「フレンパ」~友だち以上父親未満~ 第15話
「仲城さん、かなり親身になって支援してくれたんだね」
そう言う吾朗は、内心穏やかな状況ではなかった。なぜなら、現在、帝国通運本社の副社長である仲城が、以前から十和子と親密な関係にあったことを初めて知ったからである。しかし、ここでは敢えて冷静にそう言った。
「十年前、いま勤務しているコンサル会社のアメリカ本社に直訴して、東京支社への転勤を申請したら、すんなり承認されたの。それ以降すっと、副社長の仲城さんや、帝国通運側のカウンターパートを通じて、綾島くんの動きもウォッチしていたのよ」
そう言いながら十和子が、すでに冷めつつある点心に箸を伸ばした。
「それじゃ、亜矢子さんが、ウチの会社に入ったのも・・・」
「そう。仲城さんが副社長を勇退する前に、滑り込みでコネ入社させてもらったってこと」
確かに十和子の言う通り、副社長の仲城は来年の株主総会後、現職を勇退すると噂されている。ただ、この時、吾朗は聞くべきかどうか迷っていたことがあった。それは、十和子と仲城副社長との関係である。ひとりの女性に対して、身内でもないのに、そこまで面倒を見ることに対して、吾朗はかなりの違和感を抱いていた。
「もしかして~、私と仲城副社長の関係を、怪しんでる?」
点心を美味しそうに食べながら十和子は、訝るように吾朗を見つめた。
「えっ、そんなことは・・・」
「ちゃんと顔に出てるわよ、私が仲城さんと不倫関係にあったんじゃないかって」
「だから、そんなことは・・・」
そんな吾朗の言葉を遮るように十和子は、「まったく違うわよ」と、きっぱりとした口調で言った。
「私の父と仲城さんは、卒業した大学が同じなの。その同窓会が都内で毎年あって、そこで知り合って以降、昔から親しかったのよ。だから、私が妊娠したのに敢えて離婚を決断する理由を、父に納得するまで説明してくれたのは仲城さんだったの。もちろん、綾島くんのことは伏せた上でね」
そして十和子は、カナダから帰国後、帝国通運とコンサル契約を結ぶことができたのも、仲城の仲介であったことや、守秘義務を交わすことでカウンターパートからオフィシャルに入手した内部データから、吾朗の動向についても知ることが可能になったことを話した。
「それとね、かなり前のことなんだけど、亜矢子が東京の大学に帰国子女枠で合格したお祝いに、仲城さんを交えて三人で食事をしたの」
さらに十和子は、その時の会話がきっかけで、亜矢子は、自分の父親が吾朗ではないかと思い始めた可能性が高いと話した。
「テラス席で食事をしていた時、亜矢子が席を立って、お手洗いに行ったのね。その間に、仲城さんが綾島くんのことを話題にして・・・、『綾島君とは、ずっと連絡を取っていないのかね?』って。たぶん、亜矢子は、私たちの後ろにあった間仕切りの裏で話しを聞いていたのかも。それから、しばらくたって、『綾島さんって誰なの?』って聞いてきたから」
「なるほど、そうだったのか・・・。それで、十和子さんは何て?」
「ハンサムで、広東語の歌が上手で、素敵な人よ・・・、ってね」
「それじゃ、亜矢子さん、納得しないでしょ」
照れつつも怪訝そうな吾朗の顔を見ながら、十和子は続けて言った。
「だからかなぁ・・・。亜矢子が大学三年生の時、就職は帝国通運にしたいから、仲城おじさんに頼んでくれないかって、相談してきたの」
「それって・・・、自分の母親が語った儚い青春の相手を探そうとしたのか?いや、もしかすると、本当の父親かもしれない男が誰なのかを探ろうとしたのかもしれない」
そんな吾朗の言葉に頷きながら十和子は、亜矢子が帝国通運に入社した後、副社長である仲城の七光があったこと、そして英語が堪能であったことから、いきなり本社の海外企画部に配属されたことを話した。
「以前、綾島くんの支店に、亜矢子が精密機械メーカーの新規輸出案件を紹介したの、覚えてる?」
「ああ、それでウチの支店業績が、目立ってアップしたからね」
「それ、亜矢子に頼まれたの。何か、綾島くんにアプローチできるアイデアはないかってね」
「じゃあ、あのクライアントの新規輸出案件って、その裏には十和子さんが絡んでいたのか・・・」
「そう。長い間、黙っていてゴメンね。あの頃の亜矢子って、何かに取りつかれたように、綾島くんのことを調べていたから。母親としては、そんな彼女を、なんとか助けてあけたかった・・・」
そして十和子は、しばらく黙ったままであったが、おもむろに冷めてしまった点心に箸を伸ばすと、そのいくつかを、吾朗の取り皿の上に置いた。そんな十和子の所作を見ながら吾朗は、三年前に支店の慰労会で発生したカラオケボックスでの騒動を思い出していた。
「なるほど。そういうことだったのか・・・、でも三年前、カラオケボックスで亜矢子さんが急に部屋を出た件は?」
「知りたい?」
十和子が、じらすように笑みを浮かべながら言った。
「もちろん」
そして、今度もまた吾朗は、身を乗り出すように、十和子を見つめた。
「たぶん、綾島くんに話すと、ガッカリするかも」
「えっ?」
そんな不可解な表情をした吾朗を見てか、微笑んでいた十和子はすぐに真顔になると、少し間を置いて、ゆっくりと話し始めた。
第16話へ続く。
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