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わたしの人生、三部作。

はい、最初なので自己紹介記事を書こうと思います。
自己紹介というか、半生を振り返る自分語りです。
基本スペックは、
・主婦
・育児中
・ゲーマー
・オタク
・社会福祉士:精神保健福祉士
三部作でお届けします。興味あるとこだけ読んでくれたらいいと思います。
どうぞよしなに。

第一部~黎明のコンシューマー編~

4つ上の兄の影響で、普通に物心ついた時からゲームハードが家にありました。最初はファミコンから。
小さいうちは兄の隣で見ているだけの事が多かったけど、次第に自分で遊ぶことが増えてきて。
好きなジャンルはRPGやSLG。幼い頃スト2で兄にボコられたトラウマから格ゲー及びアクション全般は苦手です。今でもです。
小学校高学年ぐらいからは放課後はゲーム漬け、イラストを描いて同じゲーム好きの友人と見せ合ったり、とあるイベントで初めて同人誌を手にして同人沼にハマっていったり、立派なオタクの一丁上がりです。
この頃やったのはドラクエ、FF、聖剣伝説、BOF、FE、クロノ、アーク、WAとかとかその他諸々。スーファミ~プレステ初期の黄金期。

小学生の頃はまだ良かったけれど、中学生になるとそんなきもちわるいオタクは集団に馴染めませんでした。
中1の頃はまだ良かったけど、中2途中ぐらいから激しいイジメ。サクッと人間不信からの不登校に。
ますますゲームにのめり込んでいきます。ザ・親不孝
ちなみにこの時の主犯格3人と、それまで仲良くしていたのにわたしがイジメのターゲットになった途端手の平を返した連中は全員顔と名前を憶えているし、全員不幸になれと今でも心からお祈り申し上げております。忘れるかよ〇ね
運よくプレステ2が発売から早い段階で買えたこともあって、引きこもりの一丁上がりです。
家族や教師から色々言われたりしたけど、いやまぁあの時はアレだったから許してとしか。
この頃もFFとか幻水にハマってました。なお学校は行ってなくても共通のオタ趣味で仲良くしてくれた数名の友人と一緒に同人イベントは行ってました。いにしえの腐女子の誕生である。
今になって思えば完全な引きこもりというわけでもなく、この行動力があったからどうにかなったのかも知れない。

~コンシューマー編・完~

第二部~青春のアーケード編~

勉強は嫌いではなかったので、一応それなりの高校に進学するも、中学の時のイジメっ子が同じ進学先だったためここでもあっという間に居場所がなくなります。
唯一、オタ仲間の先輩がいたから入った文芸部はとても心地いい居場所でしたが、それだけでは心を保つことはできず。
結局高校もすぐに辞めてしまいました。でも今でも文章を書くことが好きなのはきっとあの時の先輩達のお陰。

しかし中学の時と違ったのは、オタ仲間の影響で音ゲーにハマりゲーセンに行くようになっていたこと。
学校は嫌いだけど勉強はしたかったわたしは親に頼み込み、高1にあたる歳の秋頃から宇都宮にあった大検(今は高認)の予備校に通わせてもらいました。ここも面白いところだったのでいつか改めて回顧録を書きたい。
この頃から通うようになったのが、ユニオン通りにあった今は亡きあのゲーセンです。今は宇都宮ケーブルテレビのオフィスになっていますね。前を通りかかると懐かしいです。あの滝。
この店は常連がとても大きな顔をしてのさばっており、一見に冷たいことから大変に評判が悪く2chで晒されることもしょっちゅうでしたが、たまたまオタ仲間の一人がこの店でとても顔の広い常連の男の子と仲が良く、わたしのことを常連に紹介してくれました。
学校からギリギリ歩いて行ける範囲だったこともあり、かくしてわたしも悪名高きケ〇ンズ常連の一人となったのです。
この頃やっていたのはKONAMI音ゲー全般。ポップンを中心に2DX、DDR、ギタドラと万遍なく遊んでいました。
排他的なコミュニティというのは、一度内部に入ってしまえば大変に居心地の良いぬるま湯のようなものです。
常連仲間も、何となく家や学校に居場所がないオタクやヤンキーだったり、落第した大学生だとかパチプロだとかが多く、とても居心地が良かったのです。

春になるとゲーセン近くの居酒屋でアルバイトを始め、予備校→ゲーセン→バイトのルーティンが出来上がりました。
自由になるお金が定期的に入ってくるようになった事から勝手に外泊などするようになり、夜遅くに遊び歩いても周囲の大人も同様のクズばかりだったので止める人もなく、かくして引きこもり娘は立派な不良娘へとクラスチェンジしたのです。
わたしはこの頃の経験をよく「あの頃はゲーセンに住んでいた」と言っています。
年上の常連仲間には車オタガンオタが多く、頭文字D、バトルギア、連邦vsジオンなどこの頃ハマりました。
ゲーセンで普通の高校生を見ると、少し羨ましくなることもありました。女の子が学校帰りに制服でプリクラを撮っていたり、学ラン着た男の子たちが格ゲーで盛り上がっていたり。
でもわたしにはここしかなくて、ゲーセンで恋あり友情ありのそれなりに楽しい青春を送っていたのです。
今でもたまに、眠っている時、普通の高校生になる夢を見ることがある。未練がましい。

