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金木犀

絶対浮気してるよ
遊んでたらどうするー?
不安じゃないの?
心配じゃない?
よく別れないね
私には無理ぃ~

彼と遠距離になって2年。この2年の間にどれだけ色んな人にこんな言葉を投げ掛けられただろう。
他人からしたら格好のネタでしなないんだ。

私の事なんて何も知らないくせに。
彼の事だって何も知らないくせに。

言ってもムダ。そう思って黙ると今度は、
あっ2人は大丈夫なんだよね~応援してる!なんて
腫れ物でも扱うかのような態度に切り替わる。

ウソつけよ。さっきまで私の事勝手に不幸だと
決めつけて楽しんでたくせに。



〝これ、なんの匂いだろう?〟
秋になるとどこかから甘い香りがしてくる。強く甘く、でもちょっとだけ切ない香り。

〝金木犀だね。〟
〝キンモクセイ?これが金木犀の香りかぁ!〟
〝あ、もしかして北国出身?〟

彼は私が転職した会社の先輩だった。
5つ年上で、お互い北国出身。
そして、お互いこの場所で金木犀の香りを知った。

〝向こうには無いもんね。あれが金木犀だよ。
こんなに小さな花の集まりなのにね…。
俺、好きだな、金木犀の匂い。〟

ちっちゃなオレンジ色の花がたくさん咲いていた。
ホント、こんな小さいのにあんなに強く香るなんて。
一瞬で金木犀が好きになった。

恋に落ちるのに時間はかからなかった。
そして、付き合い始めるのにもさほど時間は
かからなかった。

穏やかで優しくて温かい。
彼はそんな人だし、2人でずっとこういう温かい
関係を築いていきたいなって思っていた。

付き合い始めてから1年くらいだろうか。
彼が家業を継ぐため帰ることになってしまった。
私は仕事が順調にいっていた時期。彼は私がここに残ることを理解してくれた。
今が大事な時だよ。そう言って。

彼が出発の日。駅でお見送りをした。
〝君が幸せなら、俺も幸せだよ〟彼はそう言って
真っ直ぐに私を見つめると、人目も気にせずきつく抱き締めた。

駅の近くの公園で、1人ベンチに座る。
不安じゃない、なんて言ったら嘘になる。
寂しくない、なんて思える訳ない。

彼の言葉が頭の中で繰り返される。
私が幸せなら…?俺も幸せ…?
どういうことだろう。
彼の温かさを感じると同時に、心が離れてしまう、そんな不安を感じずにはいられない。

さらっと風が吹く。

金木犀の香りが私の周りに優しく広がった。
大丈夫よ、とでも言うかのように。

毎年一緒にこの香りを感じていたかった。
けど今はただ、信じるしかない。
再び一緒にいられる日が来ることを。


もうすぐ付き合い始めて3年の記念日が来る。

ふと思い立って何も持たずに散歩に出かけた。
穏やかな秋の夕焼け
赤トンボ
キバナコスモスが咲いてる
虫の声
犬の散歩
赤ちゃんの笑い声


あの金木犀の木の前で、足を止めた。
咲いてる。
ほんの少しだけど、咲いてる。

ふわっと風が吹く。ほんのりと金木犀の香りがした。

この香りが向こうにも届いたらいいのに。

変わらずあなたの事想ってるよ
ついて行かなかったこと、後悔した日もあったけど
色んな事言われて辛い日もあったけど
離れていてもあなたが側にいてくれてるの
ちゃんと感じてるから。
あなたが幸せなら、私も幸せ。
あの言葉、そのままあなたに届けたい。
金木犀の香りと一緒に


〝来週そっち行くよ。記念日、会えるかな?
伝えたいことがあるんだ。
金木犀、そろそろ咲いてる頃だね。〟

家で私の帰りを待つスマホに、メッセージが届く。



早く帰ってごらん、そう言いたげに
金木犀はより強く香りを放った。









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