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顔を覚えている男の話②

高校三年生のときに付き合っていた彼の話。

高校時代からかなり荒れていた私は、夜に親の目を盗んでこっそりと遊びに行くような生活を送っていた。三年生になって、だいぶ落ち着いてきたけど根本からやることは変わっていなかったし、本当になぜか男が尽きないので常に男が周りにいた。


そんな中でも三年生になっていよいよ受験が本格化してきた。

私にはどうしても行きたい大学があって、友達と一緒に二つの塾を掛け持ちしていた。

塾では当たり前に勉強するのだけど、私のダメなくせでどうしても男のことが気になる。通っていた一方の塾で、変な男がいた。

もう何年も浪人生もしていて、塾の主になっているような人。周りの友達に聞くと、医学部を目指しているけど全然合格できないから三浪くらいしてるらしいよ、と。

顔もタイプじゃないし、全然好きじゃない。顔は濃いめで彫りが深い顔だけど、私は濃い顔は好きじゃないので全く興味がなかった。


塾では毎年通いすぎて主みたいな存在で、模試では常にトップに名前があるような人だった。

古着が好きみたいで私が理解できないようなおしゃれをよくしていた。当時はそういった男が好きな女の子も多かったと思う。

私はまるで興味なしだったけど、向こうは私のことをずっと見ていたようで話しかけてくる日が続いた。「この先生の授業とってる?」「どこの高校?」とか、どうでもいいことで近づいてくる。

まあ私は興味がないのだけれど、しつこいので会話に返答すると連絡先を聞かれた。仕方なく教えると、そこからめちゃくちゃ連絡がきた。

その時間で勉強しろよと思うほど、向こうからの連絡が続き、私も自分で勉強しろよと思いながら返信をする。

いつかご飯を食べにいったときに告白された。この辺の記憶は全く覚えていない。好きといわれすぎて、記憶がかすんでいる。

そういうことがたまにある。よくある恋愛ドラマの一説っぽくなればいいけど、何も覚えてない。

興味がなければ断ればいいのに、そこで応えてしまうのが私の悪い癖だ。私たちは付き合うことになった。


彼はここまでくる成長の過程で、何かがひどく欠落している人だった。人に依存するタイプで、私に対してもかなり依存していた。

連絡が常にくるし、会いたがった。今ではそういうタイプの方が好きだけど、当時はこんなめんどくさい男がいるのだと思っていた。

特に身体の求め方がすごかった。

一緒にいるときは必ずやりたがる。ホテルにいくならまだしも、公園のトイレとか道端とかとにかくどこでもやりたがる。

ホテルにいった帰り道にキスされるからそれにこたえると、もう彼の身体が反応してまたホテルに行きたがる。

彼のストレスがすべて下半身にあらわれているのではないかと思っていた。でも私に優しいことだけは良かった。とにかく私のことが大好きで、私のことしか考えていないような感じだった。

私の顔や身体、中身を全て愛しているといつも言っていた。何も否定しないし、私のどんなところも大好きだと言っていた。

これまでも毎回勉強をしなきゃいけないのに、たぶん別のことで頭がいっぱいだったんだろう。そういう生き方が下手そうな感じも、彼の不器用なところも、私は嫌いではなかった。

そうこうしているとあっという間に試験の時期になった。彼は志望の医学部を受けるようだけど、実際どこの大学にいきたいのかよくわからなかった。私も興味がなかったし、彼も言おうとはしなかった。

結局、私は第一志望の大学に受かった。一方で彼は希望の大学にまた落ちたらしい。

その年の春、私は希望した大学に入学した。地元からはかなり離れた場所で、彼とも離れるつもりだった。

確かそのようなことも話した気がする。私は、新しい出会いと生活に心がうきうきしていた。ところが、いざ大学に入学してびっくりした。


彼が私と同じ大学に入学していた。

どうも前期で落ちたあと、後期の試験で私が入学した大学の別の学部を受けたらしい。医学部でもなんでもなければ、彼が絶対興味がないような学部だった。

彼は私から離れられなかったのだと思う。ここまでくればストーカーみたいなレベルだ。

私はまた浪人して医学部を目指してほしい、と何度も言い聞かせた。でも彼は毎日私の家にきた。

入学したあとの私は、サークルや学部のコンパで大忙しだった。たくさんの出会いと新しい生活が楽しすぎて、もう彼のことが正直邪魔だった。

一日以上遊んで帰ってきても彼が私の家にいる。一日中私の家で何をしていたのか彼に聞くと、私に手紙を書いていたという。

渡された手紙の便箋は、多分二十枚くらいあったかと思う。便箋にびっちり細かい字で私への思いがつづられていた。

私のことが好きだの大切だの多分全部そういった内容だった。でも、当時も今も私が覚えているのはそのとき渡された便箋の厚さだけだ。

彼の愛の重さはもう慣れていたので怖いとも何とも思わなかったけど、とにかく早く地元に帰って欲しかった。そして、医学部に行って欲しかった。

私のせいで人生を狂わせているような、私のせいで医学部にいけないようなそんな気がしていたのかもしれない。

別れてほしいとかとにかくそういうことをずっと言っていたら、気づいたら彼は地元に帰っていた。それから連絡を取り合うこともなくなり、いつの間にか別れたことになっていた。

その後、数年経って一度だけ会うことがあったけど彼はいまだに浪人生をしていた。そのときにまた求められてそれに応えたけど、彼は私への求め方も生活もあの頃と何も変わっていなかった。

きっと彼はそうやって何年も同じことをして過ごすのだろうなと思った。浪人しながら、また違う女の子にはまって、勉強ができなくなる。

医学部にはずっと受からなくて、頭の中が女の子のことでいっぱい。相手にたくさんの愛をあげられるのに、自分の人生を大切にできない彼。

そのあとの彼がどうなったかは全く知らない。医学部に受かったのかも、医者になっているのかもわからない。

家族をもって生活していると良いけど、なんとなくまだ何も変わっていないのではないかとも思ってしまう。

彼からたくさんの愛をもらったのに、若かった私はその愛に応えることはできなかった。私は愛されることに飢えているくせに、依存されると逃げるような女だった。

歪んだ愛、依存した愛、孤独な愛、世の中には色々な愛のカタチがあることを知った。

そして、彼と別れたあとに私は医学部の彼氏を作った。こういうところが私のサイコな部分というのも自分でよくわかってる。

彼は私にたくさんの音楽を教えてくれた。

彼は昔から巷でよく聞かれている歌手が好きで、この曲が良いよと私の知らない曲をいつも聞かせてくれた。どの曲も片思いの歌詞が多くて、切ない気持ちが綴られているものが多かった。

悲しいメロディの中にひとすじの希望があるような、そんな曲。

塾が終わったあとの、真っ暗な夜。

駅の裏にある自転車置き場で、寒いのに短いスカートをはいている私。真冬の冷たい風の中で、細い手で片方のイヤホンを渡してくる彼。

真冬の風はとにかく寒いのに、彼とつないでいる手はいつも温かかった。

彼が今も誰かの手を温めていますように。無責任だけど、私は今でもそんなことを思っている。

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