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結婚がわたしに与えてくれたもの

結婚以来14年。
わたしたち夫婦の小さな決まり事がある。
こうしようと話し合ったわけでもなく、自然とそうなっただけの決まり事だ。

それは、「特別事情がない限り、必ず一緒に夕食を食べる」ということ。

事情というのは、それぞれ別の友人と食事をしたいとか、出かけていてかなり遅くなるかもといったことで、月に1〜2回あるかないかぐらい。昨今の状況となってはほぼ皆無だ。

だからほぼ毎日、二人で夕飯を食べる。

多めに考えても別々に食べるのが月2回。
12ヶ月で24回。
365回から差し引くと341回。
14年で4774回。
休日の昼ご飯も入れると更に増える。

二人とも食欲が落ちることが滅多にないので、だいたいこのくらいの計算で合っていそうだ。


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食事の用意は、結婚当初は私の担当だった。
結婚したからには妻がやらねばならないと、長らく思っていた気がする。

おかず一品と味噌汁くらいしか用意しないのに、一人で勝手にプレッシャーを感じていた。

仕事で疲れ、それを家に帰るまで言い出せず、かろうじて空いてるファミレスに車で行く時もあった。

そのうち「納豆ご飯でも惣菜でもレトルトでも構わない」ということになり、柔軟になった。
年齢を重ねて若い時と嗜好も少しずつ変化し、ご飯だけ土鍋で炊いて、味噌汁とご飯で十分ご馳走だねとなった。

夫が管理職で帰宅が深夜になったときも、私が通勤片道2時間近くかかっていたときも、ものすごく遅い時間に二人で食べていた。

今は病気療養&失業中の夫が、たいてい食事を作ってくれる。

夫はうつ病で休職中なのだが、わりと元気だ。私より凝っていて、豆鼓を入れた麻婆豆腐だの、隠し味に黒酢を使った炒めものだの、いろいろと工夫して作ってくれる。私の勤務地も近いので、そこそこ早い時間には食べれるようになった。

共に少し神経が繊細な私たちは、「しんどいときは無理をしない」が注意事項になっている。


「一人で食事するのが何より嫌い」

結婚してすぐの頃、彼の口からこの言葉を聞いたとき、軽く衝撃を受けた。正直、口アングリのレベルだった。8年付き合っていても、彼のその信条は知らなかった。

わたしは19歳で上京し34歳で結婚するまで、基本的にはほぼずっと一人暮らしだった。

特に20代後半以降は、仕事も忙しく、「一人で夕食」が当たり前だった。それが快適でホッとする幸せな時間だったのだ。

そもそも九州の実家にいたときから、一人になりたいとよく思っていた。

毎日のように百貨店の地下で食品を買い、バカみたいに高い牛肉でカレーを作るような家だったけれど、父がいない変則的な6人家族の生活は色々あった。いや、十二分に愛され、にぎやかで楽しい家庭だったが、年中一人で勝手に家庭内で軋轢を起こしていた。

経済と愛情に恵まれた生活を手放しても、得たい「自由」があった。

一人で黙々とご飯を食べる生活は、たとえそれがカップラーメンでも幸せそのもので、「誰かと食べないと寂しくて死ぬ」なんて思ったことはほとんどない。

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それが「一人で食事は基本ムリ」と言う人と暮らす生活が30代半ばで突然出現した。

私はそれを受け入れた。

頭の片隅で、「この人は、父親と母親と妹に囲まれた幸せな核家族の中で育ったんだなあ」と、少し羨ましく思いながら。

今も彼のことをそう思うときがある。

結婚して10数年たった今も、必ず帰るときは連絡し、食事の用意がなければどうするかLINEで話し合い、必ず毎日一緒にご飯を食べる。

コロナの前の話だが、私が休日の昼とか夜とかに知人と食事するとき、1人で食事をする日が嫌すぎるのか、「○日はいないんだよね?俺のメシ、どうしよう」と数日前から大騒ぎだ。

ラブラブですねなんて言われるが、40代後半でそんなロマンティックな雰囲気があるわけがない。もはや義務を通り越した「習慣」である。


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これはなんだろうと思う。

もし、何も感じない他人だったら、毎日食事なんてごめんこうむる。友達や仲の良い同僚であっても、多分毎日はしんどい。だってわたしは一人になりたくて東京に来たのだから。

よく考えたら、食事に限らず、彼の好みを採用したことはたくさんある。

スポーツが大嫌いだったのに、テニススクールに7年も通い、ふつうにラリーもできるようになった。

スキーなんて二度とやるものかと19歳の初めての冬山で固く誓ったのに、10年以上冬山に通い続け、まあまあ滑れるようになった。しかもVECTOR GRIDEという、ちょっとクロウトぽい板まで持っている。 

多人数の旅行なんてありえないと思っていたのに、わたしのスマホにはたくさんの人と行った冬山の写真がある。

相手が望むならやすやすと陥落し、別の流儀を採用できる関係が夫婦なのだろうか?

いやこれは私達だからであって、夫婦はそれぞれだ。わたしたちのカタチがこうだった、というだけなのだろう。

少なくとも、独身時代に、こうしたい、ああしたい、こうでなくちゃ、ああでなくちゃと決めていたあれやこれやは、すっかりどうでもよくなり、心の芯だけ残して、頑なな「心の枠」は取り払われた。

枠を取ったところに、新しい楽しさや喜びが入ってきた。それが彼が与えてくれた「安心」なのだなと今更気づく。

昔を知る人に「丸くなったね」とよく言われる。
年齢を重ねたせいかなとか、仕事で散々人に揉まれたからなと思っていたが、結婚でもたらされたものだ。これも今気づいたことである。

そして彼も、自分の流儀を曲げて、わたしのことを受け入れていることが無数にあるのだろう。そんなことに思いを馳せられるようになったのも、結婚が私にもたらしてくれたものの一つである。


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