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【連載小説】ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい[#156]118 神器

ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい~前世はSランク冒険者だったのでこっそり無双します~

118 神器

◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…前世(前・魔王討伐隊『英雄』のアシュリー)の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女
・ウォレス…シルディス国の第二王子。自信家で女好き。ニコラスの事を卑下している。
・デニス…リリアンの先輩でSランク冒険者。リリアンに好意を抱いている。
・シアン…前・魔王討伐隊の一人。アシュリーの生まれ変わりであるリリアンに執心している。
・ニール(ニコラス)…王族の一人。前『英雄』クリストファーの息子で、現国王の甥
・マコト…神の国(日本)から召喚された、今回の『勇者』
・マーガレット(マーニャ)…先代の神巫女でもある、教会の魔法使い
・メルヴィン…教会の魔法使い。前・魔王討伐隊『英雄』と同じ姿形で同じ名前を名乗っているが、偽物。正体は不明。

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「隣の部屋の声がうるさくて、寝付けないんだ」
 私の部屋に入ってきたウォレス様は、金の髪をかき上げながらそう言った。
 そして彼の後ろで扉は閉まった。

 例のミリアちゃんの件もあったし、おそらくそういう目的だろうなとは、すぐにわかった。
 嫌がればいいのに、抵抗をすればいいのに。何故かすとんと思考が止まった。

 ……抵抗してはいけない。ここでいさかいを起こしたら、皆の和が崩れてしまう。
 私たちは仲間なんだから……

 私の中のアシュリーがそう言って足を留める。
 大丈夫だ。いつもされていた事じゃないか。今更だろう。どうって事はない。

 私はけがれている――

 気持ちが深い所に落ちかけた。

 ――違う…… 

 今の私が必死でそれをすくい上げる。

 嫌だ…… どうして……
 こんなの仲間じゃあない。以前の仲間たちは、私にこんな事はしなかったのに……!!

 心が弾けたような気がして、咄嗟とっさに部屋から飛び出していた。

 廊下でデニスさんとシアさんにばったり会った時に、明らかにほっとした自分が居た。でも何があったのかなんて、とても言えなかった。
 優しい二人は私の為にウォレス様を責めるだろう。こんなつまらない事で揉める必要はない。

 でもウォレス様が私の部屋から出てくると、やっぱり二人は怒り出してしまった。
 ウォレス様はそのまま怒って宿を出て行ってしまい、シアさんは彼の後を追った。

 私のせいだ。

 そしてその夜、ウォレス様とシアさんは帰ってこなかった。

 * * *

 旅先だろうと、いつものように一番鶏よりも早く目が覚める。
 以前の討伐隊の時と同じように、そしてリリアンとして町で生活をしていた時と同じように、町の広場に出かけて早朝の鍛錬をする。
 しばらくして遅れて起きてきたデニスさんも合流し、二人で体を動かした。

 宿に戻るとちょうどニールが起き出してきたところだった。ニールも毎朝鍛錬をするはずなのに、今日は少し寝坊したようだ。
「昨日の晩はマコトと話し込んじゃってさーー」
 どうやら、もうマコトさんを呼び捨てにするほどに仲良くなったらしい。
 そういえば馬車でもニールはマコトさんと話をしたがっていた。これじゃあマコトさんもあまり寝付けなかったのではないかと、ちょっと心配になった。

「旅をするには体が大事だからな。夜はしっかり体を休めないと。夜更かしはダメだぞ」
 デニスさんが、まるで保護者のようにそんな事を言う。
「わーってるよ。って、そういやウォレスが部屋を出たきり帰ってこなかったんだけど」
「あ、ああ…… 多分飲みにでも行ったんじゃないか? 一人で出かけようとしたから、シアンさんがついて行ったが…… シアンさんもまだ帰ってないな」
「えっ…… って事は泊まり??」
 そう言って、ニールが顔を赤くした。

 大人の男性が夜に出掛けて朝まで帰らないというのは、大抵はそういう事だ。
 流石のニールでも、そのくらいはわかるのだろう。

「ま、まあ、二人とも大人だしな」
 デニスさんが言い訳のように言ったのを聞いて、なんだか喉の奥がムカムカするような、変な気がしてきた。
 ……なんだろう?

