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闇を溶かした紫の光

壊れちゃうよ、このままじゃ…

暗闇の中。彼の体温だけを全身に感じる。
それから、彼の柔らかくて切なそうな声が静かに
頭の中に染み込んでいった。

壊れてるよ、とっくに。

頭の中で答えて、そのまま眠りについた。


ディエゴに出会うよりずっと前のこと。
休日1人で渋谷を歩いていた。何の目的もなく。
平日だからか多少人は少ない。前から歩いてきた男性とすれ違い、洋服でも見に行こうかなと考えていた時だった。
〝すみませーん、ちょっといい?〟
すれ違った男性だった。40代半ばくらいの。
〝ガールズバーとか興味ない?すぐそこなんだけどさ。ちょっと話だけ聞いてってよ〟
興味ないです。そう言って歩き続けても男性はついてきた。
〝まぁまぁまぁちょっと止まってよ。今日は休み?お姉さんは看護師さんかな?〟
当てられたことにビックリして立ち止まってしまった。
〝お、当たりね!まぁ、仕事柄人を見る目はあるからさ。うちね、看護師さんとか保育士さんとか
いっぱい働いてんのよ。中には学校の先生とかさ。
ちょっとお店の中だけ覗いてってよ。ほら、そこの階段だからさ。〟

別に興味なんて無かった。
気の迷いというやつか、魔が差したっていうやつか。
気がつくと私は店の中にいた。
想像していたのとは違う、古い喫茶店みたいな落ち着いた店内だった。
ネオンギラギラのガールズバーかと思ってた私を
見透かすように男性は話し始めた。
〝思ってたのと違うでしょ。うちのお客も落ち着いた男ばっかだから安心よ。話がしたいだけ。
変にセクシーな衣装もないし、さっきも言ったけどお姉さんみたいな人がいっぱい働いてくれてる。
お金が欲しい人もいれば、気晴らしで働いてる人もいる。ストレス発散とか、どっちが客だかわかんないくらい話し相手欲しくて働いてる人なんかもいるよ。後はそうだな、知らない自分に出会えるから。なんて人もいたかな。ま、無理に働いて欲しい訳じゃないからさ。気が向いたら来てよ。待ってるから。じゃ、これ名刺ね。よろしく~!〟

こういう場所に足を踏み入れてしまったら、
働く約束するまで帰してもらえないかと思ったけど、10分程度であっさりと店を出られた。

知らない自分に出会える。
妙にその言葉が脳裏にこびりついた。

看護師として働き始めて2年。ひたすら仕事だけに
時間を費やしてきた。自分で言うのもなんだけど、真面目に働いてきたし、周りからの評価も良い方だと思う。
ただ仕事人間過ぎて休みの日はだいたい1人でいるし、これといった趣味もない。
もし看護師にならなかったら、もし別の人生があったとしたら、私はどんな世界を生きれたんだろう。
ふと、そんなことを考える時がある。

怖いもの見たさ、に近いかもしれない。
知らない自分を見てみたい。そんな興味が日に日に心の中を占領していった。

そして私はあのガールズバーで働き始めた。

客の男性たちと話をしていると、知らない世界を知れた。仕事も境遇も様々。聞いているうちに何かが癒されていく気がした。
昼間の看護師としての私を忘れられる。
ストレスも悩みも、何もかも。
世界が広がっていくことにいつしか楽しみや喜びを見いだしていた。

仲良くなった客と外で会うことも増えていった。
食事だったり、どこかに出掛けたり。
時には絵を描く客のヌードモデルをしたり。
何故かキャバクラに一緒に行ったり。
クラブに行って夜通し踊り明かすことも覚えた。
一線を越えることもしばしばあった。その日限りの恋人がいつの間にか沢山出来てしまっていた。
誰と肌を重ねても平気だった。その時の私は誰でもない。何者でもない自分でいられることが心地よかった。
同時に怖さも感じていたけれど。
私、こんなに遊ぶの好きだったんだ
私、こんなにお金好きだったんだ
私、こんなに誰とでも寝れるんだ
私、こんなに…

この頃には刺激を求めて、たまたま街を歩いていて声を掛けられたAVにまで出演するようになっていた。落ちるとこまで落ちていた。
それでも昼間の看護師としての顔は保ったまま。
それが余計に私を壊していった。
もはや自分が誰なのか、どれが本当の私なのか解らない。

昼と夜

2人の私

どっちがホンモノ?


心も体もボロボロ。ディエゴにクラブで出会ったのはそんな頃だった。躍り狂う私をじっと彼は見つめていた。どうせいつものナンパ。ヤりたいだけ。
そう思っていた。

1回寝たら終わり、のつもりだった。

ディエゴは私を抱き締めたまま、それ以上のことはしようとしない。
ただただ、見つめてくる
ただただ、頬を撫でられる
ただただ、髪を優しく撫でる
何も言わない。
彼の体温がじんわりと私の緊張を溶かしていく。
ふいに、涙が溢れた。
訳もなく、私は泣いていた。

〝君は外に向けてる自分と、内側にいる自分がかけ離れてる。たぶん大抵の人はそんな君に気づかないけど。壊れちゃうよ、このままじゃ…〟

優しくそう言ってディエゴは私をぎゅっと抱き締めた。
初めて会った人なのに。
何も知らない人なのに。
こんなにも心の底から、そして身体中で、愛を感じたのは初めてだった。
ずっと埋まらなかった何かが、満たされた気がした。
泣いて、泣いて、泣いて。
泣き疲れてそのまま眠ってしまった。


それから1週間くらい経った。
ディエゴとベッドの中にいた。

〝外ではlady、ベッドではbitchっていうのが僕の国ではイイ女の条件なんだよ〟
〝私は…ただのダメな女よ?〟
〝マリは魅力的だよ。良いところも悪いところも誰にだってある。自分のダメだと思うところもちゃんと認めてる。踊ってたマリは欲望のまま自分の全てを出してた。ウソが無かった。そこに惹かれたんだ。〟

そう言うとディエゴはベッドから出て何かをもってきた。
〝プレゼント。開けてみて〟

開けてみると、艶やかな光沢のある生地のランジェリーだった。鮮やかな紫色。
紫なんて、選んだことない。
手にとってランジェリーを見つめた。

紫って不思議な色だ。
赤と青が混ざった色
上品にも下品にも見える
高貴さも卑猥さも感じる

そっと腕を通す。

〝鏡で見てごらん〟
ディエゴに促され、鏡の前に立つ。

赤と青が混じりあって紫が生まれるように、
私も自分の中の光と闇を愛せるだろうか。
今の私はディエゴが言うように、自分自身を認められてるとは思えない。
怖いもの見たさで知ってしまった自分の闇に、
真っ正面から向き合えるだろうか。
手遅れではないんだろうか…


〝似合うよ。とっても綺麗だ。
紫にはね傷を癒すパワーがあるんだって。〟

ディエゴは私を後ろからそっと抱き締め、
左肩にキスをしてくれた。










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