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yellow afternoon

〝近くまで来たからさ、ちょっと寄っちゃった。
休みの午後だもんね、のんびりしてたでしょ?
あれ、模様替えした?〟
〝別にいいけど、出張は?〟
〝いやぁ、実はまたやらかしちゃって、他の人が
行くことになって。色々あってさぁ、今日は急な
休みってわけ!あ、でも用事あるからすぐ帰るよ〟
〝なるほどね。お茶くらいしていけるでしょ?〟
〝うん、ありがと〟

職場の同僚、真希が私の家に突然やってきた。
年も近く入社も同じようなタイミングだったため、私たちはすぐに親しくなった。入社からは3年くらいになるだろうか。
何かとほんわかとしている真希。
仕事を手伝うこともよくあるけど、仕事以外でも
遊びに行ったり飲みに行ったり、仕事仲間でもあり親友でもある。お互いの家に遊びに行くことも
多い。

〝ねぇ、紗季って黄色好きだったっけ?〟
〝好きって程でもないけど〟
〝へぇ。でも、なんか黄色って気分明るくなって
いいね。そこの黄色い薔薇もステキ!〟

特別好きな色では無いのだけれど。不思議と黄色に惹かれて部屋の中に黄色が増えていった。

ソファに座り2人で紅茶を飲む。なんてことのない
仕事の話をしながら。うんうんと、頷きながら私はぼんやりと別の事を考えていた。


1年くらい前のこと。ある日真希にランチに誘われた。紹介したい人がいるの、と。

先に席に着いていた私の前に2人が座る。
〝少し前からお付き合いしてる、蒼太さん。〟
〝はじめまして〟
顔を見て私は言葉を失った。
〝は、はじめまして…〟
はじめまして、と言い合ってしまったものの、私をじっと見つめる彼の瞳にも動揺の色が見てとれた。
間違いなく…
彼は私が学生時代の時の彼氏。何が原因だったのか覚えてないけど大喧嘩して、それっきり。
嫌いになったわけじゃない。けど、お互いに歩み
寄ることもなかった。
心のどこかで、いつかまた会いたいとは思っていたけど、まさかこんな形で再会だなんて…

ランチを終え仕事に戻り、ショックというか、
なんとも言えない気持ちのまま家に帰った。
ソファに横になってスマホを見た瞬間、また目を
疑った。
連絡が来ている。蒼太から。
〝久しぶり。はじめましてなんて言っちゃって。
言った後に気づいてさ、ビックリしすぎて言葉が
出なかった。他人のフリしてごめん。〟
〝連絡先、消してなかったんだ。まぁ、私もだけど。ホント、ビックリしすぎて頭真っ白になっちゃった〟

その日から蒼太と連絡を取り合い始めた。ポツポツと。他人のフリをしてしまった手前、どう切り出していいか分からず真希には黙ったまま。

ただ、懐かしいだけ。
悪いことじゃない。
何も起こりっこない。
確かに会いたいって気持ちはあったけど、付き合っていたのは過去のこと。
今、蒼太には真希がいる。

そう割りきれると思っていた、あの時までは。


真希が出張で出かけているため、真希の分の仕事もこなし、帰り支度をしていた時だった。
〝近くにいるから飲み行かない?〟蒼太からの連絡。
2人きりで会うなんて、付き合っていた時以来のことだ。
昔のこと、最近のこと、何でも話した。こんなに
笑ったの久しぶりかもしれない。
楽しくてつい飲み過ぎてしまった。
フラフラしてる私に〝ウチ来れば?〟と蒼太が
言う。
この頃には真希と蒼太は半同棲していた。
ダメだ…頭ではそう思っても酔ってどうしようもなくなっていた私はついていくしかなかった。

こんな事ダメだ。

いくら頭で自分を制しようとも、もう歯止めが効かなくなっていた。

私は蒼太が好きだ
私は彼と寄りを戻したい
私は彼を取り戻したい
私は彼が欲しい
私は…

あれから何度蒼太の家へ行き、求め合っただろう。

私も蒼太も、真希のスケジュールを把握している。
蒼太と時間を合わせるのは簡単だった。

真希を騙すつもりはない。
傷つけるつもりもない。
これからも親友でいたい。

真希にしたら、裏切りの以外の何物でもないことは分かっている。
でも、蒼太への気持ちは付き合っていた頃以上に、
どうしようもない程燃え上がっていた。


私は、なんて卑怯者なんだろう
一体どうしたらいい?


〝なんで黄色なの?〟
ベッドに横たわる蒼太が私を見つめる。
〝わからない。別に好きでもないのにね。何故か
気になるの最近。嫌なら捨てて。〟

でも蒼太は捨てなかった。
蒼太の気持ちをちゃんと確かめたわけじゃない。
けど、蒼太も私を愛してる、そう思いたかった。

モノトーンでスタイリッシュにまとめられた蒼太の部屋に異様に目立つ黄色。

黄色のコースター
黄色のペン
黄色のノート…
蒼太の部屋に来る度に、黄色い物を1つずつ置いていった。

真希に気づいて欲しいから置くのか?いや…
蒼太も真希を裏切ってる。
共犯よね?っていう気持ちを蒼太と共有したかったのかもしれない。


〝ねぇ、聞いてる?〟
〝あ、なんだっけ…ごめん、最近立て込んでたから
疲れてるのかも〟
〝いつも忙しいもんね。あ、そうそれで、彼の部屋に黄色いものが増えてて何か変なのって話よ〟
〝あ、あぁ…〟
〝おっと!そろそろ帰らなきゃ、トイレ貸して!〟


黄色、ついにバレてしまったか。
いやまだ分からない。冷静に、冷静に…
うそ、もうこんな時間?まずい!連絡しなきゃ…

立ち上がり、キッチンカウンターに置いたスマホに手を伸ばす。
トイレの水の音がしてドアが開いた。
ギクっとしてスマホに伸ばした手を引っ込めた。

真希が部屋に戻った。

〝そうだ、知ってる?黄色って東洋では喜びとか
太陽の光とか、良いイメージがあるけど、西洋では、キリストを裏切ったユダの色なんだって。
…裏切りの色。

そろそろ来る頃でしょ?〟

〝え…〟

ピーンポーン


凍りついた私の後ろで
玄関のチャイムが不穏な音を響かせた

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