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【連載小説】ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい[#138]106 誕生日/ニール(1)

ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい~前世はSランク冒険者だったのでこっそり無双します~

106 誕生日/ニール(1)

◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…前世(前・魔王討伐隊『英雄』のアシュリー)の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女。
・ニール(ニコラス)……前『英雄』クリストファーの息子で、現国王の甥。正体を隠して冒険者をしている。
・ミリア…『樫の木亭』の給仕(ウエイトレス)をしている狐獣人の少女。ニールの正体を知っている。

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 この国には自分の誕生日を知らない者もいる。

 親のいない者や捨てられた者たちは、ほとんどが自分の生まれを知らない。生まれた時だけでなく、人によっては生まれた場所も、家族の顔も、自分の名前さえも。
 そんなのは少し考えればわかるような事だろうに、俺は今まで全く考えた事がなかった。

 自分の誕生日を知らない者は新年の祝いの日に歳を増やし、皆と一緒に祝うのだそうだ。先日行われた新年の宴の席で、その事を俺は初めて知った。

 『樫の木亭』の新しいバイトの彼も孤児院育ちで、自分の誕生日を知らないそうだ。
 ミリアさんはうっすらと覚えていて、多分春だった気がすると言っていた。でも正確な日を知らないので皆と一緒に新年に祝っていると。そしてデニスさんもシアンさんも、新年に一つ歳をとるのだそうだ。

 それなのに自分だけ誕生日を祝ってもらうなんて、ちょっと図々しい気がする。それを伝えたら、全く気にしなくてもいいんだと、皆から口々に返ってきた。
 祝いだと言っても、『樫の木亭』でやるのなら普段の営業とは殆ど変わらず、むしろ皆が飲む為のいい口実になるのだそうだ。
 そしてそういうがある時には、ちょっと特別なメニューや普段食べないようなデザートが用意される事が多い。客の方もそれを目当てでやってくるので、『樫の木亭』にとってもいい客寄せになるのだと。

「当日には、リリちゃんとおっきいケーキ作るからね」
 楽しみにしててと、ミリアさんとリリアンに言われた。いつだか三段重ねのケーキをと冗談でリリアンに言ったのが、しっかりミリアさんにも伝わっていたらしい。
 料理人でなく友達が誕生日のケーキを焼いてくれるなんて、そんなの生まれて初めてだ。嬉しさと照れくささで変な笑い顔になって、それを見た二人も一緒に微笑んだ。

 * * *

 今日は珍しく早めに午後の勉強が終わった。いや、多分早めに終えさせてくれたんだろう。
 時間が少し空いたので、早めに『樫の木亭』に行って給仕の手伝いをしていた。
 
 手伝いと言っても、『樫の木亭』が本格的ににぎわう時間にはまだ少し早いので、そんなに大変な仕事ではない。それでも自分が接客をすれば、その分ミリアさんたちが厨房の仕事に集中できるので助かると言ってくれる。
 しかも今日は特別なメニューを用意してくれるんだって。それならばと、手伝いにも余計に身が入る。

 ドアベルの軽い音が響いた。

 慣れてくるとドアベルの音でなんとなくお客さんの種類がわかるようになる。
 軽快な音をさせて入ってくるのは、大抵慣れている常連さんだ。
 旅人が入ってくる時には、少し鈍い音が長めに響く。そっとドアを開けようとするからだ。
 乱暴な人が勢いよくドアを開けると、ベルは弾かれたような強い音を鳴らす。

 今の音は、なんとなくどれでもないような…… 静かな音なんだけど、ちょっと慎重そうな、そんな気がした。

 いらっしゃいませーと、ほぼ反射的に声を上げて、扉の方を見る。そこに見知った顔を見つけて、驚いて咄嗟とっさに顔をらせた。

 な、な、なんで、従兄弟殿がここに来るんだ……??

 ほぼ同時に、周りの客たちがざわついた。

「え? ルーファス様!?」
 ドアベルの音に厨房から顔を出したミリアさんが、第一王子の名前を呼んで急いで出てくる。
 ああそうだ、ミリアさんは『ルーファス様派』だったっけ。
 そう思い出してちらりとミリアさんの顔を見ると、別に嬉しそうな顔はしていなかった。それどころか俺の視線に気付いて何かを伝えるように目配せをする。

 そっか。正体を隠している俺を気遣ってくれようしているんだ。その目配せですぐに気が付いて、目立たぬ所にそっと移動した。

 丁寧ていねいにお辞儀をするミリアさんに、騎士を連れたルーファスが話し掛ける。
「ルーファス・ジルクレヴァリーだ。営業中に申し訳ない。ニールと言う名の冒険者はここに居るかな? 冒険者ギルドに行ったら、ここにいるだろうと言われたのだが」

 その言葉が皆にも聞こえ、視線が俺に集まった。せっかく目立たぬ場所に居ようとしたのに、名指しで呼ばれたら、俺はもう逃げも隠れもできやしない。

「あ…… はい。俺です……」
 心の中で「バラさないでくれ」と祈りながら、返事をしてルーファスの前に出る。

「君か」
 ルーファスの目尻がふっと緩んだ気がした。
「先日、君が提出したこちらの書類の確認に来た。今、少しいいかな?」

 そう言って掲げたのは、先日爺様に手渡したバザーの企画書だった。

 * * *

 ミリアさんに案内された席に向かい合わせで座る。ルーファスの連れの騎士は少し離れた場所で立っているけれど、じっとこちらを見ているので、変な圧迫感がある。
 騎士だけじゃなく、店の皆の視線もなんとなくここに集まっているように感じた。

