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小2双子女子に「よだかの星」のかみしばいをみせてみた

見せてみようと思ったきっかけ

双子ということで、ふたり同時に読み聞かせをすることが多い我が家では、図書館で「かみしばい」をよく借りてくるのですが、対象年齢が幼児期に設定されているものが多く、小2になった現在は探すのに少し苦労しています。

偶然手にした「よだかの星」は、文字数も短すぎず長すぎず丁度よかったし宮沢賢治ならば解釈が難しくても、夫が大学の卒論にしていたそうなので何とかなるかなと思って借りてきてしまいました。

かみしばい「よだかの星」童心社


読み始めると・・


止まない「かわいそう」の声
半泣きになってしまった次女

↑↑↑が本文なのですが、ここでもそこでもあそこでも何処へ行っても、時には、そこにおいてもらえるならば死んでもかまわないとまで言っているのに見たためだけで仲間外れにされてしまうかわいそうなよだか。
悲しすぎて見ている娘たちも読んでいる私も、どんどん辛くなっていきました。
唯一の救いは、かみしばいの絵が優しいところで読みながら「絵がきれいだね」と言っては誤魔化し、言っては誤魔化し最後まで続けました。

死んでもいいからと太陽のところへ連れて行ってくれと太陽にお願いするよだか

太陽に登っていく絵は、とても感動するのに内容が辛い・・

断られても断られても諦めず色々なところに行き、あてなく空に行く

最終的に何処にも属せず力尽きて最期を迎えます。

青い星になり燃え続けるよだか 

読み終えると
「星になれて良かった・・・・んだね・・・・」
と長女が言葉に困って言いました。

こどもが言葉を失ってしまうのは、非常に困ってしまいますし私もどうしたらいいのか分かりませんでした。
死んでなお輝き続けることが果たして幸せなのかと考えるとそれはよたかでないと分かりません。
ただ娘たちが、このかみしばいを見つけると「よだか、かわいそう」とつぶやくの読んだことがで成長につながったようです。
もう少し大きくなって図書館へ行ったとき自分の手で「よだかの星」を手にとってくれたらいいな☆

大人の私の感想

とかく私たちは、死んだ者や人に価値を見出そうとします。
だからお墓を建てる。
もしかしたらそれは、死に価値を見出さないと将来必ずくる死というものが怖すぎるからかもしれません。
最近では、生きている間に価値を見出そうとすることも多くなりました。それはまだやってくる死が先だと思っているからかもしれない。
だから、この作品を読んだときに「死んでなお輝いていることがよだかにとってよかったのかな?」と思ったのかもしれないです。生きている間に居場所があれば救いがあったような気がしたのかも。

もう一度よだかの星 一枚目の絵

最後に


お墓・・・そういえば私は、あまり言われたくはないのですが一般的に「墓マイラー」と言われることをやっています。すごく真面目に、偉人の墓をお参りしてはコミュニティ投稿をし続けています。
亡くなってもなお輝き続け、お花やお供えなど沢山墓前に飾られて多くの人がお参りしてくれるようなお墓もあれば、とうぜん寂しいお墓もあります。私がやっている投稿って、もしかするとよだかの星を見上げている作者宮沢賢治と同じことなのかなとある時、感じました。
作品を通して名もなき星の想いを愛でてほしいという宮沢と私の投稿を読んで故人を想ってほしいと思う私の気持ちが重なって私の胸の奥に「よだかの星」という作品が落ちていったのです。
そして初めてこの作品のみせる優しさがとても理解できたのです。







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