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【連載小説】ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい[#052]44 兄/ミリア

ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい~前世はSランク冒険者だったのでこっそり無双します~

44 兄/ミリア

※性的な事を示す内容が含まれる部分があります。ご注意下さい。

◆登場人物紹介(既出のみ)
・ミリア…『樫の木亭』の給仕(ウエイトレス)をしている狐獣人の少女
・ジャスパー…『樫の木亭』夫婦の一人息子で、Cランク冒険者
・ニール…冒険者見習いとして活動している自称貴族の少年
・アラン…騎士団に所属しながら、ニールの「冒険者の先生」をしているBランク冒険者
・マーニャ…エルフでBランクの魔法使い。美人で酒に強い。

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 私たちを守ってくれるはずの森が、幼い私に向けたのは死への誘いだった。湿った汚い土の匂い。木々の間を抜ける濁った風。何かを求めて彷徨さまよう獣の鳴き声。

「私は死ぬんだ」

 獣人たちは墓を作らない。その遺骸は、森へ土へと還れるように、そのままで捨てられる。
 私の両親はそれをしただけなのだ。それには私がまだ死んでなかっただけだ。その順番が違っただけだ。

「殺してくれれば良かったのに」
 せめてもの苦しまぬ死を願いながら目をつむった。

 口元に水を注がれて気が付いた。むせかけながら水を飲み込み、目を開けるとぼんやりと人の顔が見えた。

 きれいなひと…… そう思った。

 風に波打つ、流れる金の髪。深く青い瞳。その美しく整った顔は心配そうに私を覗き込む。
「大丈夫かい?」
 そう問う声も耳に心地よく、優しかった。

 それまでの私はもう要らない。それからの私だけが私でいい。

 私は幸せだ。
 親に捨てられたけれど、すぐに拾ってくれる人が居た。
 その人たちは、私の為に色々なものを与え、道も作ってくれた。
 今、私がこうして望むように生きていられるのは、その人たちのおかげだ。

 孤児院には私の様に親に捨てられ、拾われた子も沢山居る。
 そんな子たちは、成人したらそこからは一人で生きていかなければいけない。
 余程の才能や幸運に恵まれている子はほんの一握りで、そうでなければ道など選べない。男性は食べていく為に冒険者になる者も多い。女性なら良くて下働き、体を売る者も。
 そんな子たちにとっては、「将来の夢」だなんて、本当に夢でしかない。

 そんな人たちを知っているからか、ジャスパーくんのあの甘えが腹立たしかった。
 トムさんとシェリーさんがすっごく頑張ってお店をやっているのを知っている。ジャスパーくんは、その姿を横目でみて、何もしないで偉そうにしていただけじゃない。
 なんの不自由もない家に生まれて、ちゃんと家族がいて、生きていける場所もあって。でもそれは嫌だって冒険者になって。
 それなのに、どれもあっさりと捨てようとした。多分それが許せなく思えたんだろう。

 本当はちょっとだけ、ニールくんもそんな感じの甘ちゃんなんじゃないかと、最初はそう思った。貴族のお坊ちゃんだそうだし、自分ではなんの苦労もしていなさそうな、高そうな装備を着ていたし。
 でも、次の時にはその装備は変わっていて、一生懸命デニスさんやリリちゃんに色々聞いて勉強もしている様で。話をしてみたら全然偉ぶらないし、一緒に働いてみたら意外に真面目で頑張り屋で。
 あと私の話を聞いてあんなに悲しんで…… 私は大丈夫なのにね。でも、優しいんだなあって。

 今日はそのニールくんは居ない。リリちゃんも、今朝デニスさんと出掛けてしまったし。
 今夜の給仕はジャスパーくんと二人でとか、もう今から色々と思いやられて、頭が痛くなりそうだわ。

 アランさんがやってきたのは、ランチの営業が終わる頃の時間だった。
「すいません…… ニールはこちらにお邪魔していませんか?」
 どうやら混雑する時間を気にして、それを避けて来たようだ。
「ああ、良かった。お昼が終わったら届けに行こうと思ってたんですよー」
 そう言って、ニールくんから預かった手紙をアランさんに手渡す。
「なんか急用が出来たそうで、マーニャさんとお出掛けされました。今日は戻れないって言っていましたよ」
 そう話していると、手紙を読んだアランさんの顔が良くない風に歪んでいくのが分かった。

「……大変ご迷惑をおかけして、本当にすいません。ちょっと教会に行って速達便を出してきます。夜の帰り道は私がお送りしますから」
 アランさんは出したお茶に口を付ける事もなく、テーブルに代金だけ置いてバタバタと出て行ってしまった。
 相変わらず、アランさんはニールくんの事で忙しそうだ。でも、その忙しい素振りの中にも、どこか優しさが隠れているような気がした。

 昼のランチ営業が終わると、夜の仕事が始まるまでは自由な時間だ。今日は少しのんびりして過ごそうと、自分の部屋に戻った。
 涼しい風が通り抜ける場所を選んでラタンの椅子を置く。読みかけていた本を開くと、しおり代わりにしていた、5色に光る羽根が床に落ちた。
 もう一人の「お兄ちゃん」がお土産にくれたものだ。
 これが何の羽根なのか、私にはわからない。でもおそらく貴重な物なのだろう。皆にはナイショなと、わざとらしく口に手を添えてこっそりと私に言った。
 あれからもう何年も経つのに、この羽根は抜ける事もへたる事もなくまだキラキラと輝いている。

 ほら、またこうして私に沢山の物をくれる。
 でも私は、貰うばかりで……
 私は誰かに何かをあげられているのだろうか?