 なんだか気分がすっきりしないが、朝のうちにやらなくてはいけない事はまだ残っている。
 『サポーター』の仕事は戦闘中のフォローだけではない。旅の間の『英雄』たちの身のまわりの事もしなくてはいけない。今朝はまず洗濯だ。
 『サポーター』は私一人ではないが、ウォレス様はまだ帰って来ていない。もう一人、メルヴィンさんもまだ見かけないが、彼はきっと部屋にいるのだろう。

 マーニャさんとメルヴィンさんの部屋の扉を叩く。扉が開くと、むっと汗と何かが混ざり合ったような匂いが流れだしてきた。
 その匂いで、昨晩二人が部屋で何をしていたかがわかった。こういう時は獣人のよく利く鼻が恨めしくなる。

 顔を出したのはマーニャさんだけだった。洗濯をするからと伝えて、二人の汚れ物を出してもらい、できればメルヴィンさんにも手伝ってほしいと言伝を頼んだ。
 開いた扉の隙間から見えるベッドの上に、裸の男性の背中が見えた。

 宿で借りたたらいに湯水を張り、集めた皆の汚れ物を洗っていると、一人では大変だろうとデニスさんが手伝ってくれる。デニスさんは『英雄』なのだから、こんな事は任せておいていいのに。
 二人で洗濯物をかき回しながら、そういえばと思い出した。

「メルヴィンさんの正体ですが、鑑定をすればわかるのをすっかり忘れていました」
「へ?」
「魔力の匂いが以前のメルヴィンさんと違うのと、彼の匂いに覚えがある気がしていたので、そればかりを気にしてしまって。すっかり鑑定の事を忘れていました」
「そういえば、リリアンは鑑定もできるんだったな」
「はい。でもそのメルヴィンさんが起きて来ませんね」
 苦笑いをして応えると、デニスさんが私の頭をポンポンと叩くように撫でてくれた。

 しばらくしてようやく帰ってきたウォレス様とシアさんが、顔を洗いに水場に来た。
「おはよう。ウォレス様もおっさんも、汚れ物があったら出してくれ」
 デニスさんの言葉に、シアさんがああと眠そうにあくびをしながら返事をする。
 二人の方から、さっき嗅いだのと同じような匂いがして、思わず顔をしかめた。

「俺も手伝うよ」
 そう言って、シアさんが隣に腰を下ろす。
「私がやりますから、ニールたちと一緒に居てください」
 二人が初日の晩から居なくなった事で、ニールとマコトさんが心配をしている。さっさと顔を見せて安心させてやってほしいと、そんなつもりだったのだが、また喉の奥がムカムカしていて、なんだか不愛想な言い方になった。

「あ、ああ……」
 シアさんが何故か不安そうな声で返事をする。
 胸のムカつきを深呼吸で晴らそうとして、隣にいるシアさんの匂いを無意識に嗅いでしまった。
 ……うん?

「……酒と香水の匂いがする」
 周りに聞こえぬように小さい声で言うと、やたらと気まずそうな顔で逃げるように行ってしまった。
 まさか娼館に行って何をしてたかなんて、そんな話をするつもりはなかったんだけど。
 でもシアさんからは酒と香水の匂いしなかった。

 * * *

 皆で訪れたラントの町の教会で、司教と交渉をするのはリーダーであるニールの役目だ。でも今まで王族らしい活動をしてこなかった彼にとって、これは今までの人生で最初と言えるほどの大仕事なのだろう。

