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『中2男子BL×アンソロジー』「不思議くん」試し読み

文学フリマ東京37にて販売する新刊『中2男子BL×アンソロジー』の、
こい作『不思議くん』の試し読み冒頭になります。

BLとは言っても全年齢のため、ブロマンス作品としてでもお楽しみいただけます。


「不思議くん」試し読み



「プルル― プルル― プルル プルル プルル―」
 
 僕らは屋上にいる。梅雨が終わって暑い日が続いているが、僕らは相変わらず、陽光が燦々(さんさん)と降りそそぐ屋上に入り浸っている。

 正直言って、ありえない。いや、正直に言わなくてもありえなくないか? 日焼け止めをぬっても日焼けする太陽の下、にだぞ? こんな日差しの強い日に、光の下に出るのは自殺行為だって、誰かあいつに教えてやってくれ。これ以上、顔のそばかすが増えてはたまらない。最近は体のいたるところにほくろが点在している気がしてならないから、注意しておいて損はないはずだ。

 そう、心の中で大騒ぎしながら、僕は結局今日も貯水槽の影に隠れて体育座りをする。

 本当なら、冷房の効いた教室にいたいところ。最近は公立中でも冷暖房の設備が徹底されているようで、税金のいい使い方だと思う。こういうところはどんどんケチらないで増えていってほしい。聞いているか、区議会か教育委員会。最終的には体育館も冷暖房化すればいい。僕の席は冷房がちょうどよく当たる位置だから、そこでクラスメイトと駄弁っていられたら最高だ。理性のある者ならそうするね。

 おまえは冷房とは正反対の場所にいるじゃないか、なんて悲しいことを言わないでくれたまえ。別に、僕に理性がないわけではない。一般的な中学生よりも、僕は百歩ほど抜きんでた先にいる。有象無象の後方をのんびりと眺めながら、自分の生きやすい人生について模索しているのだ。この暑くて頭がぼんやりしてくる最悪な状況も、その模索を実行している一過程にすぎない。
 
「プルル― プルル― プルル―」
 
 一直線に張られた影と日光の境い目。緑色に塗装された明るい地面がその先に広がっていく。視線を上げていくと、屋上の中央に「僕がこんな劣悪な環境にいざるを得ない理由」が立っていた。

 太陽に目を焼かれることを恐れていないのか、そいつは首の傾斜を限界まで曲げて、青い空を見あげている。この青空を見渡せる、という点は、屋上に出てみる一考の価値はあるかもしれない。※だがしかし、長時間太陽の下に出るとは言ってない。

 若干の猫背のせいで、目に見えない力に挟まれ、そいつの体は潰れているみたいに見える。背は高くはないが、背筋を伸ばせば今よりはマシになるだろうに。頭と足をつまんで、同時に反対方向へびよんびよんと伸ばせば、身長がいくらか伸びそうだ。

 そいつの肌は病的な白さをしていて、青い血管がところどころ浮きでている。看護師にとっては採血が楽な患者だろうな、と思考を逃がさないと恐ろしく感じるほどの白さだから、僕はあまりそいつの肌を直視しないようにしている。僕はあいつが宇宙人だって言われても驚かないね。そのくらい、気味が悪いくらい白いんだ。

 日焼け止めをぬっている素振りはない。毎日、毎日、飽きもせず屋上に出て太陽光を浴びているというのに、そいつは日焼けらしい日焼けになっていないのはなぜなのか。こんがりと焼けていけば、普通の肌に近づくだろうに、ほんのりとほてった赤色に染まるだけ。サウナから出た直後のいで立ちで五限の授業に参加している。次の日にはけろんとして不健康な色の肌を晒しているのだから、こいつの体はどうなっているのだろう。やっぱり宇宙人なのではないか? そうに決まっている。
 
「プルル プルル プルル― プルル― プルル―」
 
 そろそろ休み時間が終わるころだろうか、と思うと同時に予鈴が鳴る。僕は額に浮かんだ汗を手の甲でぬぐって立ちあがった。予鈴が聞こえていたであろうあいつも、天に向かって大きく広げていた腕を下ろした。こういうところは律儀なんだ。午後からの授業なんて、さぼりそうな奴なのに。

 奇妙な呼び声がようやく終わったのに、三十分近く聞いていたせいで耳についてしまった。いまだに耳の奥で鳴り響いている。これは今日も帰る頃合いまで消えないな。どうしてくれるんだ、まったく。

