文字を持たなかった昭和 百二十七(刺身の食べ方)

 「百二十六(魚屋)」のとおり、昭和30~40年代、母ミヨ子たちが住んでいた鹿児島の農村(わたしの郷里でもある)では、鮮魚は身近なものではなかった。そんな暮しの中でたまに刺身を食べるとき、ワサビは当然としても、つけるのは醤油ではなく酢醤油だった。

 このnoteでも何回か触れたが、鹿児島の醤油は「甘い」。九州全般醤油が甘いと言われるが、鹿児島はとくに甘い。ただし甘いのは「かけ醤油」と呼ぶ濃い口醤油のほうで、煮物などに使う淡口醤油はそうでもない。

 刺身に酢醤油をつけるのは、かけ醤油の甘さが刺身の味の邪魔をするという理由より、食中毒防止が目的だったのだと思う。保冷や冷凍の技術が未発達で流通のスピードにも限度があった時代(もちろんそのずっと前から)、鮮魚、それも生で魚を食べるのは、ある意味「勇気が要った」はずだ。刺身はもとの魚の鮮度を十分見極めた上で、念のため酢も加えることで「保険をかけた」のだろう。

 刺身を食卓に並べると、夫の二夫(つぎお)は必ず「酢を」*と言った。他の料理でも酢はよく使うので、食卓には醤油差しと酢の入れ物がほとんどセットで出されたが、刺身と酢もまたセット、というのが二夫の感覚だった。ミヨ子が酢の容器を差し出すと、二夫は刺身皿の醤油入れの部分に、醤油の色が薄くなるほど酢をたっぷり注ぎ、刺身をほとんど「浸して」食べた。

「酢醤油をつけてすぐ食べるんじゃなくて、酢で刺身の色が変わるくらいしっかり漬けてから食べなさい。殺菌になるから」
が、子供たちに対する二夫の口癖だった〈103〉。刺身に酢醤油をつける、というより、刺身を酢醤油につける(漬ける)のである。

 もともと刺身をほとんど食べないミヨ子にとっては、酢と醤油の配合はあまり重要ではなかったが、子供(わたし)たちは父親の「指導」を真剣に聞いた。二夫の家だけの習慣というわけではなく、季節の行事やお祝い事で近隣のお宅によばれるときも、刺身といえば酢醤油だった。

 子供たちは、刺身(や寿司)を食すときは「魚本来の味を味わうため、醤油はちょこっとつける」のが王道だと、大人になってから知って驚いた。いや、それより前に、醤油に酢を混ぜないと知ったときの驚きのほうが大きかったかもしれない。

〈103〉二夫の酢(酸っぱいもの)好きは少々度を超していた感があり、漬け物にも「ザブザブ」と表現したいほどの酢を振りかけていた。詳しくはいずれ書きたい。
*鹿児島弁で酢は「あまん」という。

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