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文字を持たなかった昭和 帰省余話17「あら、おいしい」

 昭和中期の鹿児島の農村を舞台に、昭和5(1930)年生まれのミヨ子さん(母)の来し方を中心に、庶民の暮らしぶりを綴ってきた。

 このところは、そのミヨ子さんに会うべく先月帰省した折りのできごと――法要、郷里のホテルに1泊しての温泉入浴ホテルのディナー、そして翌朝のぎょっとしたできごとなど――を「帰省余話」として書いている。

 ホテルをチェックアウトしたあとは、自分たちのお土産購入のために市内――わたしにとっては、市町村合併する前の「町内」の感覚だが――を巡った。と言っても、ちいさな町でお土産を買える場所は限られる。

 必ず寄るのは、地元の味噌・醤油メーカー「吉村醤油」だ。調味料類はもちろんだが、その場で絞ってくれる「醤油ソフト」がとてもおいしい。自宅用の味噌・醤油をたんまり買い込んだ最後に、「醤油ソフト」を人数分カップに絞ってもらう。ミヨ子さんのには小豆餡もトッピングする。スプーンをつけたソフトクリームを差し出すと、一口食べて
「あら、おいしい*」
とにっこりしてくれた。

 もっとも、こちらはいろいろこだわりと持って「おもてなし」してあげているつもりで、都度説明も加えるのだが、どのくらい通じているのかはわからない。基本、甘いものは好きなのだ。ほかの似たようなものと食べ分けられているようにも思えない。それでも「おいしい」と食べてくれれば御の字か。

 長男の和明さん(兄)の家は鹿児島市の郊外で、地元までは車で40分くらいかかる。そうそうしょっちゅうはミヨ子さん連れで来られないだろう。せっかく地元まで帰れたのだから
「どこか寄ってみたいところはない?」と訊くが、
「そうねぇーー」とピンと来ない様子。同年代の知り合いの近況はよく知らないだろうし、そもそも健在の方はかなり少なくなっている。昔なじみの場所も、前日泊まったホテルのようにがらりと様変わりしているところも多い。なんだか切なくなる。

 気を取り直して(わたしが、である)残りの買い物を済ませ、最後に市内でも大型のおみやげセンターのような施設「さのさ館」に寄る。車を停め、まずミヨ子さんをトイレに連れていく。お年寄りといっしょだとトイレに気を使う。トイレまで遠かったり、建屋の外だったりするとよけいに。

 車にミヨ子さんを戻して待っていてもらい、追加のお土産を購入して、持ち込んだお土産とともに宅配を頼んだ。今回は段ボール2箱ある。地元経済に少しは貢献した、かな? ちなみにここは、持ち込んだ品物も梱包して宅配してくれる。宅配にかかる仕事ぶりがとても丁寧で、箱を受け取って開けたとき毎回感激するほど。 

 昼ごはんは旧町内に戻り、地元では最大手の焼酎蔵「伝兵衛蔵」が併設しているレストランで食べた。たまたま「巻き寿司ランチ」があり、巻き寿司が大好物のミヨ子さんにはこれを注文する。ホテルの朝食、醤油ソフト、そしてランチと食べ(させ)過ぎ気味だが、ミヨ子さんは再び
「あら、おいしい*」
と箸を動かし、デザートまできれいに平らげた。

 親孝行の真似事も、できることが限られる切なさを感じつつ、健啖ぶりにこちらが救われるのだった。

*鹿児島弁「んだ、うんまか」
※写真はミヨ子さんが食べた巻き寿司ランチ、1000円くらいだったような? 

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