「戻るぞ」

 僕が声をかけると、そいつは機械じみた動きで振り返り、赤くほてった顔でこくりとうなずいた。

 学年共通の認識で『不思議くん』の称号を得ているそいつ―神木宙(かみきそら)は、今日も屋上で宇宙への交信をしている。僕はその日課を、ただぼんやりと観察していた。


 

 
 小学校から中学校に進学する際、僕は住居を移した。なんてことはない、親の転勤に伴ってである。顔見知りばかりの中学校より新天地の方がワクワク度は変わる。親の言葉を、大げさなほど上機嫌で受けいれた。

 小学校時代はいじめられた覚えもなく、学校生活は平和でよかったけれど、面白みにはどこか欠けていたのだ。少しだけ達観のケがある僕としては、波乱とまではいかなくとも予想だにしない出来事が起こる日々を期待していた。

 住み慣れたちょっとした田舎から都内に引っ越すと聞いて、僕の期待値はますますびゅびゅーんと跳ねあがった。住まいが都内とはいっても千葉に近い下町と聞いて、いささか気持ちは下降したが、それでも新宿や池袋に一時間もかけず行けるのだから、文句を言ってもしかたないだろう。

 僕が通うはずの下町の公立中は、小学校からの持ちあがり組がほとんどだ。クラスメイトも顔見知り同士ばかり。よそ者である僕がクラスになじむためには、それなりに頭を回す努力が必要だった。

 手始めに、僕は僕自身のキャラメイクをして遊ぶことにした。別の者を演じるのは嫌いじゃない。ゲームのような見た目のメイクではなく、主に性格をいじくった。クラスに溶けこみやすい、それでいて動き回りやすいキャラを演じようではないか、と。変に目立つのはいただけない。目立つとあとあと面倒ごとに巻きこまれやすいのだ。

 そうしてできあがったのが『天然愛されキャラ』。

 空気の読めない発言をしても、天然発言と受けとられ「笹塚だからしかたねえよな」と笑って済ましてもらえる度合。これを、目指す。相手を不機嫌にするヘマはしないが、保険はいくらあってもいい。誰に対しても朗らかで、能天気そうに笑い、悩みなんてまったくなさそうなキャラだ。

 一年の一学期は下準備に費やす。「僕って天然で無害ですよ~」と紹介して練り歩く。もちろん馬鹿丸出しで口に出したりなんかしない。

 出だしがうまくいったので、あっという間に友達ができた。友達? 形式的に友達と言っているだけで、十年後には顔も思いだせないモブABCその他だ。将来同窓会で会って名前が思いだせなくても、会話に困らないくらいの関係性。どうせ高校に上がったらそこでまた友人関係を形成するのだから、目下の中学生活を円滑に進める範囲でいい。独りは目立つから、グループ作りや教室移動でハブられなければ問題ない。

 イベントごとをこなしていけば、自然と友情(笑)は作られていくので、その波に乗ればたやすい。『天然愛されキャラ』の笹塚くんは愛くるしく笑顔を振りまいて、面倒ごとには「ごめん、僕には分からないや~」と言っておけば、適当に周りが対処してくれる。なんて簡単な人間関係なんだろう、とちょっと笑ってしまう。

 あまりに一年期がうまくいきすぎ、とんとんと二学期、三学期に進めてしまったため、僕は認めたくはないけれど、はっきりいうと油断していた。油断とか思いたくないけれど、一番適格に当てはまる言葉が、「油断」だった。認めたくはないけれど。

 二年に問題なく進級して、クラス替えがあった。三クラスしかないため、一学年のときの友人も数人同じクラスだった。「今年度もよろしく~」と声をかけ合う。無自覚にも人のいい僕、というキャラ設定で、隣に座るクラスメイトにも「よろしく~」と挨拶した。

 噂だけ知っていて、顔は知らなかったのだが、それが神木宙だった。
 

 そう、こいつのせいで僕の中学生活めちゃくちゃだ!