 ルーファスはいったいどういうつもりなんだろうか?
 ただ『王城の使い』としてここに来たのなら家名までは名乗らないはずだ。でも家名を出したのだから、王族として、俺の従弟としての用事だろうか。そうだとしたら、店に居る皆にも俺の正体がバレてしまう。

「私も読ませてもらったよ。なかなかに面白い企画だね」
 ルーファスは、まずバザーの事を褒めた。

 正直、驚いた。
 不躾ぶしつけなウォレスと違って、ルーファスは俺に向かって嫌な事を言ってきたりはしない、常識人な事はわかっていた。
 それでも俺に友好的な言葉をかけてくる事は今までに一度もなかった。嫌われてはいなくても、さほど俺の事を気にしてはいないのだろうと、そう思っていたから。

「商業ギルド、冒険者ギルドの共同企画という事で、両ギルド長の確認も得てきた。他のイベントなどに配慮して開催するのなら問題はない。ただし公園を利用する際には、王城への使用許可は1か月以上前には取得してほしい。担当の者にも話を通しておこう」

 それからルーファスが話したのは本当にバザーの事だけで、なんだか拍子抜けした。
 まさか俺の事に気付いてないのだろうかとか、そんな事さえ思った。いやそんなわけはない。ルーファスもウォレスも、俺が今は愛称のニールを名乗っている事は知っているはずだ。

「あとはここに君のサインを入れてくれ」
 しばらくの事務的な話の後に、ルーファスは俺の前に書類を1枚置いて指で示した。

 名前……って、本名を書かないといけないのだろうか……
 そう思って、ルーファスの顔をちらりと見た。

「君は冒険者なのだろう。名前を書けばいい」

 それを聞いて「ニール・エドワーズ」と、ちょっと慣れないサインを入れた。

「ニール・エドワーズ君だね」
 読み上げるルーファスの声が、そこだけ少し大きくなった気がした。

「そう言えば、正式に冒険者になったのは今日からだと聞いたが」
「は、はい。今日が15歳の誕生日で……」

「そうか、誕生日おめでとう、ニールくん」
 そう言って、ルーファスは俺に向かって優しく笑いかけた。
 そして、
「私は君の父親を、尊敬しているんだ」
 この言葉だけ周りには聞こえないような、小さな声で言った。

 ようやく俺は…… 何故ルーファスが自らここに来たのか、その理由に思い当たった。そして、わざわざ彼が家名を名乗った理由も。

 国王に嫌われている俺は、王城で皆に今日を祝われる事はない。爺様とは昼食を一緒にして祝いの言葉を貰ったが、たったそれだけだ。それでも俺に不満などは全く無かったのだけど。

 ルーファスは、俺に直接祝いの言葉を寄せる為に来てくれたのだろう。そして、自分との繋がりが皆に分からぬよう、俺には母方の実家の家名を名乗らせて。

 * * *

 ルーファスが帰ると、店はまたちょっと騒ぎになった。

「まさかルーファス様がこんな店に自ら来るとはなあ……」
「おいおい、こんな店とは失礼だな。こんな店でも、クリストファー様御用達だったんだぜ」
 客の言葉に、トムさんが自慢げに返した中に、父の名前が出てきて驚いた。

「え……と……クリストファー様が……?」

「ああ、アシュリーとシアンが、何度か討伐隊の皆様を連れてこの店に来ているんだ。勿論、『勇者』ルイ様も、メルヴィン様も来たぞ」

 トムさんの話に続いて、店に居た常連の一人が声を上げる。
「俺もそん時にこの店に居たぞ。あの時は皆で飲んで食って大騒ぎしてなあ…… 飲み比べなんかもしたぞ。王子様とは思えねえ、気さくな良い方だったよ」
「そうそう、あの時はアレクサンドラ様も一緒に居てな……」

 皆の口から次々と、俺の知らない両親の思い出話が出て来て驚いた。
 当時の仲間のアシュリー様やシアンさんが西の冒険者ギルドの出身だったのは知っていた。でもこんな所でこんな形で皆と父様方との繋がりを知るなんて……

 そしてここの皆が父様や母様の事を全く悪しくは言わずに、むしろ受け入れてくれている事に、なんだか温かいような嬉しいような不思議な気持ちが沸いた。

「そういやあ、ニールは貴族だったな。家名があるのも当たり前だよな。さっきはちょっとビックリしたよ」
「俺もう忘れかけてたな」
 また別の常連客たちから声がかかった。ルーファスに名前を読み上げられた時の事だろう。

「まあ、うちは田舎の貧乏貴族だからさ」
 そう返すと、そっかそっかと皆で笑う。

 この居心地の良さに、胸をほっと撫で下ろした。

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(メモ)
・クリストファー…前・魔王討伐隊の『英雄』の一人で、ニールの父親。故人
・アレクサンドラ…前・魔王討伐隊の『サポーター』の一人で、ニールの母親。体調を崩して故郷で療養している。

 ルーファス(#37)
 バザーの企画(#100)
 悪しく言う(#56、#81)
 店に来た(Ep.6)


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