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さくらいろの淡い記憶


〝ねーねーねー!知ってるー?
桜の下で好きな人を思い浮かべて、両手をぱっと広げたときにね、花びらが1枚手のひらに落ちてきたら両思いなんだって!〟

 通学路の途中にある大きな桜の木の下に連れてこられた。

〝やってみようよ!…思い浮かべた?いくよ?せーのっ!!〟

 友達と同時に手のひらを出した。

〝あっ〟反射的に左手を握る。
ゆっくり開くと、桜の花びらが1枚あった。

 〝あーーー!すごいじゃん!誰?誰?好きな人だれー?!〟
〝やだよ、教えないよ~〟
〝いいじゃん!誰にも言わないからー!ね?誰?誰?〟
〝んーーー。…晃大くん。〟
〝へぇぇぇぇ!〟

 ニヤニヤしながら友達は歩き始めた。

 学校に向かうみんなの姿に追い付いてきた。
晃大くんの姿を見つけた。

 〝おーーーーい!こうたぁーーー!〟

 呼ばれて晃大くんは振り返って足を止めた。

〝結依ちゃんが、あんたの事好きだってぇーーー!〟
 〝ちょ、ちょっと!〟

 晃大くんはコクンと頷いて、また歩き始めた。

 心臓がバクバクしてどうしたらいいのか分からない。
教室に入っても恥ずかしくて顔を見ることが出来なかった。

 

 あれは小学校の2年生の時かな。
1年生の時からずっと好きだった。
初恋ってやつだ。

晃大くんの笑顔が1番好きだった。心配性ですぐ
クヨクヨしてしまう私にとって、
おおらかで優しい彼の笑顔はいつも私を安心させてくれた。
なんだか、何があっても大丈夫っていう気持ちになれるのだ。

 
あの頷きの意味も確かめられないまま、3年生になった。
初めて告白されたりもして、晃大くんへの気持ちは薄くなっていった。
初恋って、そんなもんだろう。

 
記憶だけが甘酸っぱく、ふわっと残っている。

 
中学まで一緒だったけど、クラスも別々で部活も
違うし、まるで接点はなかった。
普通にいくつか恋をして、気がついたら大人になって。
仕事が忙しくて結婚はまだ、なんて思っているうちに20代も終わりが見えてきた。

 
初恋なんて完全に過去のもの。
それなのに桜が咲くと毎年思い出してしまうから
不思議なものだ。

 
このまま、想い出のまま胸に閉まって生きていくんだろうなと思っていた。


ところが。

今、私の目の前にいるのは晃大くんだ。

〝久しぶり。来てくれるなんてビックリしたよ。
元気だった?〟

〝うん。元気だよ。しばらく前に雑誌で見かけてね、いつか行ってみたいなって思ってたんだ。〟

 フォトグラファーとして活躍している彼の写真展だ。
晃大くんらしい、優しい色合いの風景写真がたくさん展示されている。

 〝ゆっくり見てってね〟

そう言って彼は知り合いらしき男性の元へ向かった。

 

世界中の写真がある。
こんなにあちこち行ってるなんて、知らなかったな。
彼の見てきた景色を見れるのは、なんだか嬉しい。

日本の写真もある。
お花の景色がたくさんある。コスモス、向日葵、
この桜は…

 〝良かったら、ちょっとそこでコーヒーでもどう?〟

 コーヒーを手にした彼と表に出た。

春の日差したっぷりで気持ちがいい。
桜の下のベンチに座ってコーヒーを受け取る。


 会うのが久しぶり過ぎて、何を話したらいいのか分からないし、とても緊張しながら会場へ来た。
けど会ってみると彼は変わらず、おおらかで優しい笑顔でいてくれた。
まるでつい最近会ったばかりみたいに会話が進んでいく。
安心した。〝大丈夫〟どこかからそんな声がした気がする。

 
〝ねぇ、あの桜の写真って…〟

〝気づいた?小学校の通学路にあった桜〟

 
ゆっくり、頷いた。


 
〝知ってる?桜の下で好きな人を思い浮かべて、両手をぱっと広げたときにね、
花びらが1枚手のひらに落ちてきたら両思いなんだって〟

 〝へぇ。やってみようか。…思い浮かべた?
いくよ、せーの!〟

 
2人で同時に手のひらを広げた。

 
〝あっ〟反射的に手を握る。
彼も手を握っている。

 
2人で同時にゆっくりと手を開く。

お互いの手のひらに、桜の花びら1枚。


風に吹かれて舞う桜の花びらに包み込まれる。

花びらから視線を上げて見つめあった。

 



たぶん、今
同じこと考えてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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