ミヨ子さん語録「汚れは噛み殺したりしない」

 昭和中期の鹿児島の農村を舞台に、昭和5(1930)年生まれのミヨ子さん(母)を中心に庶民の暮らしぶりを書いている。

 先日帰省した折りのミヨ子さんにまつわるエピソードをふたつほど書いたところで、風邪っぽい症状に見舞われている。前項では、子供の頃ミヨ子さんから「(食後に飲む)薬は必ず何かお腹に入れてから飲みなさい」と言われたことを書いたが、もうひとつ、風邪を引いたときのミヨ子さんの口癖を思い出した。

 それが
「汚れは噛み殺したりしない*」
というもの。

 風邪のとき体を冷やすのは大敵だ。現代の密閉度が高く空調の整った家ならいざしらず、昔造りの農家の家屋は換気が良すぎて、風呂上りちょっとうろうろしていたらすぐに湯冷めしたり髪が冷たくなったりした。そんな環境での風邪気味のときの入浴は、ミヨ子さんたち親世代や明治生まれの祖父母の世代からすると「厳禁」だった。多少汚れていても命には差しさわりない、風邪のとき下手に入浴しては命に関わる(かもしれない)、という昔の人の知恵だ。

 ほんの子供の頃は大人のいうことを素直に聞いていた二三四(わたし)も、多少色気の出る年ごろになると、数日入浴しない状態は気持ち悪かったし髪の匂いも気になった。しかしミヨ子さんは相変わらず「汚れは噛み殺したりしない、よくなるまで我慢しなさい」と迫った。

 今回けっこうひどい風邪を引いてしまい、まる2日寝込んだ。入浴はする気力すらなかった。今日少し気分がよくなったので、服を着たまま髪を洗い急いで乾かした。体は念入りに拭いた。

 もうミヨ子さんから直接「汚れは噛み殺したりしないんだから」と言われることはないが、これならなんとかOKかな、と心で呟きつつ。

*鹿児島弁「汚れは噛ん殺しゃせんが」

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