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かの子とマチ子と光進堂

先月noteに漫画「光進堂メランコリー」を投稿したところ、たくさんの反応を頂きました。描いてもう2年以上経つ作品ですし、備忘録のつもりでwebに載せたのですが、たくさんの方に読んで頂けたようで本当に嬉しかったです。twitterのDMやリプ、noteのコメントも全て大切に読ませて頂きました。そしてサポートまでしてくれた方々にも心から感謝します。皆さんありがとうございました。

頂いたコメントを読んでいて驚いたのが「地元同じです」「光進堂よく行ってました。覚えています」といった声です。
私は今地元を離れて暮らしているのですが、地元名を人に言っても伝わらないことが多く、マイナーな地だと思っていたので、まさか同じ地域の小さな書店を知っている人とこんなにも巡り会えるなんて。それもこの広大なインターネットで。
私の漫画をきっかけに光進堂のことを思い出してくれたら嬉しいです。地元の風景もたくさん描きました。そして光進堂を知らない方も、地元の小さな書店を思い浮かべながら読んでみてください。どこかしら通じるものがあると思います。

今回こうして文章を書こうと思い立ったのは、冒頭で書きましたが、皆さんにお礼を伝えるためです。加えて「光進堂メランコリー」にまつわる背景だったり後日談のようなものを書こうと思っています。作中で十分当時の状況や私の考えは描いているので、蛇足になってしまうかもしれませんが、私は前からブログを書きたいなあとぼんやり考えていたのでちょうど良い機会でした。これから、作品に関係あることもないこともこのnoteという場でマイペースに綴っていこうかなと思います。良かったらどうぞお付き合いくださいませ。


私が「ぶっきんぐ!!」を描くにあたってずっと考えていたのは「読んだ読者を元気にすること」です。「光進堂メランコリー」の中でも描きましたが、複数の出版社の編集者に言われた言葉でした。(雑誌の方針もあったのでしょうが)
今までコミティアで売るための同人誌を好き勝手描いていた私にとってそれは、商業誌と私を隔てる壁でした。編集に言われたのは、エンターテイメントとして売っている漫画には必ず読者を感動させるギミックがあること、売れなければ意味がないこと、そして何が売れるかは我々編集者にも分からないこと。私は今までそういったエンタメを享受する側の人間で、実際にたくさんの感動や刺激、人生を変えるきっかけをもらってきました。それを作り出す側に初めて立った時、その難しさに気づいたのです。

私が最初に描いて提出したネームは、書店閉店後、落ちぶれてしまった店長とアルバイトをしていた主人公が再会し、そこから主人公が店長に前を向かせるという話だった気がします。創作は入っていますが、「努力むなしく閉店した」という事実はそのまま使い、そこを物語の始点に設定しました。いつも通り感覚で描いた全体的に地味でしんみりした話でした。
結局このネームはボツになり、編集の提案で「色々頑張ったが閉店した書店」ではなく「落ちぶれて今にも潰れそうな書店が立て直っていく話」という、現実とは真逆のお話に決定したのです。
「プラス→マイナス」ではなく「マイナス→プラス」という王道の構造です。その提案に私はまったく新しい衝撃を受けたことを覚えています。このようにして、「光進堂」は「光林堂」となり、ひょんなことから働き始めた「かの子」という主人公によって元気を取り戻していきます。
なので「光進堂メランコリー」は「ぶっきんぐ!!」の前身でもあります。私は、書店で働いていた経験を思い出したり取材を重ね、事実を土台にして新しいエピソードやキャクターを作っていきました。「現実はこんなに上手くはいかなかったな」という思いがなかったわけではありませんでした。
ある日ふと、ありのままの現実も放出しようと思いつきました。大学4年生だったこともあり、卒業制作という場で「光進堂メランコリー」を制作し、両方ひっくるめて「書店漫画を通して見る エンタメと非エンタメ」という作品として発表しました。
「ありのまま」「私小説的」「同人誌」と、「事実の改変」「エンターテイメント化」「商業誌」という様々な対比の意味を込めたのです。

私はエッセイを読むのが好きで、いつか自分も描いてみたいと思っていました。ボツになったネームもやはりそのような風合いのものばかりで、それを某編集長に見せた時言われたのが「エッセイはすでに有名な人が描くから読みたいと思う人がいるんだ。何者でもない君の身の上話を読みたい人はいないよ」という言葉でした。(ボツになったのはもちろんただの私の実力不足でもあります)
その言葉は私の心にずっとのしかかっており、「光進堂メランコリー」でありのままのお店の姿や私の人生を描いている最中も、ずっと悩み続けていました。私のことを知らない人がこの漫画を読んでも全く面白くないんじゃないか、私自身の話なんて誰も読みたくないんじゃないかと、私は教授の前で泣きました。
そしたら教授は、「僕が読みたいからいいんだ 。描け」と言ったのです。「卒業制作は自分の内面と向き合い自分のためにするものだからそれでいいんだ。このまま描け」

展示の様子

この言葉で私はなんとか描き終えることができ、優秀賞まで頂くことができました。漫画でも優秀賞って取れるんだな…とびっくりした覚えがあります。



あれから2年が経ちました。私は就職をして住む場所を移り、環境もガラリと変わりました。目まぐるしく回っていく日々の中で、「ぶっきんぐ!!」は終了という形を取り、私は光進堂のことを思い出すことはほとんどなくなりました。2年近く経って、こうしてweb再録という形を取ったのは、私自身が思い出したかったからなのかもしれません。
そして先日久しぶりに光進堂の店長のブログを読みにいってみました。(店長はお店をやっていた当時から光進堂のことなどについてブログを書いていました。私がバイト募集の記事を見たのもこのブログです。)

ブログは「最終回」と銘打った1年前のこの記事以降、更新は止まっています。私が光進堂をこうして回帰する1年前に、店長は区切りをつけて今は新しい場所で元気でやっている。そのことを知りなんだか元気をもらいました。

私こそ、小さい頃から大好きだったあのお店で働けたことは誇りです。店長ありがとうございました。




人はいつも「一つに決めきれない思い」を持っていると思います。私は少なくともそういう人間だし、今でもそうです。たくさんの矛盾を抱えて悩みながら、生きているんだと思います。
「光進堂メランコリー」に出てくる「マチ子」はありのままの私です。それと対比した物語「ぶっきんぐ!!」の主人公かの子も、私がなりたかった私の姿なのかもしれない。自分の納得しきれない道には進まず、迷いながらも人のために自分のできることを精一杯やって突っ走っていく人間。ちょっとうっとおしいと思われるかもしれないけど、いつも熱くて一生懸命な人間。


「光進堂メランコリー」も「ぶっきんぐ!!」も、両方大切な作品です。
漫画を描くということは、自分とたくさん向き合って対話して、あらゆる引き出しから引っ張り出して散らかして、まとめて整理して、分かりやすい言葉と絵で表現して、形にして届ける。私なんて本当にまだまだだけど、これからもそうやって作っていけたらいいなと思います。少しでもお付き合いしてくださる方がいたら嬉しいです。
ここまで読んでくださってありがとうございました。




今後のイベント参加は9月のコミティアの予定です。詳しい情報は美代マチ子のTwitterで発信していきます。よろしくお願いします。






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