見出し画像

日々のこと 211218

「ことばと国家」という本を読んでいる。
先日行った大友良英さんの音楽トークイベントで「音楽と言語は似ている。この本は置き換えて読める。僕のバイブル」と紹介されたものだ。
いま私は韓国語を勉強しており「外国語を勉強するって、日本語を見つめることだな~」と常々思っていたところ。すぐ買って読み始めた。ラインを引きたい箇所だらけの本である。
大友さんの話は面白かった。他にもいろいろ興味深い話が軽妙に語られてたので、記憶力最低につき不正確ながら、少しだけ。

大友さんいわく、日本人は全員「一本締め」ができるという。ヨォーッ!(パン)というアレだ。掛け声から手拍子のあの「間」は、確かに意外と絶妙だ。にもかかわらず「外しちゃうんだよね」とかいう人を私は知らない。「じゃん、けん、ぽん」も同様で、私たちが忘れかけている日本ネイティブの「音楽」の生き残りではないかとの話。
言語にネイティブ(母語)があるように、音楽にもネイティブがある。

日本に「音楽」という概念は元々なく、三味線やら笛やらを引っくるめて「音楽」と括ったのは、黒船の来航以降、つまり西洋からの流れだそう。当時の人々が港に着いた黒船を震えながら見守る中、ペリーより先に下りてきたのは軍楽隊。インパクトは絶大で「めっちゃ驚いた~」という侍たちの記録がたくさん残っているという。初めての洋楽、こけおどし大成功。特にドラムやシンバルの打楽器の衝撃について書かれたものが多かったとか。なんか分かる。

音楽と呼ばれるものには「コード」があり、コードとは「進行」するものだという。そしていったん進行したコードは「戻る」のだ。D-G-AならDに戻る。例外のような行きっぱなしの例は「会津磐梯山」。またはジェームス・ブラウン。ゆうたら「リフもの」だそうだ。
会津磐梯山は途中でラップみたいのも入る。オハラショウスケさんがどうしたこうした。日本ネイティブ音楽、すごいことをしてますよね。

大友さんの話はキリがないのでこの辺で。
あ、イベントで披露された、初めて映画音楽を手掛けた中国映画『ブルーカイト』ライブ演奏が本当に素晴らしかったことは記したい。

ちなみに昨日は『ノイズ』という藤原竜也と松山ケンイチの新作映画を試写で見て「劇伴すごく良いな、誰だろう」と思ってたら大友さんだった。
この冬公開の映画『逆光』が見たいのだけど、それも音楽は大友さん。
仕事しすぎじゃないか。

記事を気に入ってくださったら。どうぞよろしくお願いします。次の記事作成に活用します。