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【連載小説】ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい[#020]17 黒の森の王/

ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい~前世はSランク冒険者だったのでこっそり無双します~

17 黒の森の王/

 金狐きんこ族は神仕えの一族だ。獣人のうちでも特に神に近いと言われている場所に住み、大きな神殿で獣人の神をまつっている。それは森の奥深くにあり、そこへ行く為には獣人たちの背よりも遥かに高い木々の間に作られた林道を抜けなくてはならない。

 その林道を二人の獣人が歩いていた。
 木々のお陰で日差しはやわらいでいるとはいえ、一人はこの暑い季節に深いフードの付いたマントを羽織ってるのが、いささか異様にも見える。
 もう一人は銀髪に銀の耳と尾を備えたまだ若き青年だ。彼はこの季節にあった涼し気で、しかし品格のうかがえる麻の服を着ている。
 端から見ると、身分のある者とその付き人とでも見えるだろう。

 金狐族の門番は一瞥いちべつして彼らを通した。
 同族でない事はすぐにわかったが、灰狼かいろう族は敵ではなく警戒する理由はない。他種族の者が神殿に参拝に来るのも珍しい事ではなかった。

 二人はそのまま集落の中央にある一番大きな神殿に向かった。入ってすぐの場所に据えられている参拝者の為の祭壇を無視し、そのまま拝殿に上がる。

 奥にある祭壇の部屋から出てきた金狐族の巫女は、おやおやと口元を袖で隠しながら二人を出迎えた。
「これは…… 灰狼族の坊主ではないか。何用かな?」
 巫女の言葉に、銀髪の青年は軽く愛想笑いで応えた。
「先日、灰狼族の長を継ぎましたカイルと申します。どうぞお見知り置きください」
 銀髪の少年がそう挨拶すると、金狐族の巫女は慌てて低頭した。

 獣人にはそれぞれ種族同士での力関係があり、この辺りの地では灰狼族の格が一番高いのだ。
 ただの狼獣人相手であれば、神に仕える身である金狐族の巫女がこうべを垂れる道理はない。しかし、相手が族長であるならばそうはいかない。機嫌を害すれば一族の存続にも関わりかねないのだ。

 それに気づいた侍女が慌てて、バタバタと大きな足音をさせて拝殿から出ていった。おそらく金狐族の長を呼びに行ったのだろう。

 もう一人の来訪者が深く被っていたフードを外すと、長い黒髪と黒狼の耳が現れた。
「そちらは灰狼族の巫女殿でしょうか?」
 獣人にとって黒毛は神の恩寵おんちょうの証だ。金孤族の巫女がそう思うのも当然の事だが、カイルはそれを否定した。
「いいえ、私の妹です。この度は『黒の森の王』にご神託をたまわりたく参りました」

「わざわざご足労いただき申し訳ありませんが、それは難しいかと」
 入口の方から、強く張りのある男性の声がした。
ご挨拶が遅れました。金狐族の長のエメリヤです。灰狼の族長とお聞きしておりますが」

 金の耳と尾を持つ金狐族の族長がわざと『大変』を強く言ったのは、族長に挨拶もせずに直接神殿に上がった事に対しての嫌味であろう。
「失礼をしております。カイルと申します。こちらは妹のリリアンです」
 自身の親程に年上の者の言葉を、カイルはえて流した。黒髪の少女はわずかに眉間にしわをよせたが、何も言わずに兄の隣で浅く会釈をした。

「我らが神はもう15年、神託を下しておりません。常に君に仕え尽くしている金狐族にならともかく、いくら格が高いとはいえ、神の社も持たない野蛮な灰狼族に、君が神託を下されるとは思えませんが」

 エメリヤはカイルの事を見縊みくびっていた。
 族長と言うが、所詮しょせんは成人したばかりの小童こわっぱだ。どんな絡繰からくりかは知らぬが、族長を継いだと言うのも形だけのものか何かであろう。まさかカイルが成人前に前族長の背を地に付けたとは、思いもしていないのだ。

 その時、どこからかりんとした男性の声が響いた。

『その者たちを通してはくれまいか?』

 それは15年ぶりの神託だった。

 その声に金狐の族長が慌てて膝を突く。遅れて、金狐の巫女と侍女たちが、頭を地にこすり付ける。
 今、その場に平然と立っているのは、狼獣人の二人だけだった。

 黒狼の少女はそんな狐たちには目もくれず、軽い足取りで奥の部屋へ歩み進んだ。
「では、失礼しますね」
 狼の若き族長は何事もなかったように言い放ち、妹の後に続いた。

 * * *

 神殿の奥には大きな祭壇がしつらえられている。その祭壇の前にキラキラと集まっていた光は、リリアンの姿を認めると長身で黒髪の青年の形へと変わっていった。

「あんな所で声を聞かせるなんて…… 無理をしないで」
 寂しそうにも懐かしそうな声で、リリアンが語り掛けた。
 ここ本殿ではなく、拝殿で神託を下すというのは普通ではないという意味なのだろう。それどころか神の御体への負担もあると。それだけ、妹との会合を神が求められていたという事だ。

『あれくらいなら、なんて事はないよ。そのお陰で君に会うのに面倒がなかった』
「久しぶり」
 リリアンは神の前でようやくその笑顔を見せた。
『15年ぶりだね。僕にとってはほんのわずかな時間だけど、君たちにとってはそうではないのだろう』
 そう語る神の赤い瞳も、嬉しそうに柔らかく緩んだように見えた。

