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さようなら、トム・ウェイツ

カッコいいことこの上ないトム・ウェイツだけれど、私はさようならと言いながら、本日CDの全てを破棄した。

全部昔々の、なんというか、私は大好きで片思いだったけれど、それを言えずに(相手に彼女がいたから)セフレのまま終わった記憶しかない過去の人からもらったもので、彼は会うたびに、おきまりの儀式のようにトムウェイツのCDをくれた。5枚ぐらい一気にくれた時は「あ、これでもう終わりにしたいのかな」と思ったけれど、なんてことはない、その後も普通に関係は続き、これ付き合ってるのとどう違うんだろうと思うほどの言葉や行動がありつつ、結局は彼の結婚をもって私たちの関係は終わり、ズタボロの私だけが残った。

彼はいつもトム・ウェイツを聴いていて、他に好きなミュージシャンはいないのか聴いたら、いるけどなんかトム・ウェイツを一緒に聴きたいと言って、そのうち遊びに来るたびにCDを買ってもってくるようになったんだった。いつもいつでもトム・ウェイツだった。

それにしても、何故彼は私にトム・ウェイツという餌付けをしたがったのだろう。彼の中で、「トムウェイツ=私」だったのは、なぜ。

whyの綱をボンヤリとたどりながら、“苦しい”と“甘い”が明滅を繰り返す記憶の部屋に入ってみる。

若すぎて、「自分とは何か」なんて全く分からず、「分かり方」も分からず、ただただ「こうありたい」「こう見られたい」自分に縛られている2人が見える。

そうだ。私は彼と出会ってから煙草を吸うようになったのだった。彼は出会うずっと前から吸っていたけれど、故に吸い慣れていたけれど、でも多分どこかで無理してた。若いからなのか、それとももともと必要ないツールだったからか、今から思えば煙草が似合ってなかった。無理して「なりたい自分」いや、「他者から認識されたい自分の姿」に近づくためのツールとしてタバコを吸ってた。

そして私も。私なんておよそタバコの似合わない女で、色気につながるような影も汚れもない、どうにも健康な、その時の私にとっては甚だつまらん女だったわけで、そのつまらんまま突っ走れば、私のままで面白い人になれたというのに、汚れに異様な憧れを抱きながら彼と出会ったものだから、勇み足でタバコを嗜み始め、汚れを身につけたつもりになっていた。

ああつまらん。馬鹿馬鹿しい。恥ずかしい。記憶の部屋など来なけりゃよかった。変な汗かいてきた。要するにあの時の彼も私も、色っぽくなりたかったし、つまりただ単にモテたかったのだ。世の中を斜めに構えて見渡す人間が自然に醸し出す色香を、無理して身につけたかったのだ。

一瞬話が逸れるけれど、思い出せば出すほど、セフレはダメだな。苦い記憶しか残らない。

話は戻るけれど、書いていたら記憶が整理されて、故に分かってきた。

彼が私との関係にトム・ウェイツを持ち込んだ理由、発展のない耽溺の中に持ち込みたかったものは、「一過性の快楽が持つ悲哀」という側面が産むブルーズであり、そのブルーズに憧れる2人が、若すぎてブルーズしきれない故に、トム・ウェイツ御大を象徴として2人の関係に取り込んだからなのであって、

つまり彼は、2人の共通の理想のためにトムウェイツを選んだのだ。

そしてなんのことはない、「これは遊びなんで」と私に伝えたかったのだろう。

察しの良い女なら、トム・ウェイツ持ち出してくる時点で、セフレから恋人に晴れて昇格なんて筋書きはない、とごくごく初期の段階で分かったはず。

別れて随分経って、こうして久しぶりに想いを言語化して初めて気付くという鈍さはもう、つまりはトムウェイツをちゃんと聴いていなかったし、理解していなかった何よりの証拠だ。

恥ずかしい。ダサい。

恥ずかしい。
恥ずかしい。

なんとも恥ずかしい。

いやだ恥ずかしい。


昔の君よ、めちゃめちゃ恥ずかしいよ。


今の君よ、恥ずかしいか?

本当に恥ずかしいと思ってるのか?


そうだな。。。


恥ずかしいと言いたいだけかもしれない。
前より分別ある自分として、昔の君にマウント取りたくて。

昔の君を高みから見て、少しは成長した自分を気取りたいだけなのかもしれない。

昔の君は君なりに必死で最高だったか。。。。

恥ずかしくないな。

恥ずかしくない。

だってあの頃は、あの頃を生き切った感があるもの。

その実私はそんな苦い体験すらも肥やしにして、今の私というダサくて上等な、「ダサいって生命力ですよね」くらいの気概でアフターコロナを生き抜こうとしてるじゃないか。

しぶとくたくましい。生きることそのものの強度を上げたじゃないか。

そして、彼との関係が終わってから重い煙草を吸いまくり、新しい恋に出会った途端、用済みとなった煙草は、その後も用済みのままという健やかさを保持しているじゃないか。

幻影なるこの世界の中で味わった痛みは、体験となって血肉となる。それは虚ろなこの世界の中で、体が得た力強い真実だ。

トム・ウェイツはセフレという朧なるものを更なる夢幻で包んだスパイスだったし、CDという物質は、手元に残る限り、彼を思い出す引き金であり続けるけれど、合理性及び効率性を上げるという目的のもとに始めた断捨離の頂を登り、分水嶺に達した私は、当然のことながらApple musicを選び、彼との思い出はCDと共にほぼほぼ雲散霧消した。

トムウェイツトムウェイツ言ってるけれど、
結局は断捨離って良いね、ということと、
書くとスッキリするね、というお話だったんでした。

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