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こぐまのしあわせ

わたしはカーディガンを着た子熊の人形だ。

サイズは手のひらくらい。

小さなぬいぐるみ屋さんの

若い女性の店長が編んでくれた。

洋風のちょっと小洒落た店の棚に

わたしを置いて、その手前には値札がある。

値札には『500円』と書かれている。

普段から客は少ないけど、雨の日でも、

人気のあの子、『ワンピースを着たうさぎ』は

子どもたちやカップルに気に入られては

新しいお家に連れて行かれる。

毛糸と綿だけで産み出されたわたしは、

綻びが目立つようになってきた。

だんだん綻びは宙を舞って、

一つの灰色の毛球になって、

わたしの頭の上を数ミリ積もらせた。

棚に座ってから数ヶ月、

時が経っても買われなかった。

晴れの日でも、涼しい日でも、

わたしは人の目に留まらない。

そんなわたしの劣等感に

心臓が押し付けられるように痛む。

一体、いつになれば、

わたしは買われるのだろう。

しばらくしたある日には、

二割引きのシールが手書きで書かれた。

それでも買われないわたしはついに

半額と書かれた。

わたしはこのまま買われることなく、

誰を幸せにすることも喜ばせることもできず

忘れ捨て去られるのだろうか。

そんなとき、水曜日の昼に訪れた

とある主婦客がわたしをそっと優しく手にして

ゆっくり撫でながら、店長に

「この子を買っていいですか?」と尋ねた。

店長は目を細めて微笑みながら

「もちろんです。」と答えた。

すると主婦は、

「私、最近体調が悪い日が続いたせいか

ストレスが溜まっていたようで、気づいたら

うちの娘に叱ってばかりだったんです。

娘は私にとって一番大切な宝物なのに

やっぱり育児に向いていないんでしょうかね」

と消え入りそうに心細く不安を洩らした。

「そうなんですか…娘さんにも

気に入ってもらえると嬉しいですね。」

と相槌を打って返事をした店長は、

わたしをヴェールのような

薄くて柔らかい生地に包んで、

それからリボンの付いた紙袋に入れて、

お代を払い終えた主婦客に手渡した。

わたしは彼女の家にお邪魔して、

これからはここで暮らすのだと周囲の

インテリアをまじまじと眺めた。

どうやらお父さんは単身赴任していて、

今は家に居ないと分かった。

数時間後、小学二年生の娘さんが学校から

帰って来たようで、さっそくわたしを見て

「お母さん、このお人形さんどうしたの?」

と聞いた。

「どう?かわいいでしょ〜、

お店で買ってきたからプレゼントだよ!」

とお母さんは明るい笑顔で答えて見せた。

「やったー!ありがとう、大切にするね!」

と健気に微笑み返した女の子に連れられ、

朝も夜もベッドルームで一緒に生活する

贅沢な日々を送った。

わたしは今までずっと一人だったけど、

この家族に迎えられてからとても幸せだった。

旅行に行くときも抱っこしてもらえて、

女の子が泣いてるときは隣で

慰めることもできて、

なんだかほんの少しだけ

この家族を喜ばせることができたような、

ひとときを支える存在であれた気がした。

わたしは心の底から

思い切りの「ありがとう」を伝えた。

もちろん、声の出ないわたしの言葉が

直接伝わらることはないけれど。


「これからもよろしくね!」





これは私のオリジナル小説です。

登場人物は一切、関係ありません。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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