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【小説】異世界に来てしまった中年男性の悲劇(最終回)

 両手、両足を縛られたまま、口の中に銃口を差し込まれた。亘は涙目になりがらも必死に抵抗した。抵抗といっても、縛られた両足をばたつかせることくらいしかできなかった。
 叫ぶこともできず、ただ相手の意向に従うしかない。目の前にいる日本人スパイ、日野智子が引き金を引かないことを祈るしかない。
 運命は変えられない。ただ相手に委ねるしかない。相手の気分や思考、価値観や信念によって、自分の生き死にが決まる。なんの抵抗も意味を為さなかった。日野智子が引き金を弾けば、死ぬ。それだけだ。
 オーストラリアから帰国後、日野智子の監視役に抜擢された亘だったが、一瞬の隙をつかれ、拳銃を奪われた上、椅子に縛りつけられてしまったのだ。日野智子は日本皇国で訓練を積んできた本物のスパイだ。身のこなしが尋常ではなかった。素早く、空手に柔術をはじめとした格闘術に長けている。亘の顔面を襲ったハイキックと左脇腹に食い込んだエルボーが、亘の戦意を寸分残さず奪い尽くしたのだ。

「助かりたいか?」

 日野智子の声に亘は頷いた。

「だったら私を逃がせ。そしてお前も一緒に来い。日本までな」

 亘は死にたくない一心で頷いた。

「日本人なら皇国に尽くせ」

 日野智子は亘を縛るロープを切ると、背中に銃口を密着させたまま、タクシーで水沢基地まで案内させた。辿り着くとすぐ、日野智子は運転手を射殺した。日野智子は亘を連行したままタクシーを奪って、水沢基地に侵入した。水沢基地ではすぐに警報が鳴ったが、臆せず日野智子は一番奥の倉庫まで車を走らせる。

「やめた方がいい。基地内を単独で強行突破しようなんて、できるもんじゃない。逃げられるもんなんてない。セキリュティだって簡単には……」

「ああ、私1人では、ね」

「俺がいたって無理だ。言ったろ、俺は日本人だけど、あんたの知っている日本人じゃない」

「舐めるな。お前なんかあてにしていない」

「!?」

「……スパイは私1人ではない」

 一番奥の倉庫。開くシャッターの向こう側に、USAから購入きた音速で飛行する最新鋭戦闘機『VAF-5X(通称:山猫)』がその姿を表した。
 そして驚くことに、倉庫の中には斧寺進と安倍光敏もいた。
 2人はスパイだった。
 斧寺進は葉巻を咥えたまま「遅かったな」と不適な笑みを浮かべた。

 亘は最後の、頼みの綱としてAliceからもらった《時の欠片》を握りしめた。
 (頼む、悪夢なら醒めてくれ!元の世界に戻してくれ!!)
 強く願いながら握りしめた。しかし、奇跡は起こらなかった。

 VAF-5Xは亘たちを乗せた状態で強制離陸をし、そのまま音速飛行で日本へと飛び立った。
時速1200キロを超える戦闘機は、水沢基地から僅か10分足らずで調布基地に辿りついた。

 戦闘機の中で気を失っていた亘は、目を覚ましてその異様さに驚愕した。独裁軍事国家日本皇国に降り立ったのだ。
「天皇!万歳!」
「天皇!万歳!」
 民衆達の声か、基地内でのテレビではそんな光景が放送されている。

(昭和天皇を暗殺しておいて何が天皇万歳だ)
 亘は心の中で呟いた。

「今後君は、誇りある日本人として国家に忠誠を誓うと良い。この国家は君を必要としている」

 斧寺進は国旗に向かい敬礼した。
 亘の知る日本の国旗は白に赤丸である。しかしこの世界の、日本皇国国旗は黒に赤丸であった。
 
 基地の中には有人の人型ロボット戦闘機がズラリと並んでいた。まるでアニメの世界だ。亘の世界で言えば、鉄人28号やマジンガーZ、ガンダムやエヴァンゲリオンといったところだ。そんな夢のような光景であると同時に、実際に兵器として並んでいる巨大ロボットというのは、かなり恐ろしいものを感じられる。ロボットの握っている銃は実際に火を吹くのだ。こんな恐ろしい兵器をどうやって揃えたのか。一台作るのにどれだけの資金を投じたのだろうか。それとも、そんな資源を無限に生み出せる秘密があるのだろうか?

「何故、お前を連れてきたか? それは、お前が異世界旅行者だからだ」と日野智子が言った。

「え? どうして、異世界旅行者を?」

「理由? ボブ•ホワイトから聞いたはずだ。お前達は歳を取らない。そして……」

-----------------死なない。

「だからお前達の生命エネルギーは無限に搾取し続けられる。そして、戦場に送り込めば必ず生き残る不死身の兵士として活用できる。古田間亘、異世界を渡ってきたお前は、我らの希望だ」

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