった。このチームの中には、野球で進学しようなんて考える者は誰もいなかった。だから、多少マスコミが取り上げてくれてチヤホヤされたとしても、そんな事に浮かれている余裕なんて無かったのだ。

 甲子園の方は、延長戦に競り勝ったりしながら決勝に駒を進めた。相手は押しも押されぬ私立の野球学校だ。体格からして違う相手を見てこれは勝ち目は無いなと正直思った。だけど、ここまで来たらあっさり負ける訳にはいかない。チームで作戦を立てて頭脳プレーでやるだけやろうと誓い合った。

 試合は俺達の火事場のくそ力で一進一退の攻防を見せていた。観客の盛り上がりも凄いものがある。そのパワーは俺達に勇気を与えてくれた。2-2の同点の9回裏、俺は1アウトからランナーを出してしまった。さあ、どうするか。その時、キャッチャーの甲斐から出たサインはまさかのスローカーブだった。俺は甲斐を信じて頷いた。もし打たれたとしても後悔は無い。甲斐のミットを目掛けてスローカーブを投げ込んだ。
 カキーン
 金属バットから鳴り響く快音と浜風に乗ったボールは高く遠くに飛んで行った……。

 甲子園の後、俺達は一躍時の人となったが誰一人浮かれる事無く地道にフツーの高校生に戻り、受験勉強に励んだ。俺は無事に大学に進学した。当然野球部には誘われたけど、もう野球を続ける事はなかった。そう、あの時のあの一球で燃え尽きてしまったのだ。卒業後は、県庁の職員となり今はこの上海うわうみ市で仕事をしているフツーの公務員なのだ。

 「なあ、今宮。ほんと俺達の事助けると思って!お願いっ!!」
 「今宮ぁ、お前公務員じゃないか。県民が困っているんだよ。お前のスローカーブで街クジラ団を救ってくれよ」

 今度は情に訴える作戦に出たか。それを言われると、俺も何も言えなくなる。実際、上海うわうみ街クジラ団は世代交代と野球人口の減少でメンバーが足りないらしい。俺がジョッキを飲み干すと、柳田さんがお代わりを注文してくれた。ようやく大好物の唐揚げに手を伸ばす気になり、一つ口に放り込む。少し冷めてしまった唐揚げは、それでもやっぱり美味しい。唐揚げを飲み込むと、俺は腹を括り二人の目を見て言った。

 「分かりました。俺、上海うわうみ街クジラ団に入ります。しばらく野球から離れていたので戦力になれるかどうか分かりませんが、精一杯頑張ります。よろしくお願いします」

 そこへ新しい生ビールが三杯運ばれてきた。
 「今宮の入部を祝して乾杯!」
 カチンとジョッキのぶつかる音がして、俺達は思いきり生ビールを飲んだ。すると、お腹の底がかーっと熱くなってきて、あの頃の情熱が蘇ってきた気がした。今度こそ、あの時の忘れ物を取りに行けるようなそんな気がしてならなかった。

おしまい

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小牧幸助さんのシロクマ文芸部に参加します💛
今週のお題は「街クジラ」です。

街クジラっていったい・・・。
どこをどうしようと思いながらお風呂に入っていたら、ふと閃きました。
これを(笑)

ねるとん紅鯨団の前身の番組で、私はこれが好きでけっこう見ていたんですよね。クジラといえば、でこの上海紅鯨団が行くを思い出したんです。
シャンハイをうわうみに読み替えてパク・・・じゃないオマージュしたんです。

そしたら、野球の話にしようと閃きまして。
なんとなく、この本の事を思い出しました。

で、進学校の野球部の快進撃であったり、スローカーブはこちらのノンフィクションからお借りしました。そして、本とは関係ありませんが2007年の佐賀北の要素もちょこっと入れました。←開幕戦や競り勝った延長戦など

この本、とても面白いので再読しようと思いました!

登場人物の名前ですが、野球好きの方にはお分かりになったでしょうか。
ソフトバンクホークスの選手の名前をお借りしました💦

そういえば、noteの中にもソフトバンクホークスの公式さんがおられますよね。



今日も最後まで読んで下さってありがとうございます♪


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