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文字を持たなかった昭和 続々・帰省余話7 何十年ぶりかの母の日(前編)

 昭和の鹿児島の農村を舞台に、昭和5(1930)年生まれのミヨ子さん(母)の来し方を軸にして庶民の暮らしぶりを綴ってきた。このところは、先日帰省した際のミヨ子さんの様子をメモ代わりに書いている。

 今回の帰省では、ミヨ子さんがデイサービスに行かない日には一緒に過ごすつもりで段取りをして行った。お昼どき簡単に作れそうな食材も事前に送っておいた。お嫁さん(義姉)も気を使ったのだろう、用事を作って家を空けてくれた。「二人でゆっくり話して」と。

 そんな日中が3回あり、うち1回は母の日(5月12日)だった。

 ミヨ子さんは朝起きてしばらく話してるうちにまた眠くなった様子。この日は強めの雨が降り肌寒いくらいだったので、「お布団に入って横になったら」と勧めた。その間にわたしはちょっとだけ映画を観る。特別観たくはなかったのだが、お嫁さんがAmazon Primeの操作方法を教えてくれたので、1時間ほど流し見したのだった。

 お昼前、ご飯の支度をあらかたすませたとこでミヨ子さんを起こす。「そろそろお昼ご飯にしない?」。ミヨ子さんはゆっくり起きて、まずトイレへ。これは一種のルーティンのようだ。紙パンツも履いているのだが、起きている間は自分でトイレに行く。ただしときに失敗するので、時間がかかっているときはドアを開けて様子を窺うべきであることは、お嫁さんから学んだ。

 トイレを出たら、居間の座卓に近い座椅子に座ってもらう。こちらのほうが外の光が入り、話もしやすいのだ。わたしは「ちょっと待っててね、すぐご飯にするから」と声をかけキッチンへ入る。

 メニューはカラスミチャーハン。と言っても「素」を使ったものだ。溶き卵にご飯を混ぜてから炒め、最後に「素」で味をつける。仕上げに貝割れ大根を載せてできあがり。スープは、野菜を少し煮ておいてからカップスープ用のオニオンスープを振り入れておしまい。ほんとは乾燥ワカメがほしいところだが、台所のどこにあるかがわからない。それぞれ二つの器に盛りつけてできあがりだ。

「いただきます」

 スープがあるので、ミヨ子さんには最初からスプーンを渡す。いつものように、ご飯の器を持ったらご飯を続けて食べる。「スープも飲んでみて」と勧めると、こんどはスープばかり飲んでいる。うーーん。と唸りたくなるが、もういいです。おいしく食べてもらえたら。じっさい「んだ、うんまか(あらおいしい)」のあと、じつにおいしそうに食べ、平らげてくれた。ご飯は一人一膳分以上使ったんだけど、今日も完食だね……。

 ご飯のあとはデザート。まず日向夏という柑橘をくし形に切って出す。お次は朝冷蔵庫に入れておいた雑穀入り冷やしぜんざいだ。ドリップパックのコーヒーも淹れてあげる。おしゃべりしながら、順番に食べていく。

 おしゃべりの中身は、ない。料理や食べ物の簡単な説明以外は「おいしいね」だけ。でもそれで十分だ。

 ミヨ子さんは冷やしぜんざいがとくに気に入った様子。雑穀入りだけあって、もち麦などが入っているのだが、お餅が入っている感じがしておいしいらしい。「なんでこんなにおいしいのかしらね。砂糖がたくさん入ってるのかしら」と聞く。ミヨ子さんは甘いもの、甘い味が好きなのだ。わたしは雑穀について説明してあげたいのだが、理解が難しそうだ。もち麦などの昔食べていなかった食材はピンと来ないだろう。「そうだねぇ、砂糖は、たくさん入ってると思うよ」とだけ答える。もどかしい。

 それでもおいしいと思って食べてくれると、わたしもうれしくなる。(後編へ続く)

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