 幸いにもラントの教会の司教は穏やかな老人だった。
 ガチガチに緊張したニールが神器を譲ってもらうように願うと、にこにことしながら見事な宝石飾りのついた杯を差し出した。
「どうぞこれをお持ちください。皆様の旅に幸あらん事を」
「あ、ありがとう!!」
 ニールが両手で杯を受け取ると、司教は穏やかに微笑んで頭を下げた。

「じいさん」
 皆の後ろで静かに見ていたシアさんが、怪訝けげんそうに司教に話しかけた。
「これで本当にいいのか? 他のヤツらはもっと大きな要求をしてくるだろう」

「いいえ、私たちはこれで十分です。16年前の討伐隊の方々と同じように、皆さまも最初の町にここラントを選んでくださった。皆様にあやかりたいと、この町にはまた多くの冒険者が訪れるでしょう」
 そうしてまた町が潤うのだと、司教は言った。

「なあ、シアンさん。さっき言ってた、大きな要求ってどんなのがあったんだ??」
 教会を出て最初の辻を曲がった辺りで、ニールがぽつりと訊いた。

 それを受けたシアさんは、ちらりと辺りに視線を回すと、低い声で話し始めた。
「……村をおびやかす魔獣を退治してほしい、なんて事なら全然構わない。民衆の為になるのなら、それが魔族の対処でなくても力を貸すつもりは十二分にある。でもそんなのばかりじゃなかった。ダンジョンに潜って代わりの宝物を持ち帰れ。高位魔獣を倒してこい。娘を王子の側室にしてほしい。夜の相手をしろ。そんなんばかりだ。特に…… 最後の要求が多かったらしい…… 俺は途中までその事に気付けなかった」

「えっ!? 夜って……」
「ああ、そういう事だ」
 その言葉に、デニスさんとマコトさんも顔をしかめる。逆にウォレス様は興味深そうにほうと漏らした。

「……なんでだ? 魔王を倒す為にそんな事が必要なのか……?」
「それが彼らの愉しみだからよ」
 不意にマーニャさんの言葉が投げ込まれた。
「え? 愉しみ……?」

「昔から何度も繰り返される魔王討伐ごっこに民は飽きてきているの」

 他国との争いもないこの国は、皮肉な事に魔王という敵の存在により、この国自身の結束と平穏が保たれているのだ。
 しかしその魔王との争いにすら慣れてきてしまい、権力者たちはさらなる愉しみを求めたのだと。

「ただ『勇者』に神器を渡すだけではつまらない、という事らしいわ。前回の討伐隊は上玉揃いだったから、特にそういう事を求める者が多かったんじゃないかしら」
 マーニャさんは眉をしかめるでもなく、涼し気にそう語った。
 エルフのマーニャさんにとっては、も大して気にするほどの事ではないのだろう。

「ニール。お前の父親――クリスは優しすぎた。どうにか波風を立てずに、穏便に済まそうとしていたが、そうはいかなくて何度か仲間が傷ついた。あいつはその事をひどく後悔していた。お前はこの一行のリーダーだ。お前の選択が皆の先を決めるぞ」
 シアさんがニールの肩を叩きながら言った。

「今日みたいに穏便に済むことは珍しい。大抵は下心があるヤツばかりだ。交渉をするときには変な遠慮はするなよ」
 その言葉にニールは口を堅く結んでうなずいた。

 * * *

 念の為、冒険者ギルドに寄って魔族の情報についての確認をしたが、流石に王都に近いこの町までは、まだその情報は寄せられていないそうだ。

 全ての用が済み、次の町を目指す。ここまでの様に馬車を使うのでなく、私が座標を出しメルヴィンさんが転移の魔法を使う事になった。

「さあ、行きましょう。ジャスパーさん」
 馴れ馴れしく私の肩を抱く彼の、本当の名を呼ぶ。驚いたように見開かれた目はやがて緩やかに崩れ、不敵に微笑んだ。

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(メモ)
 ミリアちゃんの件(#92)
 エルフ、そういう事(Ep.11)


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