学校以外の世界はこんなに色んな人がいるんだ、わたしみたいなクズ人間でも受け入れてくれる場所があるんだ、とイジメによって失われた自己肯定感を不良的活動によってメキメキと取り戻したわたしは東京のオフ会などにもよく行くようになりました。
17~18歳の頃は、ゲーセンに住みつつ2chのオフ板などよく参加していました。これまた今は亡き新宿の清龍によく行きました。今思えば危なっかしい限りですが、運の良いことに怖い思いをすることは殆どなく、若かったので色んな参加者さんに可愛がってもらえました。
17歳の時、無事に大検に合格したこともあり、東京への憧れが増していきます。
18歳になり車の免許を取得すると更にフリーダムになり、悪い仲間と共にパチンコ、麻雀なども覚えました。
この頃になるとアーケードカードゲームが台頭してきて、アヴァロンの鍵にドハマりし24h営業のゲーセンで一晩中やっていました。どうでもいいですがミヤコという名前を使いだしたのはアヴァロンが最初。
他にこの頃よくやっていたのは三国志大戦、MJ、QMAなど。音ゲー比率が下がって手を出すジャンルが増えました。
バイトをしつつ、面白おかしく毎日遊んで過ごしていましたが、周囲のヤベェ大人たちを見ていて、うっすらと中卒じゃヤベェな……と思い始めていました。
そんで色々考えて、周囲にメンのヘラった人がとても多かったこともあり、自分もヘラってたし、ヘラった人を助けられる仕事ができたらいいかなと思い、上京を決意するのです。

~アーケード編・完~

第三部~運命のネトゲ編~

上京したわたしは精神保健福祉を学び始めました。
ゲーセンほどではないけれど色んな人がいて、現役より2年遅れで入学したけど同い年の同級生も何人かいて、楽しく過ごせました。ちなみに、やはりというか何というかメンヘラの巣窟でした。
中学以来学校というのがトラウマになっていたけれど、学生時代はそれなりに楽しかったです。
連休になると地元に帰って仲間と遊んだり、コミケの時期には東京の自宅アパートを地元のオタ仲間に宿泊所として提供したりしつつ、学生生活を漫喫していました。
この頃は学校でも地元でもPSPでモンハンをよく遊んでいました。ポータブル2ndGの頃。太刀厨でした。

その頃、三国志大戦仲間であった一人の友人に勝手に家のPC にインストールされたのが完美世界。
あまりメジャーなタイトルではないので知ってる人は少ないと思いますが、顔を知っている友人と一緒に始めたということもあり、すんなりハマりました。
先の友人は割と早い段階でフェードアウトしましたが、その頃にはゲーム内で仲間がたくさんできていたので問題ありませんでした。
最初はテイマー職の女キャラをメインに遊んでいたのですが、サブでヒーラー職の男キャラを作ったらこれが大変に女子ウケがよかった。
ネナベの快感に目覚めたわたしは調子に乗り、更に遠距離火力職の男キャラを作りました。
タイミングよくゲーム内の友人から誘いを受け、集団対人戦を行うちょっと大きめのギルドにこのキャラを加入させました。それまでは自分で作った少人数ギルドでやってたので、これが割と人生の分かれ目だった。
しかし遠距離火力職は対人戦でこそ輝くものの、普段はぶっちゃけいてもいなくてもいい存在です。思ったほどモテませんでした。廃課金する財力もなかったので装備も普通だったし。
ちなみにこの辺りで学校を卒業し精神科病院に就職していましたが、割と長く付き合っていた彼氏に別れを告げられメンタルはどん底だったためズブズブとネトゲにのめり込んでいきました。
精神病院での仕事もなかなかエキサイティングで楽しかったのですが、守秘義務がありますのでお話できないのが残念です。いつか話せる範囲で。

ギルドに所属している期間が長くなるとだんだん仲良しで固定パーティができてきます。その中にいたのが現在の夫です。でもぶっちゃけいつからいたのか思い出せない。
スカイプでぐだぐだと喋りながらゲームをしているうちに、彼のやる気なく飄々とした雰囲気に惹かれていた……ような、気がする……。
やがてわたしの方からぐいぐいと迫り、ゲーム内では完全に男キャラ同士でイチャついている二人と認識されるようになっていました。
ちなみにわたしのキャラは別の女性と結婚していましたがその辺りも色々と複雑でまたの機会に書きたい。嫁ちゃん今でも大好き♡
オフ会慣れしていた私はオフ会にも積極的に参加し、自分で主催したりもしていたので、勢いで彼にもサシオフの約束を取り付けました。
そこからはまぁ詳細は省きますが遠距離ではあるものの数年間普通にお付き合いしたのち結婚し今に至ります。
遠距離で付き合っている間は、一緒に遊ぶツールとしてドラクエ10もやりました。βからver3くらいまで。プクリポ万歳。
リアル結婚式ではドラクエの画面を模した生い立ちムービーを自作して流し、序曲と共にケーキ入刀しました。やりたい放題。
一緒に住むようになるとネトゲにインすることもあまりなくなり、徐々にフェードアウトしていきました。

~ネトゲ編・完~

~そして伝説へ~

こうしてみると結婚するまでほぼずっとゲームと共に歩んできた人生でした。あと都合の悪い部分は少々端折っています。えへ。
オタクでいじめられっ子だったのでどうしても自分は陰キャのコミュ障って認識があるんですけど、こうしてまとめてみるとオフ会行きまくりだしそんな感じしませんね……。
思えばわたしはずっとゲーマーでいるけど、何のゲームをやっても頭一つ抜けた存在にはなれず、精々中の上程度、地雷ではないけどいると頼もしいっていう程でもない、といった辺りで成長が止まってしまうのです。
ゲームの才能はないんでしょうね。それでもいいんです楽しければ。
そして現在、第四部・怒涛のリアル育てゲー編を絶賛廃プレイ中です。
ゲームを遊ぶ時間は激減しましたが、遊び心は忘れずにいたいものです。
続編リリースまでしばらくお待ち下さい。
時間が無限にあったなら、いつかまたMMORPGでネナベプレイがしたいです。イケメンのペルソナ被るの楽しすぎるんじゃ。


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