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044.「ピクニックに行きたいな」が彼女の口癖だった

6月が始まった。通常勤務に戻る。
久しぶりに会う同僚、子どもたち、保護者とマスク越しでの会話が止まらない。
会いたかったんだ、こんなに話がしたかったんだと自分でも驚く。

子どもの成長スピードってのはすっごく早くて、2ヶ月会わないと「あ!歩いてる!」と驚くようなもの。
自分はどうだったのかな、なんて思ってみてる。


***
「ピクニックに行きたいな」彼女は口癖のように言う。

明日の日曜日どうする?と僕が聞くたびにそう言うのだ。

テイクアウトした珈琲を持って新宿御苑へ。
歩きながら話す。昨日みたラーメンズ傑作選の一押しのネタについて、いまハマってる漫画本について。君からおかざき真里を教えてもらって、お返しに彼氏彼女の事情の1巻2巻をあげた。

枝振りの良い木を見るたびに「あれなら登れそうだ」と言う君。
いつか本当に登り始めるんじゃないかと毎回ヒヤヒヤしたものだ。
眺めの良い日当たりの良い場所にぺたんと座って、伸びをする。
帰りに立ち飲み屋で一杯いや二杯飲むまでがデートコースだったね。

今でも覚えている。江ノ電に乗りたいリクエストで電車で遠出。
艶々にひかるいなり寿司を持って海を眺める。

しゅわんと早いスピードでトンビに奪われたいなり寿司。
あんなにおしゃべりな君なのに、声も出なかったね。
今でもあの驚いて声もでない君の表情を思い出すとフッと笑みがこぼれる。
よっぽど悔しかったらしい君と翌週にサンドイッチを持って同じ場所に行った。
警戒しながら完食したと思ったら、やおら立ち上がり、「勝ったぞ!」と叫んだのはどうかと思う。

自粛期間中、小さなほんとに小さな公園の遊具にさえ、ぐるぐるテープで固定され使用禁止になっている様を見て口を噛みしめていた。

「子どもには関係ないことなのに」悔しそうにつぶやく。

ほら。6月になったよ。
通勤路の緑は新芽が黄緑色だったとはしゃいで教えてくれたよね。
緑のトンネルは変わらずそこにあるよ。どう感じるかはそれこそそれぞれの自由だ。

週末には公園に行こう。お弁当はおにぎりが良いな。梅とおかかを混ぜたのと、ツナマヨおにぎりを。

君が笑うと僕は嬉しい。
僕らの住む街の公園の木ならきっと登れるよ。ほら今なら子どもたちと一緒に登れるから。


***
在宅勤務だった夫も出社の本日。
さっそく家族で夕飯を食べられなくなって、しょんぼり。悔しいから伝説の唐揚げは子どもらと完食したった。ハイボールを飲むペースも早い。

まだまざまざと振り返ることのできる2ヶ月間。濃厚濃密真空パックでとっておきたいくらい、蜜が溢れていた家族の時間。

ここからまた、ただいまとおかえりの日々が続く。
それでも帰ってくる場所があることが嬉しい。
おかえり。ただいまの声を待ちながら、こんなふうに文を綴っていく。

「ピクニックに行きたいな」
海をただただ眺めていたい。足を波に浸したい。
常に変わらずそこにあるもの、それに触れにいきたいのだ。





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