 アランさんは夜の営業が忙しくなる前に来て、洗い物などの雑用を手伝ってくれた。ニールくん不在の、少しでも穴埋めになるように、ですって。
 本当はジャスパーくんが居るのだから、もう人手は足りているはずなんだけれどね。それには、まだジャスパーくんは頼りなさすぎる。
 そんな事を思った矢先に、ホールの方から大きな物音が響いた。慌てて駆け付けると、やっぱりジャスパーくんがお皿を落としてしまったそうだ。
 そう思って、今日は木のお皿を出来るだけ使う様にしておいて良かった。木のお皿は手入れがちょっと面倒なのだけれど、それで割らずに済んだのならこの方が良い。
 なんとなく今日は…… せめて怒りたくはないなと、そう思った。

 結局アランさんは、私の仕事が終わる時間までずっと店に居てくれた。
「ニールが居ない分、仕事は昼のうちに済ませられましたから、大丈夫ですよ」
 アランさんは、デニスさんより年下なのだけれど、言動はデニスさんより大人っぽい気がする。
 帰り道でもさり気なく暗がりに近い側を歩いてくれたり。言葉も相手が気付かぬ程度に選んで話しているのがわかる。気遣いをする性格なのだろう。

「今日は急にすいませんでした。……どうやら、ニールのお母様が体調を崩されたとの連絡があった様で、それで急ぎ故郷に向かった様です。私にはミリアさんの護衛があるから残るようにと」
「遠いんですか?」
「馬車で三日程かかります」
「私の為に、すいません…… アランさんは追いかけなくていいんですか?」
「先方に着いたら状況を知らせる様にと、速達便で手紙を出しておきました。その様子によっては私も行きますが……」
 アランさんは、そこで少し視線を落として息を吐いた。
「正直、お母様のご容態が心配な気持ちもありますが、ニールが自分でこういった判断をして自ら動いている事に、成長をしたなあと感心している気持ちもあります」
 アランさんをそっと見ると、なんだか少しだけ優しい顔をしていた。

「……ニールは、幼い頃にお父様を亡くされているのです。兄妹も居ないので、近しい家族はお母様だけなんですよ。そのお母様を置いて、王都に出てきている。ずっと離れて暮らしているから、余計に心配なんでしょうね」
 そう言うアランさんも、ニールくんの心配をしているのがわかる。
「アランさんは、なんだかニールくんのお兄さんみたいですね」
「私は雇われの身ですよ」
「でもなんだかそう思えます」
 そう言うと、アランさんはちょっと首を傾げた。
「そうですか? 自分ではわからない、ですが……」
 そっと微笑んだ。
「でもなんでしょう…… 言われて悪い気分はしないです」

「そういえば昨日の夜、デニスさんの様子がちょっと変だったんですけど…… 何か知ってますか?」
「いいえ。夜って『樫の木亭』に来た時ですか? いつもと変わらない様子でしたが…… 何かマーニャさんとお話をされていましたよね」
 アランさんは何とも思わなかったらしい。
 マーニャさんはどうやら気付いていたようで、あの時私も気付いたけれどもマーニャさんが任せなさいと言う様に目配せをしたので、気付かない振りをしておいた。
 ちょっと気にはなるけど、今はデニスさんも居ないし、アランさんも知らないなら仕方ないわよね。

 アランさんにお礼を言って、部屋に入った。
 窓際に置いたラタンの椅子の上に、読みかけの本が置いてある。本に挟まった栞はわずかに顔を覗かせていて、それは月の光を受けて昼よりも一層輝いていた。
「そろそろ帰って来ないかしら……」
 元気にしているだろうか。無茶な事をしてはいないだろうか。
 もう1年以上も会っていない。どこで、何をしているんだろう?

 * * *

 家に戻ると、ニールからの速達便が届けられていた。
 アレクサンドラ様の不調はちょっとした夏風邪だったようで、ニールが着いた頃には熱も下がっていたそうだ。
 手紙には、このまま問題がなければ明後日には帰ると書かれていた。
 どうやら、マーニャさんがお仕事の都合で故郷の近くの町に用があり、それに便乗させていただけたらしい。あの距離を、いったいどんな方法を使えばこんなに早く着けるのだろうか。
 いや、それよりもマーニャさんにご迷惑をおかけしてはいないか、とても気になる。

 そんな風にやっぱりニールを気にかけている自分に気が付いた。
「兄みたい…… か……」
 なんだかこそばゆい気がして、ふと目をやった先で、揃いのアミュレットが月の光を浴びてかすかにきらめいていた。

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(メモ)
 ミリアの過去(#24)
 ミリアの部屋(#27)
 速達便(#18)
 ニールの装備(#8)


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