文字を持たなかった昭和 八十八(母子手帳とへその緒)

 ミヨ子が産んだ二人目――死産だった最初の子を入れると三人目――の子供の話に戻る。

 自宅で産婆さんに取り上げてもらった女の子は少し小柄だった。産婆さんは秤を持参するわけではないので、生まれたての体重はわからない。ただ、母子手帳には誕生時の身長と体重が記録されていて、体重は標準的な3000グラムにちょっとだけ届かなかった。出産後に保健所か病院で検査を受けたときに量ってもらったのかもしれない。

 へその緒は、産婆さんが綿にくるみ小さな桐の箱に入れて渡してくれた。

 母子手帳とへその緒は、古い箪笥の大事なものをしまっておく場所――通帳や、子供が学校に行くようになってからは通信簿などもしまった――に、大切に保管した。大きくなった子供たちが自分の出生について尋ねたときは、取り出して見せることもあった。

「母子手帳は大事にしまっておいたから、家を取り壊すときこっちに持ってきたはずなんだけど、どこにしまったかねぇ」
最近、子供たちが生まれたときの身長や体重について尋ねたときの、母ミヨ子のつぶやきである。

 ミヨ子はある年、大型台風から避難するため長男宅に身を寄せた。台風の風雨で、もともと古くなっていた建物は雨漏りするようになり、避難はなし崩し的に延長され実質上の息子一家との同居に移行していた。そうこうするうち建物を壊すことになった。

 車の運転もできないミヨ子に、わざわざ母子手帳を取りに行く機会があったとは思えず、わたしの想像では、建物を取り壊す際ゴミとしてまとめて処分してもらった雑多なものの中に紛れてしまったのではないか、つまり産廃ゴミとして捨てられたと思う。

 もしミヨ子の手元にあるとしたら、この上なく幸運なことだけれど。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?