 
 僕の作られた「キャラ設定(笑)」に反して、神木宙は「本物」だった。

 「本物」の「ちょっとヤバい奴」。

 この「ヤバい」というのは、あまり近づきたくないから避けておきたい部類、という意味の「ヤバい」だ。それを馬鹿正直に言うと角が立つから、みんな彼のことを『不思議くん』と呼んでいた。接したくないけれど、極度に接しないと、それはそれでいじめになってしまう。ほかの人とはどこか違う、という特別性を尊重した意味合いを持たせることで、いじめを回避しようとした。下々の生活の知恵だ。

 『不思議くん』こと神木宙は、そのニックネームというか位置づけに対して何も言わない。言葉も、態度も何も変わらない。ノーリアクションだった。いいとも、悪いとも言わない。そういうところが『不思議くん』と言われるゆえんなのだと、初対面でもすぐに理解してしまうほどに、神木宙は他人と異なるタイプだった。

「いやじゃないのか?」

 こっそり神木宙に聞いたことがある。

 『不思議くん』と呼ばれて、差別化されて、いやではないのか。苦しくないのか。

 だって、これは明らかにいじめだ。いじめでない、と言う奴がいたら、そいつはきっと加害者だ。

 神木宙は、どこを見ているのか分からない目をきょどきょどさせる。口は一文字に結ばれたまま。開いているところが見られるのは、給食を摂っているときくらいだ。授業中、先生に指されて問題に答えるよう促されても、かたくなに口を利かない。怒鳴られても、注意されても、一向に態度を改めない。しばらくして先生の方が折れて、神木宙に問題を答えさせることを諦めるのだった。

 この一連だけでも、彼が「ヤバい奴」と認識されている証左になるだろう。先生から目をつけられている奴と、好き好んでツルみたくなんかない。

 結局、神木宙は僕がわざわざ尋ねた問いにさえ、答えはしなかった。さまよわせた焦点の合わない目は、僕の方を見ることは始終なかった。

 僕も答えを期待していたわけではなかったから、やっぱりかと諦めた。僕が聞いてやったのに、とイラつく気持ちはあるものの、神木宙の普段の異常さを鑑みればしかたなかった。神木宙だしな、と思っている僕も、加害者とは言わずとも、そういう空気を作りだしている一員にはちがいない。

 聞こえていないわけでもない。理解できていないわけでもない。それは、授業の内容を認識した上で、解答を黒板に平然と書きこんだり、ノートを取ったりできている点でも分かる。だから、何か障害的なものではないのだろう。特別支援学級に振り分けられていないのは、家の方針なのかもしれない。僕の知ったことではないけれど。

 会話をしない。コミュニケーションを取らない。不可思議な行動を取る。
この点からして、クラスでは悪目立ちしている。きっと一年次もそうだったのだ。クラスの異分子として片づけられている。

 ゆえに、神木宙は『不思議くん』なのだ。『不思議くん』だから、彼はしかたない。

 その立ち位置は、僕が求めていたものとまったく逆だった。キャラ付け、という面としてはお手本のような個性と言えたが。

 真正を前にして、偽者は自身のポジションに戸惑う。困ってしまって、ボロが出た。作ったキャラではなく、もとの面白みのない真面目な本性が出てしまった。

 『愛すべき天然キャラ』ではなくなった僕は、『不思議くん』に対しても普通に(、、、)接してしまったのだ。当然の顔で朝の挨拶をし、移動教室の場所の変更を教えてやる。ほかのクラスメイトがわざと触れないように避けていたところを、僕は友人にするような感覚で関わってしまった。
僕の敗因は、特別視をしなかった点にある。

 いつの間にか、はっとした瞬間には、周りの空気を聡く悟ったときには手遅れで、僕は『不思議くん』とペア扱いされていた。気づいたときには止められず、隣の席なのも相まって神木宙の介護を任されるようになってしまった。

「笹塚くんは無害だから、安心して神木くんを任せられるよ」

 直接、担任から言われてしまい、もうあと戻りはできなくなっていた。

 それまで関わりのあった友人たちからは遠巻きにされるようになった。話しかければ楽しく話題に乗れるし、乗ってくれる。馬鹿みたいにはしゃいだノリで遊ぶこともある。

 だが、グループ活動で決まって、僕はのけ者にされた。

 僕のせいではない。僕だけではない。僕と神木宙の二人。僕は神木宙と組むことが最初から決定事項とされていて、そんな僕たちと同じグループになりたい奴なんていなかった。

 意思疎通のできない神木宙と組みたい奴はいない。それは僕だってそうだ! なのに、僕は「いい子ちゃん」だから、いやだって言わないから、体よく神木宙を押しつけられてしまったのだ。

 行動をともにするのも神木宙と一緒だ。一緒にいなければ、僕はぼっちになってしまう。ぼっちだぞ? 僕が面倒なキャラメイクをするはめになっているのは、ぼっちになる=目立つ、を避けているからだ!