「灰狼族の長、カイルです。拝顔はいがんえいを賜り有り難く存じます」
 神のもとに駆け寄る妹を見送ると、膝を付き頭を下げた。

『僕はその様な尊敬をうけるほどの者ではないよ。堅苦しい挨拶はやめてほしいなぁ』
 なんだろう? 先ほど拝殿で聞いたのと同じ声のはずなのに、雰囲気がまるで違う。まるで友達かなにかに語り掛けているようだ。

 確かに、以前にリリアンから前世の話は聞いていたし、自分はそれを信じた。そして彼女は『黒の森の王』に出会い、その力で転生したのだとも聞いた。確かに聞いた。でもその話から想像していたのは、もっと堅苦しく厳かなものだった。

 でもこの状況は何かが違う。今、リリアンはせっせとマジックバッグから取り出した大きな敷物を広げ、ふわふわのクッションを三つ車座に置き、真ん中にティーセットを並べようとしている。
 それを見る神の顔は、キラキラと期待で輝いているように見えた。

『やあ、こんなの何百年ぶりだろう』
 言っている事と見えている様子が、どうにもちぐはぐで何かがおかしい。
 何百年ぶりという事は、この御方は何百歳とかの御歳おんとしのはずだ。でもリリアンに席を勧められてニコニコと座ろうとしている様子は、まるで友達の家に遊びにでも来た少年の様にも見える。

「ギヴリスの好きなマフィンも焼いてきたよ。その姿で食べられる?」
『本当に? 僕、ずーーっと食べたかったんだ』
「うん、彼女さんのマフィンには及ばないと思うけどね」
『あの話、覚えててくれたんだ? 嬉しいなぁ。そういや君には彼氏は出来たのかい?』

 二人の会話に耳を疑った。確かに自分の妹リリアンは只者ではないとは思っていたけれど、まさか神と恋バナをする仲だとは……

 どうしていいかもわからずに立ち尽くしていると、すっかりクッションの上で足を崩した神がこちらに向けて手招きをした。
『カイル、どうしたの? ほら、君の席はここだよ』
 彼はまるで友達の様に、当たり前のように自分の名前を呼んだ。すでにもう一つの席についている妹も、ニコニコとしながらこちらを見上げている。

 「うん……」

 神の言葉に、「はい」ではなく「うん」と答えてしまった。

 この場の空気に負けた事を静かに悟った。

 * * *

 しばらくは、他愛のない話ばかりしていた。旅の話、美味しいものの話、昔の失敗談。神――ギヴリスでさえ、僕も昔こんな事があってさーなどと当たり前の様に話をしている。
 すっかり互いを名前で呼び合っていて、端から見たら仲の良い友人同士の茶会のようだろう。

「そういえばここに来る途中に、ある町の近くで作りかけのダンジョンを見かけたんだけど……」
 リリアンが2杯目のお茶を口にしながらそう言った時、ほんのわずかだが二人の雰囲気が変わった事に気付いた。

 ダンジョンは魔族によってのみ創造される。今あるダンジョンは、魔族が作った所謂いわゆる過去の遺物だ。
 そして新しくダンジョンが作られるという事は、活動している魔族が居るという事になる。

 魔族の活動は、魔王の存在を示唆しさしている。
 もしくは魔王の復活が近いのか……
 あるいは……

『……15年前、ゼーンは倒されなかったんだよ……』
 手にしていたカップを下において、ギヴリスはぽつりと言った。それを聞いたリリアンは、一瞬驚いて。……そして、悔し気に目を伏せた。

『あの時に魔王は倒されず、今は封印されて眠りについている。そのせいで、全てではないが今も活動をしている魔族がいるんだ』
「誰が封印を?」
『……ごめんね。直接的な情報を君たちに伝える事はできないんだ。でも、それを知っている人はまだいるよ』

 生き残っている…… それは、すでに死んだ者もいると言う意味だろう。その言葉にリリアンの顔がさらに歪んだ。

『そのダンジョンを作っている者は、あれは魔族の中でも比較的人間に近い。魔王が封印されていても、眠らずに人の町に紛れているんだろう』
「人の町に……」
『人に化けるとか、元から人と同じ姿をしている魔族も少なくはない。人と同じ姿なら、強い魔力を持っているくらいしか特徴はないしね』
 話に聞く事はあっても、実際に魔族を見た事はない。でもギヴリスの物言いは、魔族は危険なものではないと、そう言っている様にも思えた。

「ルイはやっぱり…… あの時に死んでしまったの……?」
 しばらく口を閉ざしていたリリアンが、ようやく苦し気に言葉を発した。
『……君たちの世界に、僕が直接手を出す事はできないんだよ。ごめんね……』
 その言葉は、否定ではなかった。

「私は…… ルイの事好きだった……」
『うん…… 知っているよ』
 本当にごめん…… そう言いながら、黒髪の青年はリリアンの頭を優しく撫でた。黒い耳を垂らした彼女は、いつもよりとても小さく見えた。

『僕がここに居られるのはここまでだ。15年分の神託もそろそろ尽きる』
 ギヴリスの言葉に、リリアンが顔を上げる。
『人間の国との境の森に、遥か昔に僕が使っていたいおりがある。今の君なら辿り着ける。そこに君の助けになるものがあるだろう。持って行ってくれ』

『そして、ゼーンを倒してくれ』

 神の雰囲気を取り戻したギヴリスは、決意の表情のリリアンに向かってそう告げた。

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(メモ)
 ダンジョン(#15)
 「17 黒の森の王/」→「17 黒の森の王/カイル」


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