最近のミヨ子さん 介護施設内での面会(前編)

 昭和の鹿児島の農村。昭和5(1930)年生まれのミヨ子さん(母)の来し方を中心に、庶民の暮らしぶりを綴ったあと、明治生まれのミヨ子さんの舅・吉太郎さん(祖父)の物語に移った。

 合間にミヨ子さんの近況をメモ代わりに書いているのだが、このところは、息子のカズアキさん(兄)一家と10年ほど同居してきたミヨ子さんが、脚力低下をきっかけにバタバタと介護施設へ入所する前後と、その後の入院騒ぎなどを詳しく述べてきたため、吉太郎さんの物語のほうは断続的だ。

 6月末介護施設入所、その直後に入院し、緊急搬送先とその後の転院とトータルで1カ月以上入院していたミヨ子さんは8月20日にようやく退院、その足で前の施設に戻った。翌日、お嫁さん(義姉)のスマホ経由のビデオ通話で少し話ができたところまで書いた(介護施設入所後、その十九)。

 その後ミヨ子さんの体調が落ち着きますように、元の暮らし(というのもおかしな話だが)にうまく戻り、穏やかに暮らせますように、と毎日お祈りしながら、具体的なことを何もできないわが身を嘆く日がしばらく続いたあとの週末。

 お嫁さんからメッセージとともにいくつかの動画が届いていた。どうやらカズアキさんと二人で施設へ面会に行ってくれたらしい。メッセージには、面会したときの印象や施設から聞いた近況などが綴られていた。

・ご飯は完食、お代わりもしている。
・見た目はしっかりしているが、やはり認知機能の低下は少しあるようだ。
・急に立ちあがろうとするので、手作業をさせているとじっとして、しっかり取り組んでいる。
・周りの人(入所者)が散らかしたテーブルを片付けようとしてくれる。
・パンツの中に手を入れ便が爪の中入ることがある。施設として初めて爪ブラシを買った。
―――などなど。

 テーブルの片づけ云々の部分には、お嫁さんが(お母さんらしいなぁ)とコメントを追加してあった。便云々は、子供としては多少ショックではあるが、あり得ることではある。施設の方が適切に対応してくれるよう願うしかないし、そもそもそのためにお預けしてあるのだ、と自分に言い聞かせる。

 動画は、これまでのような施設の玄関先ではなく、ミヨ子さんの自室内で撮られていた。自室まで入れるか玄関先でかに、どんな条件の違いがあるのだろうと考える。

 動画の中では主にカズアキさんがミヨ子さんに話しかけ、問いかけをし、ミヨ子さんが反応する、ということの繰り返しだった。想定したような応答がないと、カズアキさんが焦れて先回りしたり、説明の形を借りて否定する場面がしばしばあり、わたしはハラハラした。お母さん、萎縮しないといいけど、と。

 たとえば、「今日は何月何日?」というような問いかけだ。ミヨ子さんはなぜそんな問いかけをされるのか、戸惑ったのではないか。わたしたち――健常者側だと思っている人たち――は、認知機能低下が疑われる人に、しばしば日にちの確認をする。でも、そんな「世間の都合」と離れて暮らしている人に、今日が何月何日であることはどんな意味があるのだろう? せいぜい季節の移ろいを話題にしてあげるくらいでいいのではないだろうか。(後編へ続く)

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