綾瀬さんと真谷くん4「トラブル発生」

デートから1ヶ月、色々忙しかったりして、図書館とか近場でお金のかからないようなところでのデートが続いた。これはこれで身の丈に合っているからいいとは思うけど、もうちょっといいカッコしたい。
 そんなある日だった。昼休み、いつも通り二人でお昼を食べていると、ソワソワとしていた響ちゃんが、
「あのさ、優くん……」
そ、と耳元で囁いてきた。お互い名前呼びにはなんとかなれたけど、耳元で声がするのは話が違う。ドキッとするのは仕方ないことだと思う。
「どうした?」
「相談があって……」
きゅ、と不意に手を握られた。よく見たら震えている。それに最近顔色があまり良くないのが気になっていた。この忙しい間に何かあったのかもしれない。不甲斐ないな、気がつけないなんて。
「大丈夫? 話だったらいくらでも聞くよ?」
とりあえず話を聞いてあげるだけでもしよう。
「さ、最近、誰かの視線を感じることがあるの。家じゃなくて外でね。誰が見てるのか分からなくって、気味が悪いの……」
そういや響ちゃんはお化け屋敷とかそう言うのが苦手だったっけ。
「それさ、いつとかわかる?」
外だとしても、四六時中というわけじゃないみたいだから、いつと言うのがわかれば何か対策が取れるかもしれない。
「学校からの帰り道……尾けられてるみたいな感じ」
それは色んな意味で怖いな。
「うーん、じゃぁ今日は送っていくよ。しばらくお互いの時間が合わなくて一緒にいられなかったしさ」
正直なところ響ちゃん不足気味なのだ。
「ありがと、優くん」
心底ホッとした、という表情で響ちゃんが笑ってくれた。やっぱ笑顔が一番だよな、響ちゃんは。
「響ちゃん、行こうか」
放課後、早めにやることを済ませて響ちゃんを迎えに行く。
「ん、本当にありがとうね」
「良いんだよ、これくらいはさ」
久しぶりにゆっくり話せるとあって、とても楽しい時間だった。
 「じゃ、明日ね。怖かったらうちの前に来てもいいよ」
「ん、わかった。また明日ね」
「優くんおはよ」
次の日、昨日よりは良くなった顔色で響ちゃんが登校してきた。よかったぁ。
「おはよう。今日はどう?」
「ん、大丈夫そう。今日は忙しいんだったよね」
忙しいんじゃなくて、先生の手伝いで帰りが少し遅くなるだけだけどね。
「そうでもないよ。どう、今日も一緒に帰る?」
「ううん、大丈夫だと思う」
ん……まぁ大丈夫って言ってるし。ここで拗ねたら子供みたいだ。
「そう。でも何かあったらちゃんと言うんだよ」
「わかってるよ」
放課後、先生の手伝いをできるだけ早く終わらせようと頑張る。響ちゃんが心配だ。何かに巻き込まれてないかな。無事だと良いけど。
「全部終わりました。僕、もう帰って良いですか?」
追加の仕事を二つくらい言いつけられて、やっとそれも終えたので、そそくさと帰路に着く。まぁ連絡が入ってないってことは大丈夫なんだろうけど。
半分ほど道を行った頃だろうか、僕の携帯が「All I Ask Of You」のメロディーを奏でた。響ちゃんからの電話だ。何かあったのかもしれない。この時間だったら散歩で近くの公園にいる可能性が高いな。
「ちょ、やめてくださいってば!」
心当たりの公園を走り回って確認していたら、二番目でビンゴだ。
「響! 大丈夫か⁈」
慌てて走り寄る。少し体のでかい男に腕を掴まれていた。
「テメェ何してんだよ、人の恋人によ」
なるほど怒りがある一定を過ぎると逆に怒鳴る気も起きないのか。とかあまり現状に関係ないことを考えつつとりあえず鳩尾に1発入れる。反撃がものすごいテレフォンだったもんだから簡単に躱せて拍子抜けだ。
「金輪際響に手を出すんじゃねぇ」
とりあえず膝蹴りからのガラ空きの顎、殴らせてもらうよ、オマケにカーフキックと言った感じで拳と蹴りを叩き込めば男は撃沈。まぁ急所をやられたらそうなるよな。
「大丈夫か?」
とりあえず撃沈した男はお巡りさんに頼んで、公園のベンチに響ちゃんを座らせる。僕は向かいあって目線を合わせるように腰をかがめて話すことにした。まだちょっと怖いだろうしね。
「う、うん……」
電話がかかって来なかったら今頃どうなってたことか……
「よく、ここだってわかったね」
「電話がかかって来たからな。心当たりをしらみ潰しに走り回って」
見つからなかったらどうしようかと思ったよ。
「夢中で、文字打てるような状況じゃなかったから、気がついて! って祈りながら電話かけて、そのまま携帯ポケットに突っ込んだの」
「そうか……よかったぁ、無事で……」
気がついてなかったら、どれかが違っていたら、今頃響ちゃんは……考えたくもない。嫌な想像に下を向く。
「そ、それは良いんだけど、さ……」
ぎゅ、と僕の腕を掴んで響ちゃんが言う。
「ん? どうし……大丈夫⁈」
目を上げれば、響ちゃんは顔が真っ赤だし、震えてるし、目は今にも泣き出しそうなほど潤んでる。……もしかして遅かった⁈
「さ、さっき……」
「さっき、どうしたんだ?」
嘘だろ……あんだけカッコつけて、間に合ってなかったとか最悪すぎる。
「そ、その……呼び、捨て……」
それはもう生まれたての子鹿のように震えている響ちゃんに指摘されて、気がつく。
「あ、あぁ、ああああ!」
やってしまった……夢中で気がつかなかった……やばい、恥ずかしい。
「ご、ごめん……夢中だったから……」
しゃがみこんで顔を覆う。穴、どこかにないかな……あったら秒で入って埋まりたいところなんだけど。
「いいのいいの! そうじゃなくて、その、嬉しかったの!」
慌てたみたいに響ちゃんの声がする。嬉しかったならいいか……やらかした感は拭えないけど……
「こ、これからも、響って、呼び捨てにして、くれる?」
おずおずと聞いてくる響、に、頷いて答える。恥ずかしすぎて声が出なくなってしまったみたいだ。
「ゆ、優! ありがと!」
突然名前を呼ばれたかと思うと、ピリッと、電気が走ったような感覚がした。
「え、え? 今のって……」
キス、だよね?
「ま、守ってくれたお礼だから!」
じゃあね! と逃げるように走り去っていく響、をぼんやり眺めながら恐る恐る額に手をやる。キス、ってのは否定されなかった、ってことは事実……明日あたりに死神さんにお呼び出しされないように祈っておかなくちゃ。幸せすぎてそのうち天罰が下りそう……
そっからどうやって家に帰ったかの記憶がないのはまぁ、仕方がないことに違いない。

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