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a moment apart

結晶だ・・・

 深いブルーグリーンに光る石をわたしは拾いあげた。完璧な球面を成し、指先にすりガラスの玉のように触れる、この珍しい石はところどころぽつぽつと落ちていた。鍾乳洞化した道全体が真っ白な淡いひかりに満ちているため、それらは生み落とされた種のようにも見えた。

 わたしはキョロキョロしながらネーサの後についていく。

 わたしたちメンバーは、死にかけようとしているこの星での役目の最終段階に入ろうとしていた。そのため彼女は気を引き締め、さらに背筋をのばしていた。

 白い道の途切れると、地は鉄塩の赤茶色したヘドロへと変わった。錆び臭い泥道を器用に避けながら、わたしたちは慣れた足どりで進む。

’ このインドという土地はね、汚染の最終地であり、この星の浄化の要としての役割があるんだって ’

 赤い泥溜まりを飛び越えながらネーサはいった。

ふーん、まるで星の肝臓のようね・・・

 かつてとてつもない汚染が起こった時代があり、大地は今でも浄化のため自らヘドロを結晶化し続けていた。

 わたしはこころの中、この地が何万年とかけて汚物を飲み込みながら真っ白い結晶を吐き出すさまを空想しながら、肝臓と重ね合わせては妙に納得していた。

 ネーサは錆色の集落に入り込んでいった。あばら屋に眠るリーダー格のテツジをたたき起こすのだ。連日のミッションのためか彼はなかなか素直に寝床を離れようとしない。ネーサは金切り声をあげている。

 わたしは遠くからそっと彼の様子をうかがいつつ、鍾乳洞の中へと再び入った。気になっていたことがあったのだ。込み入った構造の白い岩石の低みが、表面張力らしくみえる。その方へそっと手を伸べる。

指先に触れるもの・・・

’ やっぱりそうだ! ’
 
 感動のあまりわたしは声をあげた。

なんという、水・・・

 水が湧き、流れていたのだ。

 これまでに見たことない、限りなく淡い、消え入りそうなほどの質の水。水は人知れず満ちていたのだ。

 岩石の組成から予測はされつつも、水をそっとなめてみる。

 不思議な味、と同時に舌にぴりぴりと刺激がはしる。

 わたしは喜びに満ちた。

 向こうから寝起きのテツジがぶつくさ言いながらジャケットをはおり、ずかずかと歩いてきた。わたしはやけどした舌を見せ、

’ 見て! 太古の水! どちらの塩基だと思う? ’

 わたしがはしゃぐのを、テツジは面倒くさそうに一瞥し、そのまま通り過ぎ去った。わたしのこころは一瞬にして、しゅん、と小さくなり、彼らのあとを黙ってついていった。

ネーサとテツジが会話している。

’ テツジ君がいてくれてよかった。程よく回り道できるもの。わたしたちをひっぱってゆけるのは、モウリ君では頼りないし。 ’

’ モウリのこと分かってないな。俺がやれることはもう終わりよ。これからが本番で、モウリの役こそが必要になるんだって ’

テツジが笑っている。

 わたしは彼らに加われない寂しさを感じていた。わたしは彼に恋をしていたが、そんな浅はかな自分が嫌いだった。

 簡単にひとに恋をし、おなじように、ただこの星に恋をしていた。

 ひとの役にはいりきれず、理解もされず、哀しくも、ただ見ていた。

 わたしはそうして、この星にいた。