 神木宙といることで、ほぼ悪目立ちしないのは現実的に無謀になっている。どうしたって、神木宙のそばは目立つ。

 すぐにでもこの関係性から脱却したい。ぼくがなぜこうまでして我慢しているか。それは海よりも深く山よりも高い事情なんてない。ただの内申点のためだ。

 先生という職業も、御存知の通り人間がやっている。孤立している生徒を気遣わなければならない。が、一人にだけ時間を割けない。ほら、見えてきただろ? ちょうどいいところに、神木宙の面倒を見てくれそうな都合のいい人間がいる。僕のことだ。使い勝手のいい位置にいたなら、任せるのは当然だ。僕一人が困るだけで、クラスは平和。先生の精神も平和。

 先生も押しつけちゃってるなぁ、と罪悪感があるらしく、僕への風当たりが弱い。廊下を歩いているだけで注意されると言われている厳しいハゲ……失礼、学年主任も、僕にだけはこっそりと抜き打ち私物チェックの日を教えてくれるほどだ。抜き打ちじゃないじゃん、と心の中でツッコミを入れる。

 ほかの教科の先生も似たり寄ったりなので、僕はひそかに一学期の通知書を期待している。それくらい、いい目を見たっていいだろう。僕は毎日言葉の通じない赤ん坊(たとえ)の世話をしているんだから。

 その赤ん坊(たとえ)は、昼休みに決まって屋上に行く。今の時期、熱光線のごとく照る屋上に行く者など皆無だ。しかし、赤ん坊(神木宙)だけは毎日必ず屋上の中央に赴き、手を広げ、意味不明の呪文を唱えだす。
 
「プルル― プルル― プルル―」
 
 僕は初めてその光景を見たとき、あまりの異次元な姿すぎて頭が真っ白になり、次の瞬間には「おまえめっちゃ声だせるじゃん!」と叫びそうになった。キャラじゃないので耐えた。

 たぶん、唇を突きだして反動で震わせているのだと思う。僕がいる方向からは背しか見えないため、定かではないが、音としては唇を震わせる音が適している。子どものころふざけすぎて、母親に怒られた記憶がある、アレである。

 神木宙の出す音は振動が洗練されていて、楽器のようにまっすぐと伸びる。絶妙にうまい異質な音が、空中に溶けては、消える前に次の音を響かせる。

 それを何度も何度も、飽きもせず繰り返す。何十回、何百回もやればそりゃあ上達するはずだ。唇演奏に上手い下手があるかは知れないが、神木宙は上手い方だろう。透明感のあるソプラノの音が、高く広い青い空に吸いこまれていくさまは、非日常味があって少しだけ気に入っていた。

 とは言っても、僕は好き好んで貴重な昼休みを屋上で過ごしたいわけではない。そもそも、僕は昼休みも『不思議くん』に付き合いたくない。昼休みの名の通り、休ませてほしい。

 だけれど、僕が一人でいると決まって誰かしらに尋ねられる。

「あれ? 今日は一人なんだ。『不思議くん』は?」

 そんなに気になるならおまえがその『不思議くん』のところに行けよ‼

 怒鳴り返さなかった僕を誰か褒めてくれ。

 ニコイチ扱いなのか、ペットと飼い主の扱いなのか、やたらと一緒ではないのかと聞いてくる。この場合、飼い犬もとい神木宙は駄犬である。

 僕が一人でいるのはおかしいという認識が改められない限り、僕は何度も神木宙の居場所を尋ねられるのだろう。それはひどく面倒だった。

 彼はたいてい一人でぼうっとしている。教室にいなければ、ほとんどの時間を屋上で過ごす。しかし例外はあって、雨の日や風が強い日は屋上へ続く扉は鍵がかけられてしまうため、その間、神木宙は姿を消してしまうのだ。

 移動した教室で神木宙がいないと、続く台詞は「笹塚。悪いが、神木を探してきてくれないか?」だ。悪いと思うなら探しに行かせないでくれ。

 僕はしぶしぶ学校中を探し回り、廊下の隅で体育座りをしてうずくまっている神木宙を捕獲する。誰もいない体育館の舞台に腰かけ、ぼうっとした間抜け面をさらしていたこともある。わざわざ探してやったと悪態を吐きながら、神木宙を引っ張って教室に連れていくのだった。

 いつからか、僕は神木宙に仮面をかぶる行為をやめた。梅雨に入った時期にはもう、『天然キャラ』を彼の前でかぶるのが億劫になってきていた。彼に対して「いい子ちゃん」ぶっていたって、なんの得にもならないと見切りをつけたからだ。

