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自分なりの努力で何がいけないのか?

たまに見る言葉ですが、“努力は必ず報われる。報われないなら、
それは努力とは呼べない。だからこそ、報われる努力をしましょう”

こういう言葉を見る度、“もっと努力しろ。弱音なんか吐くな。”
脅されているような胃が痛くなるような、プレッシャーを感じていました。

被害妄想的な考えかもしれませんが、
“努力不足だ”と、他人に非難されたくないから、努力をする…
漫画を描く時、そういう考えで、何時間も机に座ってられるか、と
やり場のない憤りも感じていまして…

漫画家以外の人なら、強制される努力で働くモチベーションは
維持できるのか?という疑問ですかね…

何だか納得できない、この思いを今回、記事にしたいと思います。

その努力は、誰の為か?

“成果を出さないと、生活できないんだ。
周りの期待に応えないと、居場所がない。
だからこそ、成果が出る努力をするんだ。
無駄な時間を過ごす余裕なんてない。”

もし、現在、そんな状況なら、それは、
成果の出る努力をするしか、ないかもしれません。

時間だって有限ですし、いつまでも成果の出ない状況に留まるのは、
メンタル的にも疲弊していくばかりで、苦しいですからね…

しかし、そんな焦りを抱えたまま、もし思うような成果が出ないとしたら
立ち上がる気力さえ奪われしまうのではないか…

“それは、本当に、自分を活かす努力になるのか?”と、
それはそれで、私は、立ち止まって考えたくなります。

そもそも、自分は、何の為に、この努力をしているのか?

この努力をすると決めたのは、一体、誰なのか?

それは、自分が本来、望んだ努力であり、成果なのか?

周りの過度な期待に、振り回されて、決めていないか?

そんな疑問が湧き上がってきます。

私がアマチュア漫画家を選んだのも、
そういう経済的なコントロールをされて、
使い捨てされたくないなら、努力しろと強要される
そんな息苦しさに耐えられないな…と思ったからなんですね。

実際、つぶれそうになり、かなり参ってしまった過去もあります。

そんな状態になっても、誰も責任をとってはくれませんでした。

全ては自己責任、自分の判断…ただ、ただ、回復するのを待つしかない

たとえ、生活出来なくなろうと、それは努力を強要した人はお構いなし。

やりがい搾取が常態化していた環境で、その時から
“自分なりの努力でないと、私はつぶれてしまう!“と、
周りにコントロールされてないか、用心するようになりました。

“成果至上主義しかない努力”にはNOと言いたい

努力を評価する側は、とにかく成果でしか利益は出ない。
だからこそ、成果の出ない努力を認めるワケにいかない。
そんな考えなんでしょうが、

(あるいは「怠けてるだけだ!」と、自分の価値観と違う人に
イラ立ちをぶつけ、自分こそが正しいと言わせたいだけなのか…)

その結果、真に受けて、使いつぶされてしまう側の
痛みや苦しみを、想像すらしていません。

だからこそ、怒りが沸くんです。
“こんな価値観の人の為に、自分の努力の方向性を
決めてしまうなんて、おかしい!!”

これが、私が憤る気持ちの正体でした。

そして、つぶれそうになった時、強く感じたコトは、
“たとえ、報われない努力でも、自分の努力を、
なんとか、自分だけは、活かす方向にもっていきたい!”

そんな思いでした。

私自身、成果より、その課程である、
“努力を続ける『継続力』にこそ価値がある!”
という考えの人でした。

※どうしてもツラくて努力を続けられないなら、
ムリせず、休んで下さいね。
ペースや継続の仕方は人それぞれだと思うので※

漫画を描けなくなる時の原因としても、
“そもそも、この漫画を描いて、何の意味があるのか?“と
そんな成果ばかり追い求めていくと、
ドンドン漫画を描く情熱という意欲がなくなり、

ついには“無駄になるかもしれないから、もう何もやりたくない…”
そんな負の感情に飲み込まれ、自ら、その努力を無意味なものとして
投げ捨ててしまう状況に陥ってしまうとしたら…
それは、非常にもったいないな…と私は考えています。

“自分なりの努力”を活かす方法

成果がでなくても、
“今回の努力で、自分なりに得たものは何か?”
“過去の自分より、成長できた部分はないか?”
そこを振り返り、焦点を当てるようにしています。

成果が出ない時は、どうしても上手くいかない部分に
焦点を当てられてしまいますが…

だからこそ、あえて、

“この部分は、上手くいった!”

“今回は読者さんの反応が前より良かった!”

“伝える工夫を変えてみて、効果があった!”

“誰も応援してくれなくても、くじけず頑張った!”

“行動していた自分はえらい!素晴らしい!!”

そんな“目に見えない成長部分”をピックアップするようにしています。

そして、上手くいかなかった失敗でさえも、

“この部分が足りないのか…なら、この部分をもう少し学んでみよう”

“行き詰まっているみたいだから、誰かに相談してみようかな…”

“失敗してしまったけれど、チャレンジ出来た自分はスゴイと思う!”

経験を活かす方法を、模索していけば、
確実に、実のなる成長に近づいて、自分を活かしてくれる。

そうやって学ぶコトが出来れば、失敗すら糧に出来るのではないか…
私は日々、そんな風に考えています。

“自分なりの努力”で“自分を満たす成果”へ

大きな成果でなくてもいい、小さな自分の気づきを大切にする。

他者評価ではなく、自己評価で自分を伸ばす。

自分は何に満たされて、何を求めているのか、

真に“自分を活かせる努力”が出来るように、

“これで満足!”と言える、“自分を満たす成果”につながるように、

今日も“自分なりの努力”を続けていきたいと思います。

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