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幸せの黄色いTシャツ

息子があるとき「おんなのこのほうが、いい」と言った。

保育園で3歳児クラスに上がったばかりのその頃は、これまでに無いような登園しぶりを繰り返していた。家から保育園は徒歩で1分ほどの距離だったので、朝、園の前まで連れて行っても、ちょっと手を離した隙に、まるで家と磁石で引き合ってるかのように、泣きながら家まで帰ってしまうことも度々あった。

園の事情で、保育士が前年の3分の2以上入れ替わり、0歳の頃からお世話になっていた先生方がほとんどいなくなってしまった。3歳児クラスになって、クラスメートが急に今までより10人くらい増えたのもある。そして、それまで一番仲良しだったお友達は、お引越しで転園してしまった。

新しい先生、新しいお友達。急に押し寄せた人間関係の変化にさぞかし戸惑っていたのだろう。息子がうまく関係を築けない相手も、中には結構いたようだ。奪われ、罵られ、噛みつかれ、叩かれ、泣かされて、まれに闘って泣かしてしまったり。

一人っ子で、初孫一人孫。兄弟喧嘩の経験も無し。のんびりぼんやりしていてもチヤホヤされて育っていた息子には、この時期、相当ハードモードな園生活だったのだと思う。

「おとこのこは、いやだ!らんぼうするから。」

「おんなのこに、なりたい。」

そう言って、それまで好きだった電車や車のおもちゃより、うさぎやパンダのぬいぐるみを欲しがった。硬くかっこいいものより柔らかく可愛いものに囲まれたがった。

TVでハマったのは、戦隊モノやライダーではなく「プリキュア」だった。

「プリキュアのパジャマが、ほしい。」

ある時、そうせがまれた。

キャラクターもののグッズは正直言って、高い。それ以前に、人気のキャラクターものは時期によってはかなり品薄になってしまう。案の定、近所の西○屋やヨー○ドーなど、どこを回っても、プリキュアのパジャマは品切れだった。ECサイトを巡回しても同様だ。

でも、なんとなく、息子のこの願いは叶えてあげなきゃいけない気がした。

色は何でもいい。そう息子は言うので、一番好きな黄色い無地のTシャツを買った。それに、ネット上からプリキュアのイラストを拝借して、アイロンプリント用の用紙に印刷し、えいや、で黄色いTシャツに転写してみた。

これで、胸の真ん中に大きなプリキュアのイラストがついた黄色いTシャツができた。ほら、これをパジャマにするといいよ。

寝る前にそのTシャツを着た息子は、本当に嬉しそうに、ずっと、手で胸のプリキュアをなでていた。それは、ほっとしているような、まるで、これがあれば大丈夫、とでも言いたげな仕草にみえた。

何度も着て寝て、何度も洗濯した。そのプリキュアの黄色いパジャマがぼろぼろに小さくなって着られなくなる頃には、もう、息子は「おとこのこはいやだ」と言うことも無くなっていた。

保育園は再び大好きで安心できる生活の場になり、男の子も女の子ともたくさん遊べるようになった。

◇◇◇

中学生になった今、きっとこのプリキュアのパジャマのことはすっかり忘れているのだろう。

けれど、相変わらず黄色は一番好きな色だという。当時いつも一緒に寝ていたぬいぐるみもまだ部屋にそっと居るし、遠足のお土産はついつい、もふもふしたかわいいマスコットキーホルダーに惹かれて買って来る。

少年マンガも少女マンガも、ぬいぐるみも、ロボットも。かっこいいものも可愛いものも、とりあえずだいたい好きだ。いったん確かめてみている。どんなときでも、男っぽい・女っぽい、など考えてみることもなく。

強いものも弱いものも、美しいものも醜いものも、どんなものでも君がそれを好きなら「すき」だと言えばいい。それがきっと、これからも君を守ってくれる。そして、それが君の力になる。

君が君のまま、幸せに笑っているなら、それでいい。

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