「今度は見つけやすいところにいてくれよ」

 三階端にある個室トイレに座っていた神木宙を見つけて、僕ははあっと深いため息を吐く。いくら悪態を吐いても、神木宙に反応はない。行動の改善もされない。だからせめて、分かりやすく隠れていてほしい。

 そもそも、彼には隠れている、という自覚はないのかもしれない。奇妙な行動に僕の方も慣れてきてしまい―いやいやいや、こんなことに慣れたくなんかない! と心中で叫び直す。

 屋上に出られない日、という条件を見つけたのはいつ頃だったか。先生に頼まれて探しているとき、だいたい廊下は薄暗くてじめっとしている印象があった。

 僕の心はなぜか焦った。冷たい水に足をつけて、ずっと耐えているような心細さを、神木宙は感じているのではないか、と。そんな、そんなひとりぼっちを体感しているのではないか。

 見つけてやれるとほっとする。面倒だし、迷惑だし、正直やめてもらいたいけれど、見つけられたという事実に僕はいつも胸をなでおろした。

「こんなところにいたのか。先生が待ってる。行くぞ」

 強引に手を引っ張ると、こいつにはもしかして重さがないんじゃ、と思うほど体が軽くてびっくりする。おまえの体は発泡スチロールでできているんじゃないだろうな? 宇宙人説と平行で、発泡スチロール説を推していかなくては。

 見つけられる側の神木宙は、相変わらず何を考えているのか分からない顔で、されるがままになっている。抵抗らしい抵抗はなく、だったらなぜ授業に間に合わせず、ぼんやりしているのか。そういうところは律儀じゃないのか? 理解にはほど遠い位置に存在していた。

 廊下の窓に水滴が吹きつけられていく。本格的に雨が降りだしたようだ。明日の朝まで降ってくれたら、体育の授業は屋内になる。僕は足を使う競技が苦手だから、屋内でバレーボールやバスケットボールをしていたい。きっとそのときも僕は神木宙と同じチームに入れられるのだろう。みんなの入れたくないけど、入れないと立場が危ぶまれるという表情を見なくてはいけないのか。今から気が重い。

 もしかしたら、クラスメイトたちは僕たちに授業が終わるまで帰ってこないでくれ、と望んでいるかもしれない。先生も体裁が悪いから呼びに行かせるだけで、できるだけゆっくり来てくれ、と心中で思っているかもしれない。そう思うと、僕の頑張りを無下にされて不満がつのる。

 あ~あ、いっそのこと、このまま二人でさぼってしまおうか。

 授業が始まったばかりの廊下は、先生も生徒の誰一人も出歩いていない。僕と、神木宙しかいない廊下は、しっとりとしていて、じっとりとしていて、とにかく空気が湿りを帯びていた。妙な静けさが気持ち悪くて、居心地悪い。

「今日は―」

 僕らは会話をする関係じゃない。普段なら、黙々と歩くだけだった。

 なぜか、聞いてみたくなった。気まぐれの質問だ。

「雨の日だから、宇宙の交信をしないのか?」

 毎日飽きもせず、晴れている日は決まって屋上で不可思議な交信をしている神木宙。屋上から宇宙人にメッセージを送っていたんじゃないか。『不思議くん』の名の通り、自分が生きやすい住処へと連絡を飛ばしていたんじゃないか。

 ここから、助けだしてほしいって―

「え」

 不可思議な唇の振動音ではなく、それは明らかに神木宙からもれだした一音で、僕は勢いよく背後を振り返る。神木宙は相変わらず焦点の合わない目を大きくさせて、おそらく僕を驚きの目で見ていた。

「え?」

 僕はきっと、このとき初めて、神木宙に認識された。


……続く



お取り置き、通販について


これより先は、文学フリマ東京37(2023年11月11日㈯)にて販売する『中2男子BL×アンソロジー』をご購入いただければ幸いですm(__)m

こいの作品以外にも、
たぬきのタヌ(X→@_sandroses)
御厨匙(X→@MikuriyaSaji)
による2編が収録されております。

あらすじはこちらになります↓↓↓

『中2男子BL×アンソロジー』あらすじ


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ほかにも、既刊作である
『女装令嬢(♂)×アンソロジー』(残りわずか)
『監禁BL×アンソロジー』(R18作品)
を販売いたしますので、こちらもよろしくお願いいたします。

文学フリマ東京の会場でお会いできることを、楽しみにしております(*´▽